炬燵蜜柑倶楽部。

2009/01/11(日)18:04

うつほに吹く風 蔵開下巻(2)

時代?もの2(248)

 姿形はそう変わらないかもしれない。しかし性格は。  そのことを知っている二人はただもう笑いを噛み殺すしかなかった。  涼は流れにそって話を進める。 「だからこそ今こうやって居るんじゃないか。今更何処へ行けるって言うんだい? とは言え、天下広しと言えども、貴宮以上の方が居たかどうか。…と世間の評判だけどね。そうそう、入内されてからなら君は結構見てるんじゃないかい?」 「何言ってるんですか。そんなことできる訳が無いでしょ」 「ふふーん? さてどうかな? まあ私が知ってるのは、髪がとっても美しくって色が白くて目鼻立ちが整っているということぐらいだけどね。君ならもっと良く知ってると思ったけど」 「ふうん。それで、次にご執心のひとのことは?」 「さあそんなひと居たかな」 「涼さん、今夜は可笑しいよ」 「そうかな」 「そうだよ」  とうとう堪えきれずに仲忠は笑い出した。周囲はいきなり様子の変わった仲忠に唖然とするが、涼は名の通りの表情で友を眺めているだけだった。  やがて笑いが治まった頃、涼はおもむろに杯を渡す。礼を言って口にすると、人心地ついたのか、仲忠は周囲をぐるりと見渡す。 「どうしたの」 「うん… 実は、さっきここに来る時に、どっかで見た様な童が居たと思ったんだけど。いい子は居る?」 「童ねえ… まあうちには沢山居るからね。さてどの子かな。承香殿女御に仕えていた子も居るけど」 「うーん… もしかして、僕がまだ中将だった時、灌仏会の童に召し出された子かなあ」 「ああそうそう、その子。『これこそ』って言うんだ」 「そうなのか。僕が前ここに一日居た時、扇を鳴らして『夕方いらっしゃい』と言った子が居たんだ。なかなか物慣れた子だと思ったら、そういう縁があったのか」 「まあそういうこともあるかな。私は童だったら藤壺の御方の所に居る『あこぎ』が一番だと思ってるけどるそれ以上の子は今のところ居ないと思うね。ええと、兵衛の君の弟だったかな」 「『あこぎ』は木工の君の弟だよ。そうそうこの間、宮中に呼び出されていた時、結構暇つぶしにあこぎを捕まえてはお喋りの相手にしたな。話しやすいんだ」  そんな風に仲忠も涼も、話ばかりをただただ続け、側にある楽器にも手を触れずじまいだった。  いや無論、自分の子の産養であるし、気分ではないのは仲忠も判る。だがやはり楽器があって名手が弾かないというのは。彼は自分のことを棚に上げて考える。  そこでついこう口にしてしまう。 「ところで涼さん」 「何だい?」 「どうしてあなたは今日この場で、僕を呼んでおきながら、琴を弾くでもなく、話し相手にばかりさせておくの」 「いいじゃないか、ここ暫く君もそう来ることもなかったし、せっかく人の親となったことだし、今までを思い出してしみじみと語り合うばかりというのもいいんじゃないかな? だいたい私の琴など聴く人も居ないだろうに」 「僕が聴くんじゃ物足りない? 一生懸命に聴くけど」 「君の様に人をとんでもない格好で走らせてしまう程の腕じゃないもの。まあ男は漢才などを身につけるのが一番いい訳で、様々な遊芸はそうそう極めることなどできないのだから、しない方がいいのさ」 「成る程。じゃああなたはその琴の腕は今度生まれた子に伝える気は無いんだ」  涼は意味ありげな顔で黙って微笑む。 「…うちのは女の子だしなあ… うん。子供はいいよ、涼さん。もう抱っこした?」 「…や、まだ…」  それには涼はやや言い籠もる。 「まだ汚い頃だから、ちょっと見ることもできなくて」 「何言ってるの。僕はもう、生まれたらすぐに懐に入れてたよ。汚いなんてそんなことないって」 「そりゃ君の子の様に姫だったらね。でも男の子だし。きっと私より出来の悪い子だよ。けど男の子で、大したことが無いんならどうしようもないね。女の子だったら将来が楽しみなんだけど。琴も習わせるし、色々綺麗なものを与えて、様々な所と交際もさせて… 楽しいだろうな。うちには女の子に必要なものを集めた倉だってあるんだよ。なのに使うこともできない。つまらないじゃないか」 「だったら僕に下さいな。あなたに役に立たないなら、うちの子犬ちゃんにあげるから」 「そうだね、君のとこの姫がうちの子の妻になってくれるのならね。そう約束してくれるのなら、全部あげたっていい」  くすくす、と涼は笑う。 「やだなあ、縁起でもない」 「いつかはお后に?」 「さあどうでしょう。ただ、生い育つに従って夢というものが出て来るでしょう。その夢が最初から無いというのも、ちょっとね」  成る程、と涼は仲忠にもそれなりの野心があることに心の奥をくすぐられる。 「けど涼さん、僕等はまだまだ自分達が子供だと思っていたけど、とうとう親というものになっちゃったんだよね。気持ちの準備はできている?」 「…いやあ、その辺りがね」  実を言うと、と涼は目を伏せる。 「晦日の夜までは、私は産屋に入れてもらえないんだ。何かしきたりがあってね」 「…妙な家風だなあ。僕はもう、親になったかどうかという気持ちも無いまま、ともかく女一宮のところに飛び込んでしまったよ」 「…そりゃ帝の女一宮を得た君だもの。誰も止めやしないさ。鬼も神も遠慮してそうそう邪魔もしないだろう。鬼やらいも急がなくていいくらいじゃないかな」

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