戯噺 首切り浅右衛門 1
戯噺 首切り浅右衛門 1 悪霊屋敷から行燈の灯が洩れる ~お江戸じゃ十両盗めば死罪ってことになってるんだよ、彦五郎、~ ~へえ、ご隠居、それじゃあ、伺いますが、相撲の大蛇嵐という関取なんざ、死罪でございますね,何しろ、十両のくせに、休場ばかりで、たまに土俵に上がれば、腰が痛い膝が痛いで、皆勤したことがねえんですから、年俸の十両泥棒ですよねえ、ところで、ご隠居、死罪にも色々あるんでござんしょう?~ ~そうよな、下手人、死罪、火罪、獄門、磔刑、鋸引き、てな具合でね、、~ ~みんな首を刎ねれちまうんですね、ああ、お江戸は怖い、~ さてさて、その死罪の首を刎ねるのが山田浅右衛門という、こりゃあ恐ろしい人物なんだよ、まあ、江戸の時代を通して、これほど、人間の首を斬ったお人もいらっしゃらねえし、首を斬るのが商売で、財を残したってんだから、おどろきもものき山椒の木でございますよ、、 まあ、山田浅右衛門の戯れ噺、聞いておくなせえ、、、 麹町平川町一丁目にある山田浅右衛門の屋敷では今夜も宴が開かれていた。おそらくいつものように、陽が昇るまで宴は続くであろうと思われる。 そして、広い屋敷の使われていない部屋部屋にまで行燈の灯が入れられていて、月も出ていない江戸の夜は墨を塗ったように闇で潰されているのだが、山田浅右衛門の屋敷からだけは行燈の灯りが漏れていた。 同じ麹町平川町の甚五郎長屋住む小間物屋の番頭の与三郎は、「今日も小伝馬町の牢で、お仕置きがあったんだね、はて、北町奉行ならば遠山景元様、南町奉行なら鳥居耀蔵様のお裁きだが、さて、どっちのお裁きで首が刎ねられたのか、、」 与三郎が推測した通り、その日、小伝馬町の牢では、山田浅右衛門が北町奉行遠山景元の裁きによって死罪になった無宿人貞治郎の首を刎ねたのだ。 山田浅右衛門は平然と首斬りを行う残忍冷酷な人間だと恐れられてはいたが、浅右衛門にしても、何も好き好んで人の首を刎ねていたわけではない。 公儀御用で人の命を断裁するのが仕事、つまり、公の人殺しであったが、浅右衛門とて、首を刎ねた時の血しぶきはいつも気味が悪かったし、人が死ぬ時の断末魔の苦悶と相対するのもひどく苦痛であった。 首斬きりに憑かれた残忍な男だと、世間からは冷たい眼で見られていたが、泰平の世に人を斬る業を極め続けなければならない山田浅右衛門にとって、首斬りは苦役以外の何物でもないお役目であったのだ。 浅右衛門は首斬りのお役目を果たした日の夜は、斬首した咎人の断末魔が目に焼き付いてはなれない、咎人のなかには無実の罪を着せられた者もいて、その首も刎ねねばならず、霊鬼がまとわりついた不安に体が縛りつけられ、寝付けなかった。 だからだろう、首を刎ねた夜は寝ずに、朝まで酒を飲ん夜を明かすのが通例になっていたのだった。 祖首を刎ねた死屍の亡霊が出るのではないかと怯え、幽鬼の厄払いのつもりもあったのか、屋敷内の部屋部屋すべてに、夜通し行燈の灯を燈していなければ、安心できなかった。 与三郎たち隣人は、山田浅右衛門の仕事が”穢れ”の仕事の報いで、~悪霊に憑かれた~いや悪霊に憑かれないよう夜な夜な酒で誤魔化し騒いでいるのだ~ などとと噂し、気味悪がっていたそうだ。 ~幽霊だか、幽鬼だか、亡霊だか知らねえが、ええ、質素倹約でこちとら、行燈の油も手に入らねえというのに、首斬り役人は夜中中、明かりを灯して、宴会とは随分と景気がいいもんだねえ、~ 漏れる灯りを恨めし気に見ていた貧しい江戸庶民もいた。 つづく 朽木一空