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2011年06月10日
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テーマ:ニュース(99437)
カテゴリ:時事
 スペイン北部にあるカタルーニャ自治州政府が、人文科学分野で功績のあった人に贈っているカタルーニャ国際賞と言うものがあると、今回村上春樹さんが受賞したことで初めて知りました。
 この賞は海洋学者のクストー氏やミャンマーのスーチーさんなどにも授与されたことがあるのだそうです。

 村上春樹さんは授賞式における「非現実的な夢想家として」と題したスピーチで、今般の震災と福島原発事故を取り上げた。
 そこで村上さんは「核に対するノーを叫び続けるべきだった」「効率優先の考えが過ちの元」「原発に疑問を持つ人々は非現実的な夢想家として退けられた」「我々は持てる英知を結集し原発に代わるエネルギー開発を国家レベルで追及すべきだった」等発言し、原発推進国策の過ちを悔悟と共に語りました。

 かつて村上さんは「構造」の前では卵のような存在としての「人」を語ったことがありますが、この「構造」にあたるものの一つの現れが「原子力政策」だったのだと、そう語っているように思えます。
 本来であれば世界唯一の被爆国として「核」に対しては最も拒否的な国民であったはずの日本で、何故かくも原発は推進され得たのか?
 つまりは多くの国民の「無関心」に、その根源的な問題があったように思える。

 電力の無尽蔵な消費に堪え得るインフラであれば、我と我らの利便性を飛躍的に高めてくれる「利器」にほかならず、その科学的な危険性も「飼いならす」事が出来るのなら良しとしようではないか・・・と。

 結果的に村上さんの言うとおり、反核論者は理想論しか口にしない存在として無視されて来たのですね。

 神の火とも比喩される核反応を、本当に飼いならす事が出来ると信じていた者たちこそが「理想論」しか口にしない「非現実的な夢想家」だったのだと、この福島の犠牲に立って、漸く私達は気付かされたのですね。
 私達国民の一人一人も又、我が身辺の快適や利便性にのみ気を取られ、国家の大計を見誤ったのだとも言えるのだと思うのです。

 フクシマを、本当に最後の「被曝」としなければ、私達はあのヒロシマ・ナガサキの犠牲者たちに顔向けができない。
 求められるのは正しいことを正しく行う勇気と、何が正しいのかを見抜く英知なのですね。





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最終更新日  2011年06月10日 20時44分11秒
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