66673680 ランダム
 HOME | DIARY | PROFILE 【フォローする】 【ログイン】

FINLANDIA

FINLANDIA

【毎日開催】
15記事にいいね!で1ポイント
10秒滞在
いいね! --/--
おめでとうございます!
ミッションを達成しました。
※「ポイントを獲得する」ボタンを押すと広告が表示されます。
x
X

PR

Calendar

Category

Keyword Search

▼キーワード検索

Archives

2024年11月
2024年10月
2024年09月
2024年08月
2024年07月
2024年06月
2024年05月
2024年04月
2024年03月
2024年02月

Freepage List

2021年07月24日
XML

 
Photo by Karlijn Pape from Truus
images.jpeg
 
 
 

 >前回
 
 
 回想から現実に戻ると、真っ赤で大きなアフリカの落日が地平線に沈んでいくところであった。
 急激に気温が下がってくる。遠くでブチ・ハイエナが笑い声に似た吠(ほ)え声をあげる。
 ライフルと実包が、気温と同じ十度Cぐらいに冷えるまで片山は待った。暑い昼間と寒いほどの夜間では、火薬の燃焼速度その他の影響で着弾点が変わる筈だ。
 サン・グラスを外して立上がった片山は車に乗り、エンジンを掛けると、マルシャルのドライヴィング・ランプを点灯した。
 強烈な光線の黄色い筋を二百ヤード先の標的に向けてから車を降りる。
 伏射で三発、慎重に射った。
 大地からのカゲロウが無いせいもあって、太陽に照らされていた時の着弾点より五センチほど下に着弾することが分った。
 片山はライフル・スコープの上下修正ダイヤルのノブを四クリック上げて、再び三発射ち、それが夜間の二百ヤード用の照準(ゼロテン)規正であることを確かめてから、銃床にナイフでメモを刻む。
 二百ヤード用標的紙を的枠ごと回収して叩き壊した。ほかの的枠や標的と共に火をつける。
 ライフルは、ライフル・スコープを固定したまま、携帯用ケースと銃トランクに仕舞った。ライフル・スコープを脱着したあとは、ひどく着弾点が変るから、せっかくの試射が水泡に帰する。
 原野についているタイア跡(トラックス)をたどって国道に車を出した片山は、二時間ほどのち、ルサンゴの街に戻った。
 街のなかを気が向くままに車を走らせ、道を覚える。歓楽街は不夜城だ。金がない連中は街娼と立ったままファックしている。チンピラは自転車のチェーンを振りまわして喧嘩(けんか)しているし、ビジネス街ではギャングか外国のエージェントのトラブルなのか派手な射ちあいがあり、流れ弾が片山の車のそばまで飛んできた。
 街なかを抜けて片山は港に行った。大桟橋の入口には検問所があったが、飲んだくれている税関の役員は、一時停止した片山の車によろめき寄ると、
「ビアー・・・・・・・ビエール・・・・・・」
 と、揉(も)み手をしながら酒代をせびる。
 片山が一ドル札をくれてやると、英仏独語で礼をのべた役人は検問所に引っこんだ。パスポートや身分証明書を見せろなどとは言わない。
 大桟橋に出入りするタクシーは、まとめてチップを払っているらしく、船員を乗せていても一時停止さえしなかった。密入国者には天国だ。
 港には三百を越す貨物船が並び、入りきれない船は沖で待っている。土産品を売る小舟や夜食の屋台船のほかに、水上ランチが行き来している。
 大桟橋のタクシーの溜(たま)り場から離れたところに片山は車を停めた。今はサンチョ・パンサ号と名を変えているラ・パロマ号を、ライツ・トリノヴィッド八×三二の小型軽量だが優秀な双眼鏡を使って探す。
 サンチョ・パンサ号の特徴を持った貨物船は、三キロほど沖寄りに見えた。
 だが八倍の双眼鏡では船名が見えない。
 車のトランク・ルームからスポッティング・スコープとカー・ウインドウ・マウントと小さな毛布を取出した片山は、助手席の窓ガラスを三分の二ほどさげた。そのガラスをマウントではさみ、クランプのネジを締める。
 そのマウントにスポッティング・スコープをつけ、倍率二十にして、狙った貨物船を覗(のぞ)いてみる。
 近くの船の甲板や舷窓から流れる淡い光りを受けているサンチョ・パンサ号の船名がはっきり読めた。片山は倍率を二十五に上げ、その船を車内からじっくり偵察する。腹がひどくへっているが、射ちあいにそなえて我慢する。
 一時間ほどたってから、水上タクシーのランチがサンチョ・パンサ号に接舷(せつげん)した。その貨物船の甲板から縄梯子(なわばしご)が降ろされ、ランチに乗っていた中南米系の男たちが貨物船に登る。
 入れ替りに、甲板にいた二人の男が縄梯子を伝って水上タクシーに移った。東南アジア系のようだ。
 片山はマウントの調整レヴァーを動かし、貨物から離れた水上タクシーをスポッティング・スコープで追った。
 素早くスコープとマウントを車窓から外し、毛布でくるんで助手席の床に置いた片山は、北埠頭にオペルを走らせる。
 北埠頭の入口にも検問所は形だけついていたが、ここでは無人になっていた。
 待つほどもなく、水上タクシーは波止場に着き、先ほどの二人の東南アジア系の褐色の肌の男たちが上陸する。
 北埠頭で客待ちしているタクシーは五台であった。ドラム罐に放りこんだ廃材の焚火(たきび)にあたっていた運転手たちは、サンチョ・パンサ号の二人の船員に駆け寄って、下手な英語で歓楽街までの運賃をわめきたてる。
 二人の男が腰や腋(わき)の下に拳銃をつけているのが、背広ごしに片山に分った。運転手たちがダンピング競争をはじめるのを、薄笑いしながら聞いている。
 五分ほどしてから、やっと二人はガソリン代に毛が生えた程度の額をつけた運転手のフィアット一二八に乗り込んだ。
 
 
 


 
 




 一・三リッター五十五馬力のそのタクシーを片山のオペル・カデット改が尾行するのは簡単な仕事であった。
 歓楽街とショッピング街のあいだに三十階建てのホテル・インターアメリカがあり、その広大な駐車場と隣接して、二十階建てのルサンゴ・セントラル・エロス・センターのビルがある。ルサンゴにエロス・センターは五軒もあるのだ。
 東南アジア系の二人の男が降りたのは、スーパー・エロス・センターの前であった。二人がそのビルに入ったのを見てから、片山は車をホテル・インターアメリカの無料駐車場に駐(と)めた。
 スーパー・エロス・センターに入る。
 一階と二階が女のショー・ルーム、地下がスナック・バー、三階から上が女たちのアパートになっていることを片山は知らされていた。
 奥行きと幅が共に五十メーターほどある一階のフロアは真ん中で巨大なターン・テーブルがゆっくりと回り、その上に乗ったさまざまな人種の女たちが、下着姿で色っぽいポーズを作っている。首から番号と名前を書いた札をぶらさげていた。年をくって体の線がたるんだ女が多い。
 一階の女は約百五十人、汗がしみた紙幣を握りしめて熱心に品定めする黒や褐色の客は三百人近かった。天井や壁のライトはさまざまに変化し、淫蕩(いんとう)なレコードが流れ、熱気でむんむんしている。
 片山は客たちのあいだをすり抜けながら、目ざす二人を捜した。
 やっと見つけた時、二人は二階に続く階段を登ろうとしているところであった。片山は二人を追う。
 一階の女はチップは別にして一時間五十オングー、つまり十ドルだが、二階の女は百オングーだ。
 二階はターン・テーブル式ではなく、四方の壁沿いや三つの中仕切りの衝立て沿いに椅子が置かれ、高々と膝を組んで透けて見えるパンティを見せた女たちが待っていた。
 一階の女たちとは値段が倍であるだけに、黒人の女も若くて体が引きしまり、白人娘のなかにはヒッピーの旅費稼ぎといった印象のティーン・エージャーが少なくなかった。
 ここでは、自室で営業中のを差し引いて百人ぐらいの女がいた。客が五、六十人で、黒人でも身なりのいい男や、白人やアジア系が多い。明らかに日本人と分る男たちが五人、グループを作って、女たちを冷やかして歩いている。
 サンチョ・パンサ号の二人の男たちのうち、三十歳ぐらいの中背の男が、モロッコかアルジェリアあたりの出身らしいミルク色の肌と、ヴェトナム訛(なま)りのフランス語で話をはじめた。
 もう一人の、小柄だがフライ級のボクサーのような身のこなしの男が、ぽっちゃりした色白の中国系らしい娘と、ピジョン・イングリッシュで話しはじめる。
 二人とも、首から吊っているプラスチック札の番号は五百番台であった。と、言うことは、二人の個室は五階にあることが分る。ここでは、女の番号は部屋の番号と同じなのだ。
 二人の男は、それぞれの相手と腕を組んで、エレヴェーターに消えた。
 片山は五百二十二番の、エリカという北欧系の源氏名のエチオピア人らしい娘に近づいた。
 コーヒー色の肌と哀愁に満ちた黒い瞳(ひとみ)のエリカは、典型的なエチオピア美人であった。手足は折れそうに細いが、バストと腰はたくましいほどであった。
 好色な笑いを浮かべた片山は、
「よし、あんたに決めた」
 と、英語で言うと、エリカの手をとる。
 立ち上がったエリカは長身であった。百八十センチはある。四インチのヒールのパンプスをはいているので、片山より高く見えた。
 五つあるエレヴェーターの一つに入るとエリカは、
「一時間のお値段はいくらか知ってるでしょう?」
 と、英語で言った。エチオピアは旧英領だ。
「前渡しする。取っとけよ」
 片山は二十ドル(ツェニーバック)札を渡した。
 それを電灯で透(すか)してみてからハンドバッグに収め、
「うんと気持ちよくさせてあげるから、チップをはずんでね」
 と、言った。
「終ってみないと分らんね」
 片山は肩をすくめた。
 五階でエレヴェーターを降りる。エレヴェーター・ホールには拳銃を腰から吊った二人のガードマンが立っていた。エリカに言われ、二十五セント玉(クォーター)を一米ずつ二人に渡す。
 エレヴェーター・ホールに面した廊下にも個室のドアが並んでいたが、エリカは片山を、その廊下の左の端まで案内した。
 そこから直角に、壁に沿って別の廊下が通っていた。済ませたばかりの米人風の男とフランス系の女とのカップルにすれちがう。
 タダ乗りを防ぐためか、壁には窓がなかった。その廊下の途中の左に、五階を横に貫く中廊下がある。
 中廊下の右から、二番目に五百二十二号の部屋があった。モロッコ女らしい女の部屋は二つ置いた左隣りで、中国系の女の部屋は斜め向かいだ。
 部屋のドアを内側からロックしたエリカは、パンプスを蹴りぬいだ。素っ裸になると、ドアが無い浴室のビデにまたがって洗いはじめる。ハンドバッグも浴室に持ちこむ用心深さだ。
 ソファに腰を降ろした片山はタバコに火をつけた。ウェスターンハットを棚(たな)に置く。
 股間をバス・タオルで拭きながら浴室から出てきたエリカは、
「あなたも脱いで。洗ってあげるわ」
 と、身をくねらせた。(中略)
「また気分が乗らんのだ。ベリーダンスでもやってくれ」
 片山は答えた。
 エリカはラジオのスウィッチを入れ、流れだしたアフロ音楽に合わせて激しく腰を突き上げた。(中略)
 片山がタバコを吸い終えると、エリカは踊りをやめた。
「まだ、、その気になれないの?」
 と、ソファに横坐りし、片山のスラックスのジッパーに手を掛ける。
「悪いが・・・・・・」
 片山は俯向(うつむ)いたエリカの首筋に右の手刀を叩きつけた。頸骨(けいこつ)が折れないように手加減したが、エリカは瞬時にして意識を失う。
 シーツをガーバー・ナイフで裂いて、数本のロープを素早く編む。そのうち三本を使ってエリカの両手両足を縛り猿(さる)グツワを噛ませる。気絶から覚めないように、耳の上を鋭く蹴る。頭の骨にヒビが入った音がした。
 残り二本を使って投げ繩を作った。プッシュ・ロッディングするわずかな時間でも節約出来るように、G・Iコルトを一度抜いて手でスライドを引き、薬室に装填する。暴発を避けるために、撃鉄を静かに倒しておく。
 五分ほど待ってから、片山はエリカのハンドバックからこの部屋のキーを取出した。帽子を被り、ドアを細めに開く。
 耳を澄ませてから、廊下に顔を覗かせる。廊下に人影は無かった。
 廊下に出た片山は、エリカの部屋のドアを外側からロックした。上着の襟(えり)の内側に差していた、先端が鉤型(かぎがた)に曲った二本のピアノ線を取出す。
 それを使い、モロッコ系の女の個室のシリンダー錠を簡単に解いた。グリーン・ベレーは、あらゆる非合法なテクニックを教わっているのだ。
 二本の針金を襟に戻し、そっとドアを開く。部屋のなかに身を滑りこませると、投げ繩を持った左手をうしろに回して、そっとドアを閉じる。
 ベッドの上で中背の東南アジア系の男が女を責めていた。
 背に枕を敷いた仰向けの女は、首と頭で体重を支え、両脚を男の肩に乗せている。中腰になった男は激しく突きおろしている。女の口からは、苦痛とともに甘美な呻(うめ)きともとれる声が漏れていた。
 二人とも無論素っ裸であった。男の拳銃はホルスターに入ったまま、ベッドのヘッド・ボードに掛けられていた。
 人間には第六感があるから、たとえ背後から忍び寄っても、あまり近づきすぎると気付かれてしまうことが多い。だが片山は、数えきれないほどの実戦の経験から、巨体にも似合わず、手をのばす距離まで忍び寄ることができるテクニックを身につけていた。
 幻影のように接近した片山は、男の首に投げ繩を掛けると、うしろに引きずり倒す。結合が外れてからやっと片山に気付いた女の脇腹を鋭く蹴った。
 脾臓(ひぞう)が炸裂(さくれつ)した女は、重苦しい呻き声を絞りだして気絶した。
 投げ繩に首を絞められた男は、悲鳴を漏らすことも出来ずにもがいた。両手で投げ繩の環を外そうと首に爪をたてながら、両足で片山を蹴ろうとする。女の体液で濡れた黒光りしていた男根は、見る見るしぼんでジャングルに隠れた。
 薄笑いを浮かべた片山は、蹴りあげた男の右腿のうしろから、睾丸を蹴り潰(つぶ)す。ショック死に似た症状を呈して男は意識を失った。
 片山は男を浴室に運んだ。ガーバー・ナイフを使い、男のアキレス腱を切断しておき、椅子に掛けられている男の服をはぐる。投げ繩は首に捲きつけたままだが、呼吸が止まらないようゆるめてある。
 男のポケットから出てきた船員手帳によると、タイ国籍のポーン・サムラクという甲板員ということになっている。
 男が持っていた三千ドルほどの現ナマを頂戴した片山は、ショールダー・ホルスターを捨ててから、拳銃を上着の左ポケットに突っこんだ。男のその拳銃は、S・Wチーフス・スペッシャルの銃身がひどく短いスナッブ・ノーズの輪胴式(リヴォルヴァー)であった。

   
  
  

IMFDB.org - Smith & Wesson Model 36 / 38
Smith & Wesson Model 36 "Chiefs Special"

http://www.imfdb.org/wiki/Smith_%26_Wesson_Model_36_/_38
 

 


 ベッドのシーツを破り、それで男の口にゆるく猿グツワを噛ませた片山は、男が持っていたカルチェのライターで鼻の穴をあぶった。
 鼻腔(びこう)が焼け焦(こ)げた時、男は猿グツワの隙間(すきま)から唸(うな)り声を漏らした。意識を回復してもがく。
 熱くなったライターをタイルの床に置いた片山は、フランス語で、
「名前は?」
 と、尋ねた。
 だ、誰(だれ)だ、貴様は・・・・・・糞う・・・・・・痛い・・・・・・苦しい・・・・・・」
 男は呻いた。
「名前は? ポーンというのは偽名だろう?」
「どうして分かった?」
「タイ人でフランス語がしゃべれる船員は少ないからな。もとはフランスの植民地だったヴェトナム人と違って」
「畜生・・・・・・グエン・チューというのが俺(おれ)の名だ。サイゴン出身だ。敗戦でタイに逃げ、ワイロを使って船員手帳を手に入れた・・・・・・俺に何の恨みがある?」
「別に・・・・・・俺に尋ねることにまともな返事をしたら、あんたはこれ以上痛い思いをしないで済む」
「畜生・・・・・・」
「あんたは、ラ・パロマ号が日本の港を出た時から、あの船に乗っていたのか?」
「ラ・パロマ号とは何のことだ?」
「とぼけるなよ・・・・・・よし、分かった。貴様が二度と女を楽しめない体にしてやる」
 片山は壁掛けタオルを取り、それを左手に捲いて、グエンの縮みきった男根を引っぱりだした。それに、ナイフの刃を当てる。
「やめろ・・・・・・やめてくれ・・・・・・サンチョ・パンサ号がラ・パロマ号だったことを認める。俺があの船に乗りこんだのは、あの船がシンガポールに寄港した時だった」

 
 
 

 
 

「あんたは拳銃(ハジキ)を持ち慣れているようだな。亡命する前は何をやってた?」
「ヴェトナム共和国、いわゆる南ヴェトナム政府の海事秘密警察官だった。ワイロを出し渋る連中と射ちあったことはたびたびある」
「タイの警察はそのことを知ってたのか?」
「ああ、もとは連携プレーをやって、麻薬や米国流れの武器を扱う業者から吸いあげてたから」
 シンガポールで乗りこんだのは何人だ? あんたの連れの小男もシンガポールで乗ったのか?」「二十人だ。俺の友達(ダチ)はアルバート・リーといって、マレー人と中国人の合の子だ。アルもシンガポールから乗った。カンフーの達人だ」
「一緒に乗りこんだほかの連中も、一癖(ひとくせ)も二癖もある連中だろう? どうやってラ・パロマ号は、そんな連中を集めた?」
「ほかの連中のことは知らん。俺の場合は、バンコックの手配師が、ちょっとヤバいが日当百ドルになる仕事があるがどうか、と口を掛けてきた。ヤバいとはどの程度か、と尋いたら、高く売れる日本商品を積んだ船なので、海賊船と射ちあいになる可能性も無いこともない、ということだった。
 そのかわり、船のほうで武器を支給してくれ、射撃訓練もさせてくれる、という話だった。生命保険もたっぷり掛けてくれる、とも言った。だから、俺はシンガポールに飛んだんだ。シンガポールの指定されたモーテルに着いてみると、ヴェトナム時代やバンコックで顔見知りの命知らずが何人も来ていた。
 
 


 
 
 

「モーテルの名と場所は?」
「モーテル・スタンレー。鉄道駅に近いニューブリッジ通りにある」
「バンコックの手配師は?」
「タノム・ピブンという名だが、どこに住んでいるのかは知らん。クロフォード桟橋近くの大衆食堂兼茶楼(ティー・ハウス)のサイミンが奴の溜り場だ」
「よし、続けろ」
「モーテル・スタンレーに集まったのは、百人ぐらいだった。東南アジアの色々な国からやってきた連中だ。宿代はタダだった。
 二日後、俺たちは射撃場にバスで連れていかれ、拳銃射撃の試合をやらされた。拳銃は俺たちを呼んだ連中が用意してくれてあったんだ。試合の成績が悪かった三十人は、旅費と御苦労賃をもらって帰らされた。二日目のライフル射撃でまた三十人がはねられ、三日目の格闘技の勝抜き戦で、二十人が最後に残った。
 それからの四日間は、毎日三十ドルをもらって、骨休めしたり、女と遊んだりバクチをやって暮した。その間に、死んだ場合は十万ドル払ってもらえる生命保険の証書が、俺たちの見てる前で、シンガポール中央郵便局から家族に郵送された。そのあと、俺たちはラ・パロマ号に乗ったわけだ。乗り込むと、千ドルの前金が渡された」
「あんたは、三千ドル以上持っていた」
「ここに着いてから、ボーナス込みで五千ドルを払ってもらったんだ・・・・・・え、何い? 持ってた、だと?」
「素直にしゃべり続けてくれたら返してやるさ・・・・・・話を戻して、シンガポールであんたらを待っていた傭い主は、どんな奴だった?」
 片山は尋ね、噛(か)みタバコを口に放りこむ。
「名前は教えてくれなかった。みんなナンバーで呼び合っていた。NO(ナンバー)・ワンは五十ぐらいの年の背の低い白人で、俺の感じでは東欧系のユダヤだな。NO・ツーは東洋人だが東南アジアではなく、日本か韓国のような感じだった。NO・スリーは、俺のカンではシンガポールの華僑(かきょう)だな」
「そいつらも、モーテル・スタンレーに泊ってたのか?」
「いや、下っ端の見張りは泊ってたが、お偉方はちがった」
「ラ・パロマ号に乗りこんでから、何があったんだ?」
「モザンビークに近いマダガスカル島のマユンガに寄港したとき、また二十人が乗ってきた。今度は南米や中米、それにアフリカ人がほとんどだったが、日本人も三人混っていた。三人は韓国人だと言っているが、俺はヴェトナム時代に日本人も韓国人も大勢知ってたから、奴等は日本人だと思う。大体、船の仲間だった韓国人と韓国語で話をすることがなかったし、この市(まち)で日本大使館の連中に襲われた、ということは、奴等が日本人だという証明になるんじゃないか?」
「その三人は、この男たちか?」
 片山は内ポケットから、三田村と谷崎兄弟の写真を出してグエンに示した。
「よく似ている。そっくりだ」
「こいつは、何と名乗っている?」
 片山は三田村の写真をグエンに突きつけた。
「キム何とか・・・・・・そう、キム・チョンヒだ」
「こいつらは?」
 片山は谷崎兄弟の写真を振った。
「兄貴のほうがパク・テジュン、弟のほうがパク・ブンスだと覚えているが・・・・・・」
「奴等は、いま船に戻ってるのか?」
「今夜は整備当番だから」
「よし、よし、その調子でしゃべってくれ」
「マダガスカルから赤道ギニアのバタ港に向かう途中の喜望峰沖で、怖しいことがあったんだ。日本を出たときから船に乗り込んでいた連中のうち韓国人と台湾人の船員はみんな八番船艙(せんそう)に集められた。八番船艙は積み荷のバランスをとる関係から空っぽになっていたのだ。
 俺たち、途中で乗りこんだ者は、武器を取り上げられてから、船首側の二番船艙に集められた。前から乗りこんでいた亡命キューバ人や中南米人が武装して入ってきた。事務長(パーサー)のイタリー人のマローニも一緒だった。
 そこでマローニは俺たちに、英語で、〝八番船艙に集められた連中は反乱をたくらんでいる。奴等は俺たちの武器を奪って殺し、積み荷ごと船をアラビアのある国に売りとばそうとしていることがわかった。殺されたくなかったら、こっちから先制攻撃を掛けてみな殺しにするほかない。攻撃隊に加わる者には武器を返してやる。ボーナスも払う。嫌だ、という者はこの場で殺す。これは船長命令だ〟
 と、言った。三人の通訳が俺たちにフランス語とスペイン語とポルトガル語で説明した。俺は英語が分かるが・・・・・・」
「・・・・・・・・・・」
「俺たちは、韓国人や台湾人が反乱をくわだててるなどとは信じられなかった。だけど、高い給料で傭われたからには何か裏があると覚悟してたし、殺されるのは嫌(いや)だった。だから俺たちはみんな船長命令にしたがった。
 八番船艙で虐殺がはじまった。特にあの三人の日本人は、気が狂ったようにサブ・マシンガンを射ちまくった。でも、信じてくれ。俺はわざと床や天井を射って、誰も殺さなかった。死体を海に捨てるために運ぶ時に、ポケットの中身をくすねたことは認めるが・・・・・・。よお、頼む。もう勘弁してくれ。早く医者を呼んでくれ・・・・・・死にそうだ」
「あんたが殺しに加わったかどうかは俺の知ったことじゃない。死体の片付けが終ってから、マローニは何と言った?」
 片山は噛みタバコの汁を吐きだした。
「理由はなんであれ、人を殺したんだから、これからは一蓮托生(いちれんたくしょう)だ。忠誠を誓って命令通りに働いたら大金を拝ませてやる。しかし裏切ったら、地獄の果てまで追っかけてでも、家族ともども処刑してやる、と言った」
 グエンは答えた。
 その時、ドアの前に足音が近づいた。男と女の足音のようだ。ドアがノックされる。
「騒ぐと喉〔のど〕を掻き切るぜ」
 片山は圧(お)し殺した声でグエンの耳に囁(ささや)き、ナイフを首に当てる。
 ノックは激しくなり、鳥のさえずるようなピジョン・イングリッシュが、
「まだかよ、俺は終ったぜ。終ったら、一緒に出る約束だったからな」
 と叫ぶ。女の笑い声も聞えた。
「アルだな。いいか、猿グツワを解いてやるから、〝俺はまだ終ってないから、下で待っててくれ〟と、言うんだ」
 片山はナイフで猿グツワを切った。
「逃げろ!アル!」
 グエンはわめいた。
 思いがけぬグエンの反応に、片山は反射的にグエンの喉と頚動脈を切断した。飛び散る血を避けて跳びじさる。
 ドアの外から、ドア越しに三発の銃弾が射ちこまれた。だが、浴室にいて死角にいる片山には当らない。
 廊下で、女の悲鳴と男が逃げる足音が聞えた。ヒュー、ヒューという音と水道を流す時のような音がすぐ近くから聞えるのは、パックリと開いたグエンの喉笛から漏れる空気の音と、頚動脈から噴出する血がタイルに落ちてはねる音だ。
 
 (つづく)





お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう

Last updated  2021年07月25日 08時48分17秒
[『傭兵たちの挽歌』] カテゴリの最新記事



© Rakuten Group, Inc.
X