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カテゴリ:絵画.・アート
ーーー引用はじめーーー 「日本へ正式に、紙の製造法が伝わったのは、610年 高句麗の僧(曇徴)によるものとされています。 江戸時代になると、紙の値は下がって一般の生活にも、入り込んでいきました。 農民の副業として紙漉きが各地に広まり、生産量が増大したためです。 それにともなって、紙を利用する職業も カッパ屋、カサ屋、提灯屋、障子屋、造花屋など、様々にわたります。 紙は生活に欠かせない材料になっていったのです。 (平出紙業株式会社「紙の歴史:日本編より)」 加えて印刷技術も高度化し、寺子屋での教育を通じ識字率も高まり 瓦版、黄表紙、読み本など 江戸はその頃の世界でまれに見る印刷物の普及された世界であった。 文部大臣や国立博物館長などを歴任した 経済学者 高橋源一郎(1884~1982)は 江戸の余韻の残る明治30年13歳のとき、浮世絵の魅力に目覚め その生涯を通じて浮世絵の体系的な収集を実践した。 日本浮世絵協会長として、浮世絵の研究を推進したひとでもあり そのコレクションは質の高さでも定評があり 高橋氏の没後、そのコレクションは慶応義塾大学に寄贈され このたび建学150周年記念イヴェントのひとつとして 三井記念美術館での公開が行なわれた コレクションはいずれも名品ばかりで、一度の公開では収まりきれないため 前・中・後期の3期に分かれての公開となった。 わたしが拝見したのは中期である。 表題の「夢と追憶」とは、高橋翁のものであるのはもちろんであるが 江戸期の文化を支えた多くの無名の人々の「夢と追憶」でもあったろうと 不幸にも文化が発展し過ぎたゆえに 藝術として評価されるにはあまりに消費されてしまった「浮世絵」の その素晴らしい表現力・職人芸・雲母摺りなどの技法の冴えを見るほどに感じていた。 これほどに成熟した文化を持った時代ということを 学校の歴史の時間に教えてもらったことはない。 後期江戸時代はこういう庶民レベルの文化の高さをもった時代であったと言うことを もっと知らせるべきものと思う次第である。
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