炬燵蜜柑倶楽部。

2005/07/01(金)06:36

2WEEKS、もしくはひまわりと太陽(10)第二章その4

調べもの(79)

 はっ、と高村は顔を上げる―――上げるということは。 「あ」  いつの間にか、ため息とともに、高村はべったりと顔をデスクにつけていた。 「まあ彼女も、言葉はともかく、結構きつい所がありますしねえ」  あなたもきついですよ、と高村はふと言いたい衝動にかられたが、言わないだけの理性は残っていた。 「南雲先生は、生徒会も担当されてるんですか?」 「そうですねえ」  折り鶴を飛ばす様な動作をしながら、TVに再び視線を移し、森岡はうなづく。 「彼女がここに赴任して…そう、六年になりますが、三年目くらいから、生徒会は担当していますよ。やはり生徒会の担当は若い教師の方がいい、ということでね」 「六年」  ということは。高村は彼女の歳を思わず数える。 「ああ、彼女はまだ三十歳前ですよ。まあ中等学校は、あまり異動が無いのが普通ですしね。昔と違って」 「昔は…異動が多かったんですか?」 「ああ。私が教師になった頃はまだ『中等学校』じゃなくて、『中学校』と『高等学校』の時代でしたしね。そう、表面上は殺伐としていましたが、私にとっては、いい時代でしたよ」 「いい時代、だったんですか?」  ええ、と森岡はうなづく。 「私は高等学校の教師でしたから、改革後も引き続き、後期の方にずっと居させてもらっているんですけどね、あの後に教師になった連中は、学校の異動は無いのですが、前期も後期も行かされて、大変だったと思いますよ。ああ、君も来年は、前期の方へ実習でしょう?」 「ええ」  彼の大学のカリキュラムでは、三年次で中等学校の後期、四年次で前期の実習を経験することになっている。すなわちそれは、前期の方が難しい、ということでもある。 「まあ、今年楽して来年困るよりは、今苦労しておく方がいいですね」 「そうですね…」  確かにそうだ、と彼も思う。少なくとも、今年失敗したことは、来年繰り返さずに済むだろう。 「それにしても、生徒会も、今の連中は大変なことですよ」 「そんなに、去年とは違うんですか?」  森岡は大きくうなづく。 「違いますねえ。去年の会長と比べられては、可哀想というものですよ」 「去年の会長は、そんなにすごかったんですか?」  高村には、そんなに凄い生徒会長、は上手く想像ができなかった。 「あー…そうですねえ…確か山東は、結局四年の半分から六年の半分まで役職についていましたが、お、そうそう」  ぽん、と森岡はTVから目を離して手を叩いた。 「高村君、二階の購買分室は見ましたか?」 「え? ええ」  昼休みの喧噪を、彼は思い出す。 「オレは今日も、あそこでパンを買いましたが」 「その割には、今日はここでお昼にしませんでしたね」  ちら、と森岡は非難めいた目つきを投げる。 「…い、いえ、いいお天気なので、屋上で」 「屋上? 屋上は、基本的には立入禁止ですよ」 「え」  高村は大きく目を広げた。初耳だった。出口には、特に「立入禁止」の表示もしていないので、てっきり出入りは自由だ、と高村は思い込んでいたのだ。それに、あの図書委員の村雨。彼女もどうも、屋上の常連らしいというのに。  だがそう考えてみれば、あれほど景色の良い場所に、誰もいないのも不思議ではない。 「まあ別に、とがめる気は無いですがね。ただ、金網が張られていないから、危険なんですよ」 「…それだけ、なんですね? 別の理由とか」 「それだけですが、安全面は非常に大切ですよ。私の息子も昔、金網の無い柵から落ちてね」 「え」 「いや、この学校ではないですが」  森岡は付け足した。 「何にせよ、危険には違いないから、気をつけて下さいよ」 「…すみません」  さすがに高村も素直に頭を下げる。森岡が言いかけたことも気にはなる。だがそれはプライベートに関することだろう。聞かないだけのデリカシーは高村にもあった。 「ああ、それで購買の話でしたね」 「ええ」 「あそこはですね、その先代の会長が取り付けさせたんですよ、学校と業者と直接対決をして」 「へええ」  思わず高村は目を丸くしてうなづいた。確かに、購買があの場所にあると無いでは大違いだ。 「その昔、当初、この校舎を作った時点では、体育館付近に購買専用の部屋か、小さなプレハブが専用に作られるはずだったそうです」  高村は位置関係を頭の中に思い描く。 「ところが予算だか、敷地面積だか、防災通路だかの関係で、その場所を特別に作れなくなりましてね。結局空いた場所は、一階のあの場所しかなくて」  そう言えば、と高村も思う。  確かに体育館の辺りなら、教室棟のどのクラスからも近からず遠からず、という位置なのだ。 「まあしかし、そうなってしまったものは仕方ないですからね。購買は余った場所に設置されることになりました」 「はあ」 「しかしそれでは、あまりにもその距離に、クラス間・学年間格差が大きい、ということになりましてね。普通、会長は激務ですから、四年の後半から五年の前半の一年で終えるものですが、彼は自分の任期を一年延長させて、二年越しでそれを達成させたんですよ」 「はー」  それにはさすがに高村も感心した。行動力もさながら、二年間かけて、というあたりに、粘りを感じさせる。 「もうその会長、卒業したんですよね」 「そうですね。山東と言うんですが、確か、体育系の大学に行っていたはずですがね…そう、現在のこの学校で、あれほどの人望がある生徒は、もう居ませんねえ。もう伝説化されてますよ」 「さっきの垣内君という生徒は?」 「彼ですか? まあ頭が切れるようですが」  それ以上では無いのだ、と森岡は暗に含めている様だった。 「人望というのは、能力では無い何か、が必要ですからねえ…」  人望。それを聞いてふと、高村は思いついたことを口にする。 「あの、遠野…という女生徒はどうなんですか?」 「遠野みづきですか? 彼女がどうしましたか?」 「いえ」  高村は職員室で耳にしたことを、簡単に説明した。 「…ああ。そうですね。去年や一昨年の彼程ではないけれど、遠野もそれなりに人気はあります。ただ山東と違って、彼女の場合は、『ファン』ですよ」  ああそうか、と高村は大きくうなづいた。人望、というよりは「人気」なのだ。

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