十文飯屋 5 七つ屋
しゃっくり同心茂兵衛事件帳控 11 十文飯屋 5 七つ屋 七つ屋通い 亭主の褌(ふんどし) 曲げちまったよ 鬼かかあ 質屋、七屋、七つ屋です、質屋のことを七つやと申します、 「十」という字の下を曲げると「七」の字になりますんで、質屋に入れることを ”曲げる”って言うんですよ、 まあ、判じ物ののひとつでしょうかね、 北町奉行所の遠山金四郎を訪ねて、若年寄り松平長太郎からある相談が持ちかけられていた。 ~江戸じゃあ、何処の町にも質屋がない所がないが、本所の質屋、銭落屋貧左衛門、という店は、旗本相手に屋敷内の家財道具を担保にとって、高利で金を貸し付けているというのだ。 質屋の看板は、大概将棋の駒の形をした板に「質」と書かれているのが相場だ。 将棋の駒の「歩」や「香車」でも敵陣に入れば、ひっくり返って「金」になる、質屋に持ち込むことで、品物が金になるってことをひっかけたしゃれだが、なんでも、その銭落屋の看板には”銭落”と、書かれてるそうだ。つまり、銭は帰らねえよってことらしいんだが、札差にも相手にされない、借金まみれの旗本が食い物されているのだ。屋敷の中の箪笥、火鉢の家財から挙句、襖障子までみな担保にとっていくそうだ。残されたのは二刀だけだという話しもあるほどだ その質屋、銭落屋貧左衛門は、旗本家から金貸しを申し込まれると、荷車を曳いてやってきて、屋敷の中の箪笥、火鉢から襖まで、担保に取っていくそうだ、 とにかく、貧左衛門という男は、ケチが着物を着て歩いているような男で、旗本屋敷の中にあるものに価値のないものはないと言いながら、荷車に積んでいく、何か旗本に恨みでも抱いているんじゃないだろうか、という形相だそうだ。 そして、ついに、貧左衛門から金を借りていた二千石の直参旗本河野倫太郎が借金苦で、旗本の家を捨て遁走したのだ。 幕府を守るべき旗本に、こんな事態が続くようでは徳川幕府も持たぬ。 無論、幕府のご政道にも責任はあるのは承知しておる。だが、これは何とかせねばならぬ、儂も責任を取らされる。そこで町奉行のお主に相談に来たのだ。 なんとか、策を弄して、その質屋の貧左衛門の旗本のへの借金を棒引きにできぬなかとな、この件は、くれぐれも内密じゃがな、」「なかなかに難しいお話でございますが、松平長太郎様の要請とあらば、さっそく探索にかかり、策を練ることにいたしましょぷ」 北町奉行の遠山金四郎は、武士の借金が膨らむのは幕府の政治がが悪いのだと常々考えていたが、若年寄りの松平長太郎は幕閣の中で権勢のある人間である、その人物が頭を下げて頼みに来たのだ、無下には断れない。 ~やらねばならぬだろうな~ 遠山金四郎は、こういうことを処理できる奉行所内の同心の顔はあの男しか浮かばなかった。奉行所最古参の臨時見廻り同心の野呂山 茂兵衛であった。 ~と、云う訳なのだ野呂山、若年寄りからの頼み事だ、内密ににやってくれ、こんな事案を処理できるのは、北町奉行の古狸の お主しかおらぬのだ、うまくやってくれ、頼んだぞ、」 奉行の遠山金四郎から直に頼まれれば、与力同心はどんなことだってやらねばならなかった。 臨時見廻り同心の野呂山 茂兵衛は小者を連れ、本所相生町の二丁目の堅川を曲がって三軒目、”銭落”と書かれた将棋の駒の看板のかかった質屋の前に来た。 つづく 朽木一空