炬燵蜜柑倶楽部。

2009/06/16(火)21:13

うつほに吹く風 蔵開下巻(14)

時代?もの2(248)

 十二月も大晦日になると、あちらこちらで正月の節会の準備の品を持ち寄って来る。  その中でも種松は、正頼と仲忠の両方に、粥の材料を皆揃えて贈った。  正頼には炭を二十荷、米を三十石。  仲忠には炭は十荷、米を十石。その中の炭二荷と米一石を彼は三条殿の女三宮へと贈った。  また同じ量だけ一条殿に残っている仲頼の妹君にへと贈る。その際仲忠は、草刈と馬人が居れば済むところを、童を二人、大きな法師や雑仕をも他から雇い入れて遣わした。  そして 「―――先日はもっとお話を伺いたいと思いましたが、日が暮れたので残念でした。その折に貴女にに申し上げた様に、これからはもっとどなたとも仲良くなさって下さい。  さて、この炭は水尾からのものとどうぞ見比べてやって下さい」  と手紙をしたためた。  それを法師の使うような素朴でさっぱりとした紙に包んで、その上に「山より」と仲頼の字に似せて書く。  そして側仕えの上童を呼ぶとこう命じた。 「一条殿でね、この間僕に栗を投げつけた方の所へこの文を入れて帰っておいで」  上童は妹君の所へ行くと「水の尾からの使いです」と言って手紙を渡した。  そして手紙に引き続き。 「まあ、何ってことでしょう」  急なことに皆が慌てふためく。女房達が騒ぐので妹君も身を乗り出す。  三十を越すか越さないか、くらいの彼女はどちらかというと可愛らしい女性である。生活は質素ながら貧しさは感じさせない。この時もつれづれに琴を爪弾いていたところだった。  するとそこには、精巧な細工をした籠が二十。その全てに炭が入れられている。またその炭籠の一つには、銭二十貫を入れて、覆いをして結わえてある。  また米俵がしけ糸―――粗い絹糸で編んであり、全部で四つ。  そのうち三つには、米を入れずに絹を三十匹ずつ入れ、残り一つには非常に美しい綿を二十屯が入っていた。 「まあ…… 私の身に過ぎた節料だわ。兄上からとはあるけれど、今のあの生活をしてらっしゃる兄上からこんなにいただける訳は無いし……」 「ですがお方さま。正直、いただけるものは嬉しゅうございます」  女房達の言うのも尤もである。 「さて、ではどうしましょうね」  女主人として妹君は彼女達に問いかける。すると乳母が進み出る。 「これは全てあの仲忠どのからのものでしょう。……全く何処の誰とも知れぬ懸想人からというならともかく、あの方は、あなた様の背の君の御子で、それに水の尾の御兄上のご友人。きっと真心からなのでしょう。素直にお受け取りなさいませ。それが宜しゅうございます」 「そうですわ、早くお返事を」  周囲もそう急かす。急に彼女の周りが明るくなった様だった。そうね、と鷹揚に微笑むと妹君は使いの者達を呼び入れて、彼等に食事や酒を振る舞った。  童の大きい方には白い袿、小さい方には単衣を一枚ずつ渡し、懐に入れさせた。  その間に妹君はお返しの手紙を書く。 「―――有り難く受け取りました。  先日はそちらの仰る通り、申し上げたいことも尽くしませず残念でございました。  山―――兄の代わりと仰ると、馬のたとえの様な気持ちが致しまして、何とも嬉しゅうございます。  ところで、炭焼きまでなさっていらっしゃいますから、どんなに御手が黒いだろうと思いやられます」  そう書くと彼女は使いにまた託す。  そしてふと視線を巡らすと、頂き物を広げては心から喜んでいる様な家人達の姿に妹君も嬉しくなる。だがあえてこう釘をさしておく。 「もう少し静かになさいな。あの方からの贈り物と周りの方々に気づかれたら、きっと私達呪われますよ」  皆はそれを聞いてこっそりと笑い合う。久々のことだったのだ。こんなに暖かな正月の備えができることなど。 「あと、皆様にもお分け致しましょうね」  妹君は母宮や水の尾へ送る分などを分けて取り置く。宮内卿の所へも送る様に指示する。向こうも困っていることを彼女は知っている。  水の尾の兄には仲忠からの手紙も添えて、必要だろう、と男の子二人の装束なども整えて贈った。  種松は兼雅にも絹や綿などを大きな櫃に積んで贈った。錦など世にも希なものである。  また、三条殿に移った女三宮の方にも彼女の持つ領地から節料が沢山送られてくる。  ところで、そんな彼女の元に兼雅が訪ねることが増えたかというと―――大して以前と変わらなかった。  彼はひたすら北の方の元にのみ昼も夜も居続け、食事もそこで摂る。女三宮のところには時々昼間行くことはあっても泊まることは無い。  ある日兼雅は北の方に、一条殿に住む中の君の様子を話した。  彼女の貧しく哀れな様子、別れて帰る時に投げ出された文に北の方は堪えきれず涙を流す。 「親に先立たれて心細い生活をするのはどんなに淋しく辛いことか……」  あなたには判らないでしょう、という皮肉をやや込めて彼女は夫の方を見る。 「まだお若い頃にそんなことになられたのです。お辛かったことでしょう…… なのにあなたときたら、そんな方を放っておくなんて…… お父君からも頼まれたのでは無いですか?」

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