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多岐さんのブログ

2022.05.22
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ボスニア・ヘルツェゴビナに次いで、セルビアについて紹介します。

1990年ソビエト連邦が崩壊した後、バルト三国をはじめ、コーカサス諸国、中央アジア諸国が相次いで独立していったように、ユーゴスラビアは1980年にチトー大統領が亡くなり、ワルシャワ条約機構の盟主ソビエトの力が衰え始めたことを機に、ユーゴスロバキアの自治州があちこちで独立機運が高まってきた。初めにクロアチア紛争が起き、ボスニア・ヘルツェゴビナ紛争、セルビア紛争、コソボ紛争に連鎖してゆき、20年近くの混乱期を経て、最近、ようやく、セルビアとコソボの間で紛争終結の調印が行われ、安定へと向かい始めた。

セルビアは1990年、ソビエト連邦崩壊後、セルビア・モンテネグロとして独立。併せて2006年には、スロベニア、クロアチア、ボスニア・ヘルツェゴビナ、北マケドニアに旧ユーゴスロバキアは分裂した。

その後、セルビアの中のコソボは一つの自治州だったが、セルビアの主権が及ばなかったこともあり、コソボの住民は2008年に独立を宣言した。これにセルビアが反発して新たな紛争に発展した。2013年には国連加盟国の約100ヶ国がコソボの独立を承認するに至り、最近、ようやくセルビアが軟化してコソボの分離独立を認め、旧ユーゴにようやく春がやってきた感がある。

首都は、旧ユーゴの首都でもあったベオグラード。人口は約700万人で83%がセルビア人、残りは、ボシニャク人、アルバニア人がそれぞれ24%づつの構成。セルビア人は正教、マジャール、クロアチア人がカトリック、ボシェニャク人がイスラム教。
(ベオグラードの町並み・・・Wikipedeaより)



有名人は何と言ってもテニス界の英雄ノバク・ジョコビッチ。サッカーではストイコビッチらが日本ではよく知られている。

セルビアは2009年にEU加盟申請をしたが、当時のコソボ問題の解決なくしてEU加盟できないという反対で加盟に至っていない。しかし、今度のプーチン・ロシアのウクライナ侵攻はセルビアを含め、ボスニア・ヘルツェゴビナ、コソボも含め、EU及びNATOへの加盟が加速されると言われている。

 

ウクライナの人よ、ともにあります。дабай Україна ダバイ・ウクライナ ウクライナ・がんばれ



東京うたごえ協議会の反戦集会などの音楽シーンで活躍している大熊啓氏がウクライナ国歌を日本語に訳しさまざまなところで歌われている。その歌詞を紹介します。

 

栄光の国ウクライナ 自由は滅びず

友よ定めは我らに再び微笑む

太陽を浴びた露のように敵は消え失せ

我ら手を取り耕すのだ 我らの土を

この身もこの心もただ自由のために

示せよ我らがコザックの誇りを

 

友よ今ぞ立ち上がれ すべての町から

無法者の支配を 我らは許さぬ

母なる黒き海も父なるドニエプルも

ウクライナに幸よあれと我らに微笑む

この身もこの心もただ自由のために

示せよ我らがコザックの誇りを

プーチン・ロシアは即刻、ウクライナ侵攻を止めよ。







最終更新日  2022.05.22 06:55:56
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