炬燵蜜柑倶楽部。

2005/07/11(月)06:44

2WEEKS、もしくはひまわりと太陽(18)第四章その1

調べもの(79)

「高村先生! まだ居たの!」  鋭い声に、高村ははっと顔を上げた。 「あ、南雲先生…」 「何時だと思ってるの、あなた。司書室からもう帰るから、と連絡が来たのよ…ああ、何だ、こっちであなた、作業していたのね」  図書室の一角。机の上には、資料や指導案の下書きが散らばっていた。 「向こうでやれば、良かったのに」 「たまには気分を変えてみたら、と言われまして…」 「森岡先生ね…」  ち、と南雲は軽く眉を寄せ、舌打ちをした。 「ともかく時計を見てちょうだい。もう職員室の皆も帰って、あなた一人なのよ。ここの教員が残る場合は、鍵を渡せばいいだけのことなんだけど、あなたじゃそういう訳にはいかないのよ」 「わ、わかりました」 「熱心なのもいいけど、時間も少しは気にしてね」 「は、はい…」  矢継ぎ早の言葉に、高村は慌てて机の上を片付けた。  窓の外は既に夕方を通り越して真っ暗だった。 「南雲先生も遅かったのですね」  やや早足で階段を降りながら、高村は問いかけた。 「ええ、少し用事があってね」 「はあ」  高村は曖昧にあいづちを打つ。  彼女の口調には、その用事の内容に関して、決して踏み込ませない強さがあった。きっとこの女性には迷いも何も無いのだろうな。高村はややうらやましく思う。 「…ああ、一階も真っ暗ですね」 「防火扉が閉められてしまうのよ。だから、昇降口の方の常夜灯の光も入って来ない…どうしたの?」  廊下の真ん中で、高村は立ち止まっている。出入り用の小扉に手を掛けながら、南雲は問いかけた。 「…何か、音が、するんですが…」 「音?」 「向こうの突き当たり、って何でしたっけ」 「調理室だけど? …そんな訳はないでしょう?」 「すみません、見て来ていいですか?」 「ちょっと、高村先生!」  ぱたぱたと、音を立てながら彼は、廊下の突き当たりまで駆け出した。確かにこの方向から、がらん、と物が落ちる音がしたのだ。  調理室だ、と言われれば納得する。あれは彼の記憶にあるものの中では、ボウルや小鍋を落とした時の音に近い。  扉に手を掛ける。がらり、と戸車の動く感触があった。 「開くの? 鍵は閉めたはずよ?」  南雲の声もやや上ずっていた。 「でも、ほら…」  彼は奥の扉も開けた。あ、と彼は声を立てた。窓に飛びつこうとしている二人組がそこには居た。 「おいそこの二人!」  彼は思い切り声を上げた。常夜灯の逆光に、一人は男、一人は女に見えた。どちらも長身だ。窓を開けて、そこから出ようとしていた。 「おい!」  男の方が先に出て、女を受け止めようとしている様である。高村は迷わず、女の方へと走った。やや長いスカートをうるさそうにまくりあげ、女は窓に足を掛けた…その時。 「きゃ」  ずる、と女はバランスを崩して、床に引きずり落とされた。高村が窓に掛けた足首を掴んだのだ。 「高村先生!」 「南雲先生、…女性のようなので」 「わかったわ」  南雲は高村が押さえ込んでいる手を受け継いだ。女はばたばたともがき続ける。 「やめて!」  はっ、とその声に、高村はこう呼んでいた。 「遠野さん?」   * 「…だからって、ねえ…」  はあ、と大きく南雲はこめかみに指を当て、ため息をついた。 「もう少し、何か方法があるでしょう? あなた方ともあろう者が!」  ああ声が大きい、と高村はふと思う。周囲の目が全て、このテーブルの四人に集中しているかの様だった。  四人。そう四人だった。  あの後、窓の外に出た男が、女―――遠野のために、もう一度、窓から律儀に入り直して来たのだ。 「真っ暗な学校の中で口論しても仕方が無いわ」  南雲はそう言って、高村とともにこの二人を、最寄りのコーヒーショップへと連れて来たのだ。  この時間のコーヒーショップは賑わっていた。  会社帰りに小腹が空いた者、学校帰りの大学生、そんな人々であふれている。空いているテーブルを見つけるのが難しいくらいだった。  話し声もうるさい。音楽もひっきりなしに鳴り響いている。なのに、この二人と南雲の声は、その中ですら、実によく響くのだ。自分を加えれば、四つ巴の大声合戦になるのが見えていたので、高村はできるだけ発言を控えていた。 「山東君…あなたまでが」 「だけど、行動するしかない時だって、あるでしょう!」  山東と呼ばれた彼もまた、声が大きく、響く人物だった。  身体も、顔のパーツも全体的に大きく、濃い。肌はよく焼け、髪は短かかった。  体育系の大学生と聞いていたが、確かにうなづけた。これが、森岡が言っていた「伝説の生徒会長」。 「だいたい、何で今更、あなたがが中等のことに足を突っ込むの? あなたはもう、大学の勉強が本分でしょうに」 「お言葉ですが、南雲先生」  山東はテーブルに両手をつくと、ぐいっ、と身を乗り出す。言葉こそ丁寧だったが、その口調には相手とは既に教師と生徒ではない、対等の人間に切り込もうとする時の迫力があった。 「日名は俺達の共通の友人でした。だからその行方を知りたい、と思うのは当然ではないですか。大学だろうが、中等だろうが、それは関係は無いはずです」 「そうです」  遠野もまた、強く言い放つ。

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