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カテゴリ:人鏡論
夜もあけひかし 山のはに 日輪のほり給へは。 一如上人云く。 いやさ性子中將殿を 先達にして宗廟に 参宮せむといへば。 性子も尤とて其日の午の刻はかりに 都をうち立けるか。 中將宣しは 道無をも召具して。伊勢へ行かむとて道無を 起し給へは。 巳の刻計まてふかくいぬけるか。 よもすからむつかし きみゝにもいらぬ物語聞くたひれ侍る處に。 よくこそ思ひ立給へとて。同道四人みな 歩行にてみやこを出られけるか。 四の宮川原の邊にて中將のたまひけるは。 終夜此三人は物語に心くるしめ侍るに。 あの道無は何心もなくいねふり明かしけるにくさよ。 此たひ 参宮の道すからの慰に。 道無一人にして 此三人のよろつ事とはむ事を返答たせ。 道中の思ひ出にせむとのまたひけれは。 一如上人も性子も尤といひてうちつれあゆみ行けるか。 大津のうち出ての濱にて中將 のたまひけるは。 人々見給へ鷲の高根のうす紅葉。 なからの峯に錦をさらすけしき。 都のけしきよりいと面白く侍るはと。のたまひければ。 一如上人とりあへす 志賀のうらはをよめる。 花ならは 手折れてもかな みぬ人の いへつとにせむ しかの浦なみ 性子は比叡の山を打なかめて。 山頭高聳護皇城 一鏡玉盤照四明 三智松風恒凛々 浮雲晴去胸襟清 中將は杉の横川を月にみやり給て。 誰かみる 雲の八重たつ 奥山に すめる心の あり明の月 道無齋此人々の 詩歌を聞て。 各々のやまと歌 から歌 更に道無にかなひ候はす。 唯面白くも有難ものは金にてそ候る。 ひえの紅葉も。なからのみねの錦も。横川の月も。 金なくては更におかしくも 面白もあるまし。 唯世界は黄金にて社。 天地も人間も万物も其外の事も皆金に備り侍るなり。 佛も色々口を聞給へども。七寶の最初に先金銀を説給ひ。 もろもろの浄土も金銀の荘厳を第一とせり。 孔子も老子も今日の縁故に 心苦しめ。 あまたの道をかたり述べられたり。 我國の神道も金銀なくてはしりかたし。 その子細は此ころもつたへ聞は。 あふみの比良の社の權の太夫と云もの。 万事をなけうち 多年神道をもつはらに 執行しけるか。 唯一の大事に唯受一人の切紙あり。 卜部家にたよりかの權の太夫まつしき身として小分の物なと。 折々上京の度ことに 卜部氏の方へつかはし。 門前の塵をはらひ執心の誠を盡しけれと。 終に多くの年のみつみて 空しくゆるし申されさるに。 此比美濃國の郡主に民部少輔範長上洛しけるか。 或町人の物かたりに。 卜部の一ヶの切紙を受候へは。神道も根元すむ事といへは。 範長聞て白銀十枚に唐綾三巻もたせ。 使をもて 卜部のかたへつかはし。 承及候神道一ヶの切帋御さつけに預り度御入候といひてやり侍れは。 其返事に。 扨々〔さてさて〕武家の御身として奇特の御こゝろかけかな。 幸明日は諸願成就日にて候へは。 早天より御来儀候て此方より常の飯を参り候様にと。 堂上の身として無官の武士へ慇懃なる 文體にて返事来ぬ。 此方より又返事に。 明日は大不成にて候間。明後日御相傳に参り候はとの御事にて。 終に其日限に大事授り本國へかへりぬ。 是をもてみれは。神道の大事も金なくてはしる事かたし。 中將聞給て誠道無か咄さる事あり。 おとろへたる世のはかなさよとて嗟嘆しておはしける。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
Last updated
2014年07月31日 03時02分04秒
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