全国写真旅・入門

2023/05/04(木)06:35

0145 全国写真旅・入門 (総集編49)

Copyright© ​中山イーフォト​ (Nakayama e-photo) All Rights Reserved. Since October 17,2005-2023(画質下げ・書込禁止・設定中 無断複写・転載禁止) MS-Pゴチ11P 「夫婦で行く全国写真旅100回 記念展」概要(9)「写真68-2~80-2 関西・近畿編 145-1~17 記念展来場者の要望に応えたネット化の第9回目の写真概要である。写真番号・展示順に従い、日本地図に沿って展開している。沖縄から北海道迄の写真パネル154枚と参考情報、及び、第二の人生組の応援歌としての標本パネル展示等である。 今回の写真68-2~80-2は、関西・近畿の写真である。更に、咋秋訪問した九州旅の写真を下段に【九州写真_4】として若干枚加えた。写真68-2は、「竹中半兵衛(重治)の墓」: 岐阜県禅幢寺(ぜんとうじ)・竹中半兵衛は、重篤な病の身にありながら、秀吉のため戦地に馳せ参じ戦地で病死した。秀吉が、その亡骸にすがりながら泣いた最高の軍師の墓である!(68-2)写真69は、「坂本屋・のれん」: 奈良県吉野町・吉野町散策中、偶然目に止まった風雅な趣の“のれん”である。残念なことは、元祖の「吉野葛うどん」を食べはぐったことである!(69)写真70は、「西行庵」: 奈良県吉野町・松尾芭蕉を師と仰いだ西行法師(僧侶)の庵である。武士を捨て、法師となって居住した「西行庵」であるが、この写真は、多くの教科書や、教材に採用された稼ぎ頭!の写真である。(70)写真71は、「熊野本宮大社・神門」: 和歌山県田辺市・千年以上も続く、熊野三山詣での一つである熊野本宮大社である。悠久の流れが感じられる荘厳な大社である。(71)写真72は、「熊野那智大社・三重塔と那智の滝」: 和歌山県勝浦町・折しもの好天に恵まれ、最高の撮影日和だった。心が晴れ晴れするような観光名所である!(72)写真73-1は、「わなげ屋さん」: 和歌山県・日本100名城認定の「和歌山城」内で見かけたカラフルな昔ながらの露天商である。幼い頃を彷彿とさせる日本色豊かな商い文化で、日本色豊かな風景である。(73-1)写真73-2は、「虎伏」: 和歌山県・和歌山城内の「虎伏」である。見方によっては、猫では?、との意見に分かれるが、虎なのである!(73-2)写真74は、「春の和歌山城」: 和歌山県・徳川御三家の紀州藩の居城である。日曜画家が天守に向かって熱心に筆を振っていた。背後から見た印象では、お見事!と言えるような仕上がりだった。(74)写真75は、「和歌山城・高石垣」: 和歌山県和歌山市・和歌山城は、日本100名城認定の徳川御三家の城である。城の築城技術の高さが破格なだけでなく、ご一緒して下さったボランティアガイドさんの学習欲と、その深さに驚嘆させられた。そのガイド風景の一コマである。(75)写真76-1は、「熊楠(くまぐす)の書斎」: 和歌山県田辺市・「南方熊楠顕彰館」(みなかたくまぐす)を訪問した時に写した。NHKの大河ドラマとして取り上げられるべき学識、人物、その他の面で“巨人”と呼称するに相応しい魅力溢れる破格な日本人である。熊楠の足跡から、大きな刺激と勇気を得、その余韻が今に残っている。(76-1)写真76-2は、「熊楠の墓所」: 和歌山県高山寺・南方熊楠顕彰館訪問時に併せて、南方家の墓参をした。熊楠の人物を表わすかのように、どっしりとした墓石である。なお、墓所近くには、日本初の合気道を創設した、開祖・植芝盛平氏の墓所もある。(76-2)写真77は、「高池の虫食い岩」: 和歌山県古座川町・マグマ活動のなごりだと言われている奇岩の虫食い岩である。自然が作り出した度肝を抜かれるような奇抜な自然美に驚嘆・感動させられた!(77)写真78は、「橋杭岩」: 和歌山県串本町・ハシクイではなく、“ハシグイ”が正しい呼称である。この岩は、オオガミ・ポオスと名付けられ、潮の満ち引きや、太陽光の当たりにより大変化する。従って、写真撮影の被写体として、四季を通して変化に富んだ風景が期待できる。(78)写真79-1は、「高野山大塔・側面」: 和歌山県高野町・根本大塔と呼称されている高野山のシンボル的大塔である。太陽光の当たり具合から側面からの撮影である。美の極地を見るようだ。(79-1)写真79-2は、「根本大塔と灯籠」: 和歌山県高野町・大塔正面前の銅製灯籠で、実に大塔と良く調和している。(79-2)写真80-1は、「御朱印」: 和歌山県・四国巡礼の結願(満願)報告を総本山である高野山で行った。御朱印受付窓口に御朱印帳を提出し、そこに朱印を受けることで完璧となる。御朱印帳への筆はこびは、見学しながらつくづく芸術であると思った。(80-1)写真80-2は、「宿坊の朝食」: 和歌山県・高野山某宿坊の朝食である。宿坊泊は、想像以上に簡素かつ誠に健康的であった。夕食時は、飲酒が可能とのことで日本酒を注文し、高野山宿坊泊の夜を夫婦してゆったりと過ごした。(80-2)【直近の九州・写真_4】 昨秋、約一ヶ月半に及ぶ沖縄&九州写真旅を敢行した。以下は、鹿児島から福岡間迄に出会った写真旅寸景である。F1)「八朔祭りの大造り物」: 熊本県山都町、道の駅「通潤橋」の広場に展示されている“大造り物”で、超馴鹿船出冬桜(ちょっぱ ふなでの ふゆざくら)である。自然の素材だけを使用して作成された大造り物である。(F-1)F2)「五老ヶ滝解説」: 通潤橋の裏手に位置する「五老ヶ滝」に足を向けた。解説版に依れば、阿蘇山の噴火により噴出した溶岩層で出来た大型の滝とのこと。(F-2)F3)「同・滝壺」: 50メータの高さから滝壺へ流れ落ちる水しぶきである。打たれると痛そうである。なお、先の熊本大地震により、滝の展望所が壊れ進行不可のため吊り橋から望遠で撮影した。(F-3)F4)「遊覧ヘリコプター」: 道の駅「あそ望の郷くぎの」の利用者は大変多い。それだけに、ビジネスチャンスも“大”と言える。期間限定ながら、ヘリコプター遊覧料は最低3500円~最大23000円迄の案内がある。(F-4)F5) 「空中遊覧」: ヘリコプターの型式は、RobinsonのR44型のようである。空中遊覧時間は、料金により、3分から25分迄がある。空中遊覧は簡単に体験できないので、懐(ふところ)次第ながら、高所恐怖症でない限り、好天に恵まれれば最高の空中遊覧が期待できる。(F-5)F6)「道の駅・あそ望の郷くぎの」: 2015年に登録された道の駅である。阿蘇の五岳を一望できる雄大で絶大な風景が堪能できる道の駅である。そのためか、人気も非常に高く、車中泊車で駐車場は満杯である。利用しなければ損、そんな印象の道の駅である。(F-6)F7)「直方駅(のおがたえき)」: 故郷の駅舎である。三代目?の駅舎ながら、デザインは、有名な工業デザイナーの水戸岡鋭治によるJR九州、平成筑豊鉄道の駅舎である。かつては筑豊炭田の黒ダイヤ(石炭)の大集積所として、エネルギー革命前迄は、石炭により日本国を大前進させた活況溢れる駅舎だった。そんな直方市に生まれ育っただけに想い出は深い。(F-7)F8)「寂(さび)れ行く故郷」: 駅舎に面した最も賑わいがあった商店街ながら、今では大賑わいは期待できないばかりか、殆どがシャッターを下ろした“シャッター通り”となっていた。この風景は、全国写真旅で飽きるほど見てきた。つまり、政治・経済・行政の怠慢と、経営者の勉強不足等、複合的事案が要因として考えられる。(F-8)F9)「直方遊郭の残影」: 昭和の半ば迄、黒ダイヤ(石炭)時代で“呑めや歌えやのどんちゃん騒ぎの遊郭遊び”が華やかだった。当然ながら刃傷沙汰(にんじょうざた)も多発し、子供ながらも耳をそばだてて聞き入ったものである。そのイメージは、高倉健の某映画の世界か、それ以上だった。現在は、遊郭の残影は、この写真を含め若干しか残っていない。近くの高齢者に聞けば、それも近々無くなるとのこと。直方の遊郭は、成金人の夢の跡となりにけりである。(F-9)F10)「ノコギリの目立て屋(研屋)」: 石炭の採掘には、ノコギリと斧は絶対に欠かせない。坑道の落盤を防ぐため、木枠で坑道内を守るのである。木材を適宜な寸法に切るのがノコギリで、木枠をがっつりと加工する鋭利な斧が欠かせない。従って、当時は、ノコギリ目立ての依頼は絶えなかった。また、斧の研磨は自身で行っていた。その目立て屋が二軒先だったので良く見学をした。当然ながら人も家屋も新たになり、時代も変わったが、今でも、研屋業とは頭が下がる。(F-10)F11)「直方市石炭記念館・入り口」: 2018年に「国指定史跡」に登録されている記念館である。独断ながら、日本の近代化は、筑豊炭田あってこそ成就されたと言っても過言でない。そのことが、記念館の展示解説等で良く理解できる。直方市に集積された大量の石炭は、当時の八幡製鉄所(現・新日鉄)の溶鉱炉に運ばれ、その鉄鋼が広く国内で使われ国が大成長したのである。その端緒となった石炭記念館の入り口である。(F-11)F12)「直方市石炭記念館・全景」: 同じような記念館が田川市に、石炭・歴史博物館がある。しかし当館は、その規模こそ及ばないものの、展示品に対する意欲や、職員の解説熱意は、並々ならぬ意欲が感じられた。(F-12)F13)「直方市石炭記念館・練習用模擬坑道」: 写真右手の職員のガイドがユーモアたっぷりの解説だったため、来館者の笑みがこぼれていた。(F-13)F14)「直方市石炭記念館・山本作兵衛(やまもとさくべい)」: 炭鉱記録画家の山本作品が、“ユネスコ世界記憶遺産”に登録されている。その作品10点がこの記念館に展示されていた。撮影禁止で紹介出来ないが、是非来館の上、原画を見学されたいと願う。(F-14)F15)「直方市石炭記念館の貝島太助」: 黒ダイヤ時代の炭鉱王達が記念館内で紹介されている。その代表格の一人が貝島太助である。風貌が亡くなった父似で、豪放磊落(ごうほうらいらく)な男気溢れる炭鉱王の一人である。(F-15)F16)「直方市石炭記念館の堀三太郎」: 同上の炭鉱王の一人で、堀三太郎である。風貌が少し自分に似ている?と良く言われる。豪邸跡は、「歳時館」として広く一般に開放されている。その豪邸からは、眼前に広がる900メータの福智山が眺望できる。(F-16)【写真旅・参考情報_8】 写真旅に於ける難問の一つが“写真機の選択”である。旅の期間の長短に関わらず、写真旅では写真機は欠かせない。科学技術の進行に伴い、フィルム写真機は衰退を辿り、現在はデジタル写真機時代である。1、日本は、優良なカメラメーカーに恵まれている。従って、魅力的な写真機の選択がし易いメリットが大である。2、魅力的な写真機が多いが故に複数のメーカーの写真機に手を出し易いメリットがある。しかしながら懐に余裕がない消費者にとっては痛し痒しである。3、複数のメーカーの写真機を購入した場合、レンズや周辺機器の互換性に悩まされる。例えば、写真機の互換電池や、互換レンズ等が使用可能かも知れないが、不具合が出ても、メーカー保証は得られない。これを避けたい場合は、高い純正品を購入するしかない。4、高級な写真機程、メリットとデメリットが正比例して共存する。つまり、価格が高いだけでなく、画素数も天文学的に高くなる。そのため、画像処理には必然的にPC機能も最高のスペックを搭載した高額な機種の選択が欠かせない。5、更に、デジタル写真機の未来は予測不能である。つまり、100万画素時代から、わずか20年程度の時間経過で、スマートフォン(スマホ)のデジカメ機能が最高級写真機と肩を並べ、価格も1/5程度と破格な時代である。更に、近い将来、チャットGPTで諸条件を呼び掛ければ、適切?な画像が見込める。そうなる前に、関連業界の革命が起こる?ように思われてならない。なお、暫くの間、当サイトは、変則的な掲載となる。   0145 全国写真旅・入門 (総集編49) ● このサイトは、次の構成に沿って展開している。(140回目以降)140:全国写真旅・入門の実際(総集編44)・・・・・・20221127141:全国写真旅・入門の実際(総集編45)・・・・・・20221219142:全国写真旅・入門の実際(総集編46)・・・・・・20230130143:全国写真旅・入門の実際(総集編47)・・・・・・20230227144:全国写真旅・入門の実際(総集編48)・・・・・・20230320145:全国写真旅・入門の実際(総集編49)・・・・・・20230428146:全国写真旅・入門の実際(総集編50)・・・・・・(予定)――――――――――――― ・ ・ ・ ――――――――――――― 姿が見えない敵、新型コロナウイルス(COVIED-19) 【38】 前々から指摘してきた2類から5類への変更が5月から実行される。この間、コロナ禍から3年余を経過したが、我が国の医療行政と医療問題等が浮き彫りとなり、現況を把握し易くなった。 そして、日常茶飯事テレビに頻繁に出演していた有名な?医療関係者達が次々と姿を消し、コロナ予算に群がった様々な不祥事等の追求も徐々に減少している。さらには、自分で判断ができない、或いはしない日本人が非常に多いことも分かった。過去の歴史の教訓を忘れ、全体主義的な雰囲気に流されやすい国民性が浮き彫りとなり先行きが思いやられる。 不透明な“ウクライナ”戦争情勢 日本も危うい!(情報戦4)【15】 “殺戮”が続いている戦争の最中、戦争当事国を除き、日本を含む世界中は、WBC決勝戦の熱狂の渦に包まれた。その最中に首相がウクライナへ隠密裡に飛んだ。招き入れ側のウクライナのジェレンスキー大統領は堂々と絨毯の中央を進む中、遠路はるばる来た我が国の首相は、絨毯の端を外さんばかりの歩行ニュースが流れた。 穿った見方ながら、胆力の乏しい足下が覚束ない政治家に見える。それを世界に見せたのである。厳しく言えば、我が国の国防・防衛意識と備えが貧弱なだけでなく、国のリーダーである政治家の資質不足が露わである。1億2000万人余の命と財産を守るリーダーとしては、・・・。    片や、“地雷敷設を行い”、“核兵器の使用示唆”を繰り返すロシアながら、“和平行動もどき”は中国以外殆どない。 この戦争から真剣に学ばなければならないことは、戦争をしたくなくても “戦争を仕掛けられる”現実があることである。そして、戦後70年余もの間、学習を厳しく真剣に行わずに過ごしてきた日本は様々な事実を正しく知らなければ、深い国防議論は始まらない。直近の台湾、尖閣、自己防衛力、情報戦の問題は、明日からの議論では遅いのである。

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