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クリームな日々

加古隆

追憶の風景 パリ
  作曲家・ピアニスト
   加古隆

 セーヌ川に反射する雨上がりの光、苔むした家々。
時がしみこんだものを美しいと感じられる心を、この街が育ててくれました。
曇りでも嵐でも、自然はどんな状態でも美しい、と。
 音楽だけじゃなく、建築、美術、映画、あらゆるものに刺激を受けた。
「イージーライダー」ばかり10年以上やってる、変な映画館もあったなあ。
見る人を吸い込むようなパウル・クレーの芸術にも心を震わせました。
 留学先をパリにしたのは、東京芸大で師事していた三善晃先生のアドバイスあってのこと。
すでにできあがったスタイルではなく、一番の基礎を学びなさい、と。
71年、5月革命の熱をじんわり残すパリへと飛びました。

 とはいえ、お目当ての教授は目の病気で退職間近。
仕方がないので、教務に行って「メシアンに会いたい」と言ってみた。
世界に名のとどろく大巨匠だったけど、僕は顔すら知らなくて。
 案内された教室に行き、ドアをあけると、隅っこに大きなフランス人がいる。
「あなたがメシアンですか?」「ウィ(はい)」。この出会いが、僕のその後の全てにつながった。
 鳥の声を音符にし、和音を色にたとえた。
「紫にちょっと濃い赤が入った音」とか。
自然の秩序を音楽を通して語る、宣教師のような風情でした。

 でもね、僕は不肖の弟子だった。
留学して2年目くらいに、ジャズのピアニストとしてデビューしてしまったから。
パリの闊達な空気に触れていると、クラシックとの垣根がないような気がしてきて。
バンドの仕事が増え、授業に行けなくなった。
中退だなと思っていたら、メシアンから電報が届いた。
「卒業試験の準備をした」と。
 その日は僕の一生の宝になりました。
がらんと静まりかえった廊下の隅に 2人で腰かけ、結果を待っていたとき。
「ジャズなんて理解してくれませんよね」とぽつんと聞いてみた。
メシアンは「私も、教会でオルガンを即興で弾いていたからわかるよ」って。
 別れ際、両手をぐっと上に挙げ、強い声で「作曲しなさい」。
フランスの大地に両足をつけ、しっかり立っていた、その姿が今も忘れられない。
自分の音で自分の表現をするのが音楽家なんだ、とそのたたずまいに教えられた。
大きく、優しく、謙虚な巨人。
80年に帰国してからもずっと、メシアンとの日々は僕の胸の中にあります。

 でもいつからでしょうか、ピアノの音色が何となく心にしみなくなってきた。
ピアノの職人さんに話したら
「当たり前ですよ、環境破壊の影響でいい木がどんどんなくなっているんだもの」。
なるほどと思いました。
 つまり現在の社会で起きていること、20世紀という時代が目指してきたこと、それら全てが僕の大好きなピアノの音色をやせ細らせているんです。これは大変なことだと思った。
 木には時がしみこんでいる。美しい音は人生の起伏を感じさせ、人の心を震わせる。
その震えた心が、木や光や水を大切に思う感性の礎となる。
パリの日々で得た、これが確信です。

 僕は活動家でも思想家でもない。
ただ自分が美しいと思うピアノの音色を聴きたい。
それはいい木からしか生まれない。
そのためには汚れのない土や水が必要になる。
大きな関連の中に、自然の一部として、僕ら人間は生きている。
そう伝えるために、僕は、僕が美しいと思う音を奏で続けます。


 「癒し」という言葉を使わない。
美しい音を求めるのは人間の本性であり、特別な事ではないのだ、」と静かに説得された気がした。
(吉田純子)2009,6,29朝日新聞


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