朝5時起きで、6時発の東京行きバスに乗って、新宿の損保ジャパン東郷青児美術館で開催中の「ウィーン美術アカデミー名品展」に行く。
http://www.sompo-japan.co.jp/museum/exevit/index.html
クラナッハ(父)が4点、ファン・ダイクの「15歳の自画像」、ヨールダンスの透明感のある「画家の娘エリザベート」、レンブラントの「若い女性の肖像」、レオナルド・ダ・ヴィンチが構想をし、なんらかの事情で未完成に終わったものを、およそ100年後ルーベンスが残された記憶を基に描いた「アンギアーリの戦い」ほかのルーベンス作品とムリーリョ。ここらへんは質も高く、フランドル絵画(ムリーリョは別だが)を堪能できた。
これらの作品群は、おそらく同美術アカデミーの中核をなすランベルク伯爵のコレクションではないかと推察され、その質の高さに驚いたものであるが、後がいけない。
その他の風景画や同アカデミーの教授たちの描いた作品は、歴史資料的には価値あるかもしれないが、藝術的にはちょっと先ほどのオールドマスターに比べれば見劣りしてしまう。あまりに総花的で、展示が進むにつれ、がっかり。
余談であるが、アカデミー教授であり、後にクリムトらとウィーン分離派を結成したモルの作品があった。アカデミーからの連想であるが、その昔パリに絵画修行に行った佐伯祐三がヴラマンクに教えを乞うた際、ヴラマンクは佐伯が持っていった作品を「アカデミズムの悪しき見本」と完膚なきまでに貶し、佐伯の画業がここから花開いたという逸話を思い出した。特に時代の激変期であった19世紀末、アカデミズムへの反逆が新たなる絵画の地平を開いたことは、興味深いことである。