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カテゴリ:人鏡論
中將宣ひけるは道無か云しようにもなき事ありぬ。 此過し年の暮つかたに近江守といひし人。 多年四品の望みありけれ共。年若き人にて いさめる大將なれは。 將軍家ゆるしなくして有侍るに。 近江守一首の和歌をつゝりて あけゝれは。 上にも哀におほしめして四品になりぬ。其歌に あしなくて 登りかねたる位山 弓矢の道は 達者なれとも 道無うけ給ていはく。 まつらしからぬ仰かな。 彼近江守は分限より 軍士あまたふちして。 勝手大きに すりきりにて候か。 此比年来の武功にて加領として。伊賀國拝領し給へり。 是により富貴の 身になり給へは。 此歌よみ給はすとも四品いとやすかるへし。 これも唯 富貴のなす所なり。 その所以は 金のなす所といへは。 一如上人も 性子もこれは道無か申分立候はすとて 大きに笑ひける。 道無すこしもさはかす各はいまた大事知給はす。 此ころ聞は中京に和泉屋輿三郎とて。中京一の金持の候か。 かれか娘に惡女一人有。 目はかたかたつふれ。足は一方短かくて。 いはむかたなきかたは物にて候か。 親の輿三郎ことさらに不便におもひ。 我かなくならは 兄弟とてもあなとり哀なるへし。 人に無心いはて 一生わたるへきやうにとて。 東の京に一町四方の屋敷をもとめ。數多借家をたてゝ。 黄金百まいとらせ置けるか。 みな人々此金銀にめかくれて。 両眼有りても一方なくては用に立す。 一眼不苦足の不具なる事も使なとには用ひましけれは。 我か嫁にせん。人か嫁にせむとうはひける。 親のまつしくて俗性よき人。 世にはあまた あれともめにもみす。 此娘の事のみ人々 いひわたるをみれは。 とかく金の浮世の人心にて候といへは。 三人の人々にか笑ひそしける。 道無いひけるは。 此春の暮つかた袋屋の助次郎といひける。 有徳なる町人と同道して。ひえの山まうてしけるか。 中堂とかや云 大寺を拝み。谷々みめくり。 扨々浮世の外の山かな。誠に霊山の道場共覺候て。 みる物毎に泪くみける處に。 貴き法印四五人出給ひ。 扨々ひさしの袋屋殿や。 道無は年より候へ共よくこそ登山おはしけるとて。 色々のもてなしともなりける處に。 年の比四十余の人の。今めかしからぬふりたる姿。 いとけ高く物いひ給しけはひ おとなしき人。 共のおのこに。ふるく作りなせる太刀かつかせておはしけるか。 袋屋よりも下座につきておはし侍るを。 あるしの法印出あひて。能おのほりなりと計いひて。 さのみもてなしもなし。 此道無思けるは。 誰人ともしらねとも。 何さま一國のあるしともいふへき人のおとろへ給し人なるへし。 かゝる人々の浮世にむまれ給て。 人のもちゐぬすり切になり給し事よと。 哀みおもひ。ふと心にうかみてかく。 名も高き 人たに人か用ゐぬは唯かねの世と常に聞け共 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
Last updated
2014年08月31日 02時28分25秒
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