カテゴリ:三千鸦杀
偉い偉い私頑張った。結構途中で書いている暇がなくなるので観ていても最後まで書いていないBLOG更新挫折も多いので、これは頑張ったわ。
さて物議が多い最終話。いろいろな解釈が出来ちゃいます。 なので完全に私の中ではこうってお話で。俗にいう「諸説あります」ってやつですね(*^^*) 覃川が目を覚ました現実にはもう傅九云の姿はなく、 眉山君は彼女にまた必ず会えると良い薬を処方し続けるが、いつしか彼女もそれが嘘だと認識し始める。 そして、1年が過ぎるがあの妖魔との戦いに関係した人々はそれでも何かいなくなったはずの人が身近にいるような気はしている。 ある日、覃川はふと天原国に納められている霊灯のところに行く。彼女は悲しみに暮れる彼女は気がつかなかったが霊灯が輝きはじめ、覃川に貰った袋を眺めていた二萌が何かを感じそこに赴くと、彼が見ている前で覃川は消えてしまう。 覃川が目覚めるとそこはまだあの事件が起きる前の郦国。父親も母親も活きていて彼女も子供に戻っている。でも、何かが違っていて、子供時代の彼女は未来の記憶の一部がある。 そして、大人になった覃川の顔は阿満の顔そのままで、そばに使えるのは別の人。以前の記憶とここでの記憶が混在していて、傅九云が自分がいなくなった時に彼女があまりに悲しみにくれここに来るのであれば、彼女の記憶を書き換えて霊灯の中に閉じ込めてそこで楽しい夢を見させてあげたかったのではないのかなと思っています(諸説あります)。 しかし、その夢の中でも彼女は彼を忘れることが出来ず、彼女は彼の描いた絵の中に吸い込まれ、ついに彼に会うことが出来たけれど、たぶん、そこには父や母たちはいないんだと思います。本当は一番外側の世界で彼が復活出来れば良かったのですが、仙人ならともかく、彼女が生きている間には無理であまり悲しむなら、まだ自分の力が及びやすい霊灯の中で暮らさせてあげたい。でも、それでも悲しむなら、絵の中でだけ彼は具現化できるので、そこに引き込むしかない。 そんな解釈でいます(諸説あります(笑)) 「諸説あります」って、まるで「この動物はCGです」の様だわ。「狼殿下」でのお話です。いやいやそこわかっているからとか思うんですけどね、一応書いておかないと(笑)。 傅九云はその生を持って、三界すべての妖魔を閉じ込められるだけの力を持つ仙人です。その力を使って、妖魔を全て封印して身体が消えて魂が散開しても、いつかは復活できる。でも、それには時間がかかって、人としての覃川の命がなくなるまでは復活は無理。でも、散りゆく前に彼女のために出来る限りのことをしたいという願いがこういう形を取ったのかなぁと思うんです(諸説あります(笑))。 どこの世界でも彼女が楽しく生きられたらそれでOK。でも、それではダメだった場合次の案、その次の案だったのかなぁと。そして、少なくても絵の中で具現化できるのに1年かかったのかと。まぁ、それは無理やりですが。。。だから、霊灯に吸い込まれた直後の絵には琵琶がなくて、次に絵に吸い込まれた時は琵琶があったのではないかしらと思うんです(諸説あります)。 まぁ、そんな難しいことを考えなくても、会えて良かったハッピーエンドってのが一番です。 さぁ~~~「剣王朝」録画しているのでいつ見よう。先ずこっちが優先でしたので、アップ! お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
最終更新日
2021.01.13 18:29:32
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