「いろいろ話が多くて、かたじけない。
なれど、このこともまた大切なことゆえ、聞いてほしい。
先ほどから我々の話の中心である負傷兵たちだが、そなた自身もそうであるように、まだかなりの重傷者も少なくない。
それは、スペイン兵も、英国兵も、黒人兵も、インカ兵も、状況は変わらない」
「英国兵だと?
まさか、英国兵まで、ここに運び込んでいるのか?」
アレッチェが、瞬間、僅かに驚きを覗かせた。
が、すぐに、うんざりだとばかりに包帯巻きの肩をすくめて、また舌打ちする。
「自軍の艦(ふね)を撃ち抜いた砲台の下に庇護されているとは、英国兵も、さぞや忸怩(じくじ)たる思いであろうな」
「そなたがいかように言おうとも、海上に生きながら浮遊し、あるいは、海岸に打ち上げられた息のある者を、そのまま放置などということはできぬ。
いずれにしても、そうした多国籍混成の負傷兵たちを回復させるには、まだ時間も、治療や介抱にあたる人材も、そして、それらの者たちを養うための食糧等も必要だ」
己の話を聞いているのかいないのか、イラついた手つきで包帯の上からガシガシと身体を掻(か)きだしたアレッチェの様子に、トゥパク・アマルは申し訳なさそうに言葉を切った。
「――すまない、つい、話しが長くなってしまった。
そなたは安静にせねばならぬ身だというのに」
「ああ、その通りだ。
おまえがそこにいるというだけで、全身の焼けつくような痒みがますます悪化してくる」
いかにも忌々し気にそう吐き捨てたアレッチェの方へ、トゥパク・アマルが身を低めた。
「すまぬ。
ただ、わたしは、そなたに謝意を伝えておきたかったのだ。
負傷兵の治療のために必要な医療品や食糧などの多くを、この砦内に備蓄されていたもので賄(まかな)わせてもらった。
いや、倉庫の食糧は、負傷兵たちに限らず、いずれの兵にも供給させてもらったというのが本当のところではあるが」
そう言って、丁寧な物腰で己の方に礼を払ったトゥパク・アマルを、アレッチェの闇色の瞳がギロリと睨(ね)めつけ、と同時に、勝ち誇ったように包帯下の口端を吊り上げる。
「ほぅ、砦に囲った敵兵は捕虜ではないと言い切ったくせに、我が軍が大事に蓄えていた貴重な食糧や医薬品は公然と略奪か?」
「まぁ、そう固いことを言うな。
そなたの軍の兵たち全員のためにも有効活用しているのだから、良いではないか」
「――……っ」
殆ど弁明にもなっていないような台詞でトゥパク・アマルにあっさりと受けかわされ、アレッチェの喉元には反論の言葉がドッと押し寄せすぎて、またも絶句する。
他方、トゥパク・アマルは、相手が言葉を発せずにいるのを好機とばかりに、話しの続きをさらに押し進めていく。
「そろそろ、そなたを解放せねば、従軍医に叱られそうだが……。
とはいえ、まだ話しておかねばならぬことが残っているのだ。
もう少しだけ、つき合ってもらえれば、ありがたい」
そう言って、トゥパク・アマルは、スッ、と優美な身ごなしで立ち上がると、机上の水差しから二つのグラスに冷水を注いだ。
その一方をアレッチェの方に差し出しながら、また口を開く。
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≪トゥパク・アマル≫(インカ軍)
反乱の中心に立つ、インカ軍(反乱軍)の総指揮官。
インカ皇帝末裔であり、植民地下にありながらも、民からは「インカ(皇帝)」と称され、敬愛される。
インカ帝国征服直後に、スペイン王により処刑されたインカ皇帝フェリペ・トゥパク・アマル(トゥパク・アマル1世)から数えて6代目にあたる、インカ皇帝の直系の子孫。
「トゥパク・アマル」とは、インカのケチュア語で「(高貴なる)炎の竜」の意味。
清廉高潔な人物。漆黒長髪の精悍な美男子(史実どおり)。
≪ホセ・アントニオ・アレッチェ≫(スペイン軍)
植民地ペルーの行政を監督するためにスペインから派遣されたエリート高官(全権植民地巡察官)で、植民地支配における多大な権力を有する。
ペルー副王領の反乱軍討伐隊の総指揮官として、反乱鎮圧の総責任者をつとめる。
有能だが、プライドが高く、偏見の強い冷酷無比な人物。
名実共に、トゥパク・アマルの宿敵である。
トゥパク・アマルに暴行を加えていた際の発火によって大火傷を負い、その現場である砦を占拠したインカ軍の元で治療を受けている。
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