炬燵蜜柑倶楽部。

2007/11/18(日)14:25

うつほに吹く風 第二部(108)第九章その11

時代?もの2(248)

 仲忠が女一宮を連れて行ってしまったことで、乳母の右近は頭を抱えた。 「だから申し上げたではございませんか。せっかく御髪をお洗い申し上げたのに、また滅茶苦茶になってしまうではないですか。ああもう、また明日もお洗い致しませんと」  すると女御は苦笑しながら諭す。 「静かになさい。まあそう言うものでは無いですよ。仲忠どのも夜も昼も御前にいらしたのだから、随分お疲れでしょう。宮と一緒でようやくゆっくりできるというならそうなさったほうが良いではないか。何も御髪のことなど、また洗えばいいだけのこと」 「その御髪洗いの手間が…」  と口の中でぐずぐず言っているので。 「何もそなたが気にすることではない」  女御はそう言った。さすがに右近もそれ以上ぐずぐず言うことはできなかった。  仲忠は結局それからずっと寝所の中に籠もりきりで、翌日の昼になるまで出てこなかった。  御膳部を持ってきて食台などの音をさせても全く聞きつけた様子も見せない。  女房達は困ってしまい、とうとう中務の君が「お食事でございます」と直接仲忠に呼びかけた。  すると仲忠はこう答えた。 「…凄く眠いからね、小さい盤に少し分けてくれないか?」  仕方ない、とばかりに女房達は中の盤に分けて、また別に少し分けた菜などを出すことにする。  仲忠はそれをまず宮に食べさせて、自分はその残りを少しだけ食べて、またごろりと横になってしまった。  その翌日もまた彼等は寝所を出ようとしない。 「それでもこれでは出ない訳にはいかないでしょうね」  女房達はそう顔を見合わせる。 「仲忠さま、尚侍さまからの御消息でございます」 「母上から?」 「どうしてまるで消息をくれないのですか。以前からあなたが言っていたことを、こういう時に、と考えておいたのではないですか。今日はそれにとてもいい日だと思うので、こちらにいらっしゃい」 「あ、そっか」  そういうことがあったな、と仲忠はようやく思い出したらしい。 「ああもうこんな時に」  そう言ってとりあえず「これから行くから何も申し上げない」という意味の返事だけ持たせ、出掛ける準備を始めた。 「ずいぶん急ぐのね」  女一宮はそんな仲忠の様子を見ながら、やや呆れた様に言う。 「だって母上の言葉には動いた、という噂が広がれば、また他に行くところがすぐにできたら困るじゃないか」 「ふーん。そういうもの?」 「そういうものなんだよ」  そう言いつつばたばたと仲忠は支度をし、実家の方へと出向いた。  三条の屋敷では、犬宮の産衣の品々を調えてあった。女一宮への贈り物も同じく、その様子は正頼方へ持っていっても引けを取らない程だった。  たとえば洲浜。湧き水の側に鶴が立っているものなのだが、その鶴の足元に、金の毛彫りで葦手書きにした次の歌があった。 「―――今夜から鶴の子/犬宮が絶えず流れる水に幾代住むのを、老いた私達/祖父母は見ることができるだろう」  その様な贈り物の数々を尚侍は仲忠に見せる。 「これはまた、凄いですね」 「全くだ」  兼雅もそれを見て感心する。 「それにしても仲忠、ずいぶんと閉じこもっていた様だが?」 「えー」  こほん、と一つ咳払いをしてから仲忠は改めて挨拶をする。 「ここしばらくずっと参内して、夜も昼も御文をお読みしてまして。やっと一昨日退出できまして。そのままこちらへ伺いたいと思っていたのですが、どうも気分が悪くなりましたので、その日は一日、中の大殿に居ました。まあその名残でしょうか、昨日も今日もなかなか起き出すことができなくて。それでも御文がありましたので」 「それはそれは」  兼雅はにやりと笑う。 「ただ伺おうとは思っていたのです。お見せしたいものもあったし、父上に申し上げたいこともありましたし」 「見せたいもの?」 「これです」  そう言って仲忠は帝から貰った例の石帯を兼雅に見せた。 「例の蔵から、お祖父様の文書が出てきました。そのことを帝に申し上げたら、見たい見たいと仰るので」 「成る程それでか」  納得した様に兼雅はうなづく。 「ええ、この帯は、その講読に対し賜ったものです」  そうか、と兼雅は苦笑する。 「祐純が言っていたよ。『帝は世の中の貴いものは全て仲忠にやってしまう。皇女の中で最も可愛がっていた女一宮も、いつまでも手元に置きたいと願うような宝物も』ってね。まあ間違いじゃあないようだ」  そう言って石帯を取り上げて眺める。

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