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カテゴリ:小説
うさぎ探偵! PROF.1 夏休みは殺人(1)
01 終業式終わってこの方、萌子が怪しい。 佐々木愛菜(ささきまなな)は、毎晩9時頃、クラスメート兼幼なじみの由川萌子(ゆいかわもえこ)と話すのが日課だった。 ベッドに横たわり、漫画を読みつつ、そんでお菓子でもつまみながら、家族や友達や学校のこと、明日の予定、あるいは誰それが誰それを好きだとか、ようもまあ下らぬことばかりを延々と、それこそ唾が涸れないかと心配になるくらい、顔の真ん中に標準装備されているマシンガン式スピーカーから発し続けるのだ。 夏ボケ真っ盛りの8月初旬。風のそよともせぬ灼熱地獄の日。 クーラーからのやや冷たすぎる風が、野外を這いずり回るサラリーマン達への差別意識を助長する、快適という名の監獄の中。 その別名を帽子かけとも呼ぶいわゆる『女子高生脳』は、大人フィルターをオフにしたまま、まるで無意味な言語を流れ作業的に製造し続けていた。 「そういやあんた、あの本読んだ?」 「ほのかが社会勉強しなって貸してくれた漫画でしょ? それがエッチな本でね、男の人のおチンチンとか描いてあって、びっくりしちゃった。最初の方ちょっとしか読んでないの」 「あの女もあの女だけど、あんたもあんたよね」 愛菜は、今どきの若者『らしからぬ』萌子のウブさに、ほぼ無意識に苦笑してしまうわけだが……。 だが実は、いかなアケスケな口調を使おうとも、それだけは言葉にできぬと認識せざるをえないことが、彼女にもたった1つだけあったのである。 と――。 「なによぅ!」 次に萌子が返したこれが、だがこちらへの返事ではなかったことに、愛菜はドキリとした。 「なぁなぁ、誰と話してんだよぅ。俺も構ってくれよぅ」 「駄目だよ。大切な人と話てんの!」 「なぬっ!? 俺というものがありながらか! お兄ちゃん許しませんよ!」 「うるさいなぁ」 最近の彼女の何がおかしいかって、他でもない。 なんか後ろに男の子がいるんである! 「…………」 ――その子……誰!? 彼女に男兄弟はいないし、親戚の子と呼ぶには長く居すぎる。なんせ夏休み始まった直後くらいからなのだ。それにずっと彼女の部屋にいるのもおかしい。 「あっ、お母さん来た! ほらほら、早く入って!」 「ったく……! ぶつぶつ!」 そんでしかも、母親が来ると隠すのである!! 加えて本人が何も言ってくれないとなれば、これはどう考えたって、『彼氏を内緒で連れ込んでます』的なものを妄想せざるをえない。 あの萌子が! 男の子を!! 内緒で!!! もっとも、彼女は身なりの割にはやたらモテるし、自分達がもう高校生だと思えば別に不思議な話でもなく、実のところちょっぴり羨ましいだけだったのだが。 「…………」 とはいえ、彼らの会話の一片をも聴き逃すまいと、愛菜は宇宙電波望遠鏡VLAのように耳をフルオープンしてはいた。 「あ、ごめんね、愛菜。どこまで話したっけ?」 「…………」 「どうしたの?」 「あ、ごめんごめん」 「愛菜、最近少し変よ?」 ――変なのはおまえじゃああああ! 愛菜は核ミサイルの如き激しさでツッコミ入れたい気持ちだった。が、あえてそうはせず、最後の聖戦の前の勇者の如くそれに挑むことにした。 「……え、えーと……。その子……誰……?」 言った……! ついに言った! 言ってしまった! 言っちゃったったら言っちゃった!! ここ10日ほどの謎が、ついに説き明かされるの、だぁ! だぁ! だぁ! その瞬間、彼女の頭の中には、物凄いファンファーレが個人的に響いていた。 ところが、萌子の返答が、こちらの想像を越えていたわけである。 「あれ!? 言ってなかったっけ!? ペットだよ」 「…………。はぃぃい?」 「おい、コラてめぇ! 俺様をペットとは何事だ!」 「だってペットじゃん」 「んーっ! 訴えてやるっ!」 「ダチョウ倶楽部は古いかなぁ」 「????」 激烈に納得いかなかった。 ――ああ、萌子。小さい頃から泣き虫で、ずっとヒヨコちゃんだった萌子。あんたいつから男の子を飼うような女に……。 *** 佐々木愛菜16才は、高校生活最初の夏休みを迎えた乙女だ。 周囲の友達からは、「女かどうかすらすでに疑わしい」とか言われたりするが、少なくとも本人は自分を乙女だと思っていた。 なぜなら顔の造形『は』よく褒められるし、ナンパやスカウト『など』に苦渋した回数も1度や2度ではないし、それなりに自信は持っていたのである。 「やほー愛菜! 遅くなってごめーん」 「ちーす、萌子! って、あんた顔くらい洗いさいよ」 「えー? ちゃんとやったよ~?」 とはいえ、こいつの方が男の子には人気があるのだが。 彼女が由川萌子。ちんまりテケテケ、頭はいつもヨレヨレボサボサ、おまけに筋金入りのオシャレ知らずで、こないだ渋谷に呼びつけたらパジャマ&ツッカケで来た。 しかも今はその顔に朝食のケチャップ! つまり全行程20分をその顔で歩き通しやがったのだ! 「ほら、顔拭いて。ちょっとブラシ入れてあげる」 「んん……」 ――なんでこんなのに飼われてもいい、などと思う男が……? いやいやいや、その件は別に決まったわけでは……ぶつぶつぶつ。 愛菜にしてみれば、男心と神秘の宇宙は謎の塊なのだった。 翌、月曜日。東京都目黒区。 その日、彼女らは出発日だった。 路端に乗合バスがいるだけで少し違って見える、いつもの高校。 愛菜と萌子が校門前に集合したときには、参加者全員と思われる生徒が揃っていた。 「出発だぞー! 早く乗れー!」 「萌子、行くわよ!」 「うん!」 先生の声で、その場にいた全員が慌てて駆け出す。 バスのフロント部には『某高テニス部御一行様』の字。今日から合宿で4泊5日の旅なのだ。 ただし、帰宅部のはずの2人が、なぜにこんなののお邪魔なんかしているのかというと。 「あの、ホントによかったんですか? 合宿ついて来ちゃって」 愛菜は席に座ってから、廊下向かいに座る上級生に訊ねた。 「いいんだよ。君達がいなかった方が返って困ったんだ」 答えたのは、スラリとした和やかな印象の青年。おそらく2年生。今回の合宿の取りまとめをしている男で、名は清水勇介と聞いた。 「そうだよ! おかげでランクのいい旅館に泊まれるんだから! ドンマイだ!」 それから真後ろの少女が身を乗り出す。 愛菜と萌子のクラスメートの宮島まどか。活発そうな大きな目がチャーミングで、その点、何かと不健康な印象を持たれる愛菜とは正反対の子。 「あれだろ? 先生が言ってた。人数があと2人多ければツアー料金になるって話。どうだかな。男所帯に華添えようって魂胆だったんじゃねぇの?」 清水の向こう側にいる、ハスキーな声の男が鼻で笑った。 自分らと同じ1年生で、名前はたしか加納政貴(かのうまさたか)。筋肉質な手足は、他の男子生徒と同じく、スポーツで鍛え上げられたもの。 「何言ってんだよ。華ならいるじゃ~ん!」 まどかは軽くシナを作って見せるものの、 「はぁ~? ハエトリ草しか見えんなぁ」 「この野郎♪ おまえの口にウンコすんゾ☆」 おかげさまで、あんまし部の華って感じじゃないのだった。 この下ネタ少女に、テニス部の合宿に一緒に来てくれ、と頼まれたのは夏休み直前。それが今回の旅行のきっかけで、あれから彼女んチに足向けて寝られないんである。 「…………。ははは……」 「……ま、まどかちゃん……」 愛菜は萌子と目を見合わせた。 こっちがドン引きしても気づきもしねぇ彼女に、少し後悔した。 十数名の部員の中で唯一の女子なもんで、すっかり毒されちゃってるのかも。男子と部屋を別棟にするなどの考慮はしてもらってるそうだが、その前にこいつに襲われなきゃいいんだけど。 でも後悔は先に立たず。今先立つのはバスの発車。 とりあえず2人は招待してくれたことへの礼を全員の前で言い、それから部員達の我先な自己紹介の洗礼などを受けた。 親睦会への期待が胸膨らんだ辺りで、無事に首都高2号線へ入る。ここから関越道を経由して軽井沢への道行きは、ざっと3時間半といったところ。 このまま全て順調に、楽しく進むものと、愛菜は信じて疑わなかった。 のだが――。 無論、全てがつつがなく終わるミステリ小説など、所詮あるわけないのでして……。 たとえそれを神が許しても、何より読者が許してはくれぬ。 「おーい。次のサービスエリアで休憩するぞ~。トイレ行く奴は――」 ピーチクうるさい車内で、先生が声を張り上げようと半立ちになったそのときだった。 「うわ!」 『キーーーー!』 突然、今までずっと寡黙に、真面目に働いていただけだったバスの運転手が、乗客の雰囲気だとか、物語の流れといったものを全て無視し、急ブレーキを踏んだのである! 「うごっ!!」 「うわ!」 「キャーーーー!」 「うひゃ!」 「どわ!」 誰がどんな声を上げたかは分からないが、少なくとも下から3つ目は男。 先生は吹っ飛び、したたか頭を打つ音。 愛菜はそのまま自分も飛ぶかと思ったが、どうにか前の座席に頭をぶつけただけですんだ。 車がエンストして静かになったのを確認しつつ、頭を上げてみる。どうやら五体満足のよう。高速道路で前後の車を巻き込まなかったのは奇跡だ。 だが騒ぎはそれだけでは終わらなかった。 運転手の足元から、何か小さくて丸い物が不意を突いて飛び出してきたのである。 彼にブレーキを踏ませた犯人と思われるそれは、辺りをドタバタと走り回り、再びバスの中を散々騒がせた。 それから、やがて愛菜の前の座席、背もたれの上にピタッと飛び乗る。そのときになって初めて彼女は事態を知った。 「……う……うさぎ!?」 そう。うさぎだ。 耳が長くて、ふわふわで、目のくりっとしたかわいい生き物。……本来なら。 だが今ここにいるそれは、全体的に地味な茶色で、ひたいの白い十字模様が妙に際立つ不気味さもあった。 そんで後ろ足で器用に仁王立ちになり、勝ち気な表情で腕組みして、こちらを見下ろしているんである。少なくともあんまし『かわいい』って雰囲気じゃあない。 「いよぅ! 萌子の大事な人ってなぁおまえか」 しかも言葉しゃべったりとか。 つづく お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
最終更新日
2008年07月26日 20時41分08秒
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