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カテゴリ:読書
そんな時代、商人たちは、日本中に張り巡らされた街道や航路を利用して各地から商品を輸送し、大都市の江戸で商いをしました。 そして、一攫千金を夢見た青年が、江戸で一旗あげようと、吹きすさぶ大嵐の中、紀州ミカンをいっぱい積んで、紀伊国の港から船出をしました。青年の名は、文平。後の紀伊国屋文左衛門。 嵐の中、命がけで運んだミカンのおかげで、江戸の人々に受け入れられた文左衛門は、やがて材木商として頭角をあらわし、幕府の土木事業を次々に請け負って、数年後には、「紀文大尽」と呼ばれる大豪商にまで成り上がりました。 ところが、江戸時代の中でも、特に景気のいい時期だった元禄も、金銀の産出量の減少や、5代将軍綱吉の寺社造営事業の出費などにより、幕府の財政は赤字に転落。そして、綱吉が亡くなるとともに、江戸の町も、徐々にその様相を変えていきました。 そして、江戸の町を騒がせた文左衛門も、ミカン船で江戸にたどり着いてからわずか20年ほどで店を閉め、表舞台から姿を消してしまうのです。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
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