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2021年11月27日
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Eiffel Tower at night, Paris 16 Passy
Photo by Carlos Sanchez
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 >前回
 
 
 ジュネーブの近くでフランスのパスポート・コントロールを無事にパスした片山は、B・M・W七三三iAを一度リヨンに向けて走らせた。
 リヨンで給油し、ヨーロッパ道路一号、つまりE1(ワン)の高速道路をパリに向った。リヨンからパリまでは四百キロ以上ある。七三三iAのガソリン・タンクは予備も含めて八十五リッター入りだし、高速になっても無茶苦茶にガソリンをガブ呑(の)みするようなことはないから、百六十キロ程度にスピードを押さえれば、パリまで無給油で走れて、まだタンクに充分な余裕があるだろう。だが七三三iAは高速時の燃費は良好とはいえ、時速二百キロ平均で飛ばし続けると、二時間足らずで燃料タンクは空っぽになると聞いたことがある。
 尾行車の有無を確かめるために、しばらくは百二十キロから二百キロ近くまでスピードを変えてみたり、強引な追い越しをしてみたりする。
 ポルシェの九三三ターボが二百五十近いスピードで追越して行った。しかし、尾行車が先に行って待伏せるのなら、そういった目立つ行動はとらぬだろうから、片山はB・M・Wのスピードを百六十から百七十に保ち、オレンジや生ハムをかじりながらのんびりと走らせる。ドイツのアウトバーンとちがって、フランスのオートルートには、石油危機以来、最高百二十キロのスピード制限があることにはなっているが、それはエネルギー節約のためであって、ガソリン代よりも時間節約の方が大事な者は、大っぴらに飛ばしている。
 眠気がさしてくると、嚙(か)みたばこを口に放りこんだ。
 パリに着くと、とりあえず終夜営業のガソリン・スタンドで、七十リッターほどのガソリンをタンクに呑みこませた。
 自家用車で客をあさる売春婦がさっそく寄ってきたが、片山はすげなく追い払う。
 しかし、片山のB・M・Wが走りだしてしばらく行くと、ほかの売春婦の車が赤信号で並び、その女が片言のスペイン語で誘ってくる。ほかの商売女の車がB・M・Wの前に割り込んで、その女も片言のスペイン語を張りあげた。
 スペイン・ナンバーの車に乗っているからだと気付き、片山は商売女の車を撒(ま)いてから、裏通りに車を停(と)めた。
 B・M・Wにつけてあったナンバー・プレートを外し、パリ・ナンバーのシトローエンDSのものを外してB・M・Wにつける。ヨーロッパのさまざまな国のものを用意してあった国籍ワッペンのうちのフランスのFマークを択び、B・M・WについていたEのエスパニョール(スペイン)・マークの上に貼(は)りつける。
 そのナンバー・プレートを使ったB・M・Wを表通りに出してみると、地元の車と知った売春婦の車は追いかけてこなくなった。
 片山はパリの土地カンを取戻すために、盛り場から盛り場にと車を走らせた。深夜とはいえ、ピガールやシャンゼリゼ裏の売春バーはまだ開いているし、ポルノ・ショップやライブ・ショーの店の前では客引きが声をからしている。
 
 



 
 
 ゲイ道がさかんな   ホモでユダヤなら鬼に金棒だ   パリだから、閉店しても照明は消さない店々のショー・ウィンドウを覗(のぞ)くふりをしてカモを待っている街娼(がいしょう)のうち五分の一ほどは男だ。
 男色専門のレストラン・シアターやナイト・クラブの近くに立つ厚化粧の連中は、ほとんどが性転換をした、かつての男だ。
 ダヴィド・ハイラルの地中海銀行本店は、オペラ座やヴィクトワール広場やパレ・ロワイヤルに近い銀行通りにあった。
 銀行通りという正式名だけに銀行が多く、証券会社も多い。地中海銀行は近代的なビル、〝サイデール〟本部は古色蒼然(そうぜん)とした石造りとちがっても、大きな建物だ。
 ルーブル博物館寄りに慈善団体〝サイデール〟本部ビルと隣接したジェラール海運ビル、つまり赤い軍団の秘密本部は、フランスや南欧によくあるタイプのもので口の字型をしていた。地上は四階建てだ。
 つまり、表に面した側の建物の真ん中に、大型トラックが通り抜けられるほどのアーチ型の出入口があり、そこから中庭を通って、建物の左翼や右翼、それに突当りの建物に直接出入りすることが出来るようになっている。
 乗用車なら五、六十台が駐車出来る広さの中庭には、三十台ぐらいの車が駐(と)まっているようだ。
 表通りに面した建物の灯(あかり)は消えていたが、中庭の奥の建物では片山をどう始末するかの会議でも行われているらしく、幾つかの窓から灯が漏れていた。
 中庭を短機関銃をかついだ制服姿のガードマンが数人パトロールしているので、片山はすぐにジェラール海運ビルの前からB・M・Wを遠ざけた。
 マドレーヌ寺院に近い高級食料品デパートのフォルチンは、今は爆破の跡は修理されていたが、妻と子が爆殺された日のことを思いだして、車を停めた片山はしばらくのあいだ髪を掻(か)きむしっていた。ダヴィドに対する呪詛(じゅそ)を口のなかでくり返す・・・・・・。
 再び車を動かした片山は、サン・ラザール駅から三百メーターほど離れた路上に駐車スペースを見つけ、そこに車を駐めた。
 夜勤労働者向けの大衆食堂が近くに見えたので、その店に入る。満席の三分の一ほど入っている客は、みんな作業服のままで、ここでは商売にならないから売春婦の姿は見当らなかった。
 安物のガラス・ディキャンターに入れて運ばれたボージョレーのワインを飲みながら、片山は卵スープとジャガイモの空揚(からあ)げが大量に添えられた、ニンニクが効きすぎのステーキを食った。
 国境税関内にある銀行の出張所で換えておいたフランで勘定を済ますと、電話用のジュトンを五枚買った。オモチャのコインのようなジュトンでなくても、コインを直接使える公衆電話もあるから、十フラン札を二十サンチーム硬貨と、チップ用の一フランに替えた。
 地下のトイレに降りると電話のブースが並んでいた。大衆食堂だから、何が何でもチップをむしり取ってやろうと待構える番人のババアはいなかった。
 トイレを済ませてから、片山は備えつけの電話帳が尻ふき用に使われていない電話ブースの一つを見つけ、かつて痛めつけたことがあるヤクザや情報屋の名を電話帳で捜した。
 住所が変っていない連中の名と電話番号とアドレスをメモする。
 一時間ほどかかったが、その途中で片山は数回、ジュトンを電話のコイン・スロットに入れ、電話帳のなかから出鱈目(でたらめ)に択(えら)んだナンバーにダイアルする。
 寝ぼけながらも電話を受けた相手に、もっともらしく話しかける。店の者に、あの客はいつまでトイレに入っているのだ、と怪しまれないようにするためだ。電話の相手が怒り狂いはじめると、片山は電話を切る。
 階段を登った片山は、これから仕事に向う市の清掃課の連中と一緒に店を出た。ヨーロッパの大都市のほとんどは、早朝にゴミが片付けられ、昼間は特定のルートをのそくと、大型トラックが市内を走ることが禁じられている。
 
  
 かつては銀行破りのプロで、今は情報屋集団と総会屋集団の〝バラのトゲ〟グループのボスであるベルナール・ブリオールの住居は、ブローニュの森につながる高級住宅街パッシーにあった。
 パリの住人のほとんどは、アパルトマンやステューディオ暮しだが、パッシーには一戸建ての住宅が多い。ベルナールの家も庭付きの一戸建てであった。石塀(いしべい)は高く、門は狭(せま)くて、外からプライヴァシーを出来るだけ覗(のぞ)かれないようになっている。
 片山のB・M・Wがベルナールの屋敷の前を一度ゆっくり通りすぎた時には、東の空が青灰色を帯びていた。
 一ブロック離れた道に路上駐車させた片山は、用意をととのえると、歩いてベルナールの屋敷まで戻り、鉄柵(てつさく)の門を身軽によじ登って乗り越えた。
 池まである庭には、三台の車が置かれてあった。黒塗りのキャディラック・フリートウッドのリムジーンとシトローエンCXパラス、それにゴルフGT・I(アイ)だ。
 家は二階建てであった。玄関の電動扉(とびら)の隠しスウィッチがどこについているかを片山は覚えているが、その扉を開いたら電動モーターの唸(うな)りを聞いて誰かが起きる怖(おそ)れがある。
 まったく足音を立てずに片山は建物の裏口に回りこんだ。ナイフの刃をドアと柱の隙間(すきま)に滑(すべ)りこませて閂(かんぬき)を外し、軽くドアを押すと、巧みにドア・チェーンを外す。
 一階に使用人が住み、二階にベルナールと、前妻や子と別れてまで妻にした若いヴァレリーの寝室があることを片山は知っている。もしも、一年ほど前と変ってなければ、の話だが。
 米国製の電化製品が揃(そろ)っている台所を抜けて女中部屋のドアを左手でそっと開く。屋内はエア・コンが効いている。
 ベルナールの運転手兼ボディ・ガードのクロードが、毛むくじゃらの体に何一つまとわず、ダブル・ベッドで大の字になって眠っていた。太い包〓を起立させている。毛布はベッドから落ちていた。
 クロードにベッドを占領された女中は、シーツを捲(ま)きつけ、ソファで猫(ねこ)のように丸まって眠っていた。
 ベッドのヘッド・ボードに、ブラウニング・ハイ・パワー十四連発の自動装填式拳銃を収めたホルスターが吊(つ)られている。
 
 


 
 
 


 
 
 
 クロードの右耳は無かった。一年ほど前、片山にナイフでそぎ落されたからだ。
 片山は殺気の発散を押さえ、幻影のようにベッドに忍び寄った。クロードの脾腹(ひばら)に手首までめりこむほどの手刀を突き刺してねじる。
 クロードは落雷を受けたかのように四肢を突っぱらせて意識を失った。
 片山は栗色の髪の女中に忍び寄り、首筋に手刀を叩きつけてこれも気絶させる。シーツを女中の体からはいだ。
 二十歳ぐらいの、フィンランドかノルウェイあたりから出稼(でかせ)ぎに来ているらしい大柄の女中は、ソバカスだらけの真っ白な肌(はだ)と巨大な乳房を持っていた。まさに、ミルク・タンクといった感じだ。
 片山は音がしないようにナイフでシーツや毛布を裂き、クロードと女中を縛りあげ、猿グツワを嚙ませる。
 次の部屋はクロードのものだから、今は誰(だれ)もいなかった。
 その次の部屋では、中年の家政婦兼コックがゴム製の張り型(ディオルド)を插入(そうにゅう)したまま眠っていた。片山は、その女も気絶させて縛り、猿グツワを嚙(か)ませる。
 使い走りの雑役の美少年と、その少年と〝夫婦〟である秘書のフランソワは、フランソワの寝室で抱きあって眠っていた。
 片山はその二人も気絶させて縛りあげた。
 それで一階に住んでいるのは全員であった。
 二階に登った片山は、寝室をのぞいた部屋をまず全部調べてみて無人であることを確かめてから、ベルナール・ブリオールとヴァレリー夫婦の寝室に忍びこんだ。
 壁も天井も鏡だらけの、連れこみのラヴ・ホテルのような部屋であった。
 ベルナールは五十五、六のたくましい体を持つ男であった。下腹から胸にかけて、ナイフの傷跡とそれを縫った跡が一直線に走っている。片山にやられたあと、病院にかつぎこまれたのだ。
 ブロンドのヴァレリーは、まだ二十二、三の若さであった。カンカン踊りのダンサー上がりで、その体の線はまだ崩れていない。
 ベッドはダブルを二つ合わせたほど広かった。ベルナールは横向きになったヴァレリーの背後に寄り添い、右手をヴァレリーの胸に回して眠っていた。
 鏡だらけなので、まだ衰えていないベルナールのポールがヴァレリーの蜜壺のなかに埋まっているのが映っていた。初老というべき年齢にしては大したものだ。
 片山が無造作にベッドに近づくと、ベルナールはハッと目を覚ました。寝ぼけ眼が、次第に恐怖に見開かれていく様子が目に映る。
「起して悪かったな」
 片山は呟いた。
 ベルナールは振り返ることもできなかった。
 全身を震わせはじめ、ポールが見る見る縮んでヴァレリーからすっぽ抜ける。
「き、貴様か?・・・・・・悪魔が戻ってきた!」
 と、わめいてヴァレリーにしがみつく。
 ヴァレリーが目を覚まし、鏡に映る片山を見て、金切声をあげた。
「静かにしろ。どうあがいても助けに来る者はいないが、金切声は好きになれぬ。黙らねえと、その口を糸と針で縫ってやるからな」
 片山は言った。
 ヴァレリーは充血した白目を剥(む)いて意識を失った。
「な、何しに戻ってきた! 国外追放をくらったと聞いてたが、どうやってまたフランスにもぐりこんだんだ?」
 ベルナールは呻いた。
「女房と子供を殺した組織が分ったんだ。仇(かたき)を討つためには、あんたに協力してもらわねばならん。あとで、ゆっくり話しあうとして、とりあえずは、しばらく眠っていてもらおう」
 片山は言い、ベルナールの首筋に手刀を叩きつけて気絶させる。
 ベルナールとヴァレリーをシーツで裂いて作ったロープで縛り、猿グツワを嚙ませる。ブロンドのヴァレリーの長いクレヴァスを飾るピュービック・ヘアは栗色だが、欧米人はどういうわけか上より下の色の濃いのが普通だ。上の髪を明るく染めてる者が多いせいではない。
 建物を出た片山は、正門の電動ボタンを押して開いた。路上駐車させていたB・M・Wを庭に入れる。正門を閉じた。
 ウージー短機関銃と、弾倉帯と手榴弾(しゅりゅうだん)を入れたアタッシェ・ケースとスウィスの銀行で引出した現ナマを詰めたキャンヴァス・バッグを、ベルナールとヴァレリーのブリオール夫妻の寝室に運びこむ。
 それから、ベルナールの秘書のフランソワの体をかついでブリオール夫妻の寝室に運び、ソファの上に放り出す。ショックで、フランソワは意識を取戻しはじめた。三十七、八の頭が薄い痩身(そうしん)の男だ。
 左隣りの居間のホーム・バーからアプサンを取ってきた片山は、気絶しているベルナールの臍(へそ)を中心にして腹にたっぷりと掛け、マッチの火を近づけた。
 アプサンは青白い炎をあげて燃え、苦痛で意識を取戻したベルナールは縛られたまま転げまわった。失禁する。
 片山は、まだ意識がはっきりしてない秘書のフランソワにも同じことをした。
 二人の火が消えると、片山は、ベッド・サイドのテーブルに乗っているガリアのシガレットに火をつけ、椅子のの一つに馬乗りになって煙を吐きだす。チャコール・フィルターだから、セヴンスターに似た味がする。
 タバコを吸い終えた片山は、ガーバー・ナイフでベルナールの猿グツワを切った。悲鳴をあげるベルナールに背を向け、フランソワの猿グツワを切る。
 再び椅子に馬乗りになり、ガーバーの刃をホーニング・スチールの研ぎ板でタッチ・アップしはじめる。
「お、俺(おれ)が何をしたと言うんだ? 確かにあんたに痛めつけられたことをサツにしゃべった。だけど、情報屋稼業(かぎょう)を続けるには、サツと仲良くやってないとだめなんだ。分ってくれ!」
 ベルナールは泣き声を出した。
「あの時、俺が闇雲(やみくも)に貴様を痛めつけたと言うのか? ふざけるな。貴様はその前に、俺の隠れ家を旧O・A・Sグループに知らせた。金をもらってな。俺は組織の殺し屋の訪問を受けた」
 片山は酷薄な笑いを浮かべた。
「売ったのは俺じゃない! あんたに痛めつけられ、苦しまぎれに認めただけだ」
「それは違うな。だが、そのことはもういい。俺はフォルチン・デパートがアルジェリア奪還同盟に爆破された、という情報にまどわされて、見当違いの捜査を進めたんだ。
 アルジェリア奪還同盟なんか存在しなかった。アルジェリア独立阻止軍事秘密組織の旧O・A・Sも、フォルチン。デパートの爆破に関係してなかった。
 アルジェリア奪還同盟は、赤い軍団という商業テロ組織が便宜上使った名前の一つだ。俺の最愛の女房と息子と娘をバラバラにしやがったのは赤い軍団だ。最近になって、やっとそのことが分った」
 片山の顔も声も暗かった。
「そうか、やっぱり赤い軍団だったか・・・・・・」
 ベルナールは、呻くように言った。
「知ってたのか?」
 片山の暗い瞳(ひとみ)に鬼火のようなものが光った。
「待ってくれ! これ以上痛い目に合わせないでくれ・・・・・・俺だって、あんたが国外に追放されたあとになって、赤い軍団の存在に気づきはじめたんだ。そうだよな、フランソワ?」
「確かに、ボスがおっしゃる通りだ」
 フランソワが甲高(かんだか)い声で答えた。
「よし、ゆっくり話してもらおう」
「あんたも知ってのように、俺は総会屋としても顔が広い。色々な会社の経営陣と親しいんだ。大企業とはいえトラブルを抱えてないところは少ないから、株主総会を無事に終らせたかったら、俺の〝バラのトゲ〟グループの世話になったほうが得だ。要するに、俺と彼らとは、持ちつ持たれつの仲なんだ。分るだろう?」
 そういうわけで、俺は、関係している会社の社長や経理担当の重役と、勿論(もちろん)、テロ対策についても腹を割って話しあう。デパート・フォルチンの経営陣は、俺だけでなくほかの総会屋もオミットしていたから、あの頃の俺はあんたの助けになる情報を渡すことが出来なかったんだ。分ってくれ。
 ともかく、このところ、パリでは商業テロがますますのさばってきて、会社がテロ組織に払わされる保護料が、経営内容まで圧迫するようになった。
 そこにもってきて、今年の春頃から、パリの大企業からアガリをかすめる色々のテロ組織の大元締めは、どうやら一つの最高組織らしいことが分った。それが赤い軍団なんだ」
 ベルナールは一息入れた。
「どうして分った?」
「こういう具合だ。例えばAという会社がBというテロ組織に、これまで毎月十万フランの保護料を払ってきたとする。そこに別のCというテロ組織から、月に十五万の献金をよこさないと、工場を爆破するなり重役を不具(かたわ)にするとかの脅迫があったとする。
 A社としてはB組織に保護料を払っている以上、B組織にC組織を黙らせてくれるように、と申しこむのは当然だろう?
 しばらくして、どこかで銃撃戦や爆弾騒ぎが起り、C組織でなくB組織が壊滅する。俺たち夜の紳士がB組織の生残りをさぐり当てて口を割らせてみると、C組織は赤い軍団というとてつもなく巨大な組織の下部団体だ、ということが分る。
 反対に、D社がEというテロ組織に保護料を払っているのに、Fという組織がD社にちょっかいを出してきた場合、F組織が壊滅するケースもある。F組織の生残りをさぐり当てて尋問してみて、はじめてE組織が赤い軍団の下部団体あるいは別名らしい、と分る。
 つまり、今や赤い軍団は、色々な名前を使い分けながら、パリのテロ地図を塗りかえて一本化していっているんだ。それは、俺が関係している会社にテロ組織から指定された献金先に、リヒテンシュタインのロティール精機やロウエル化学やロンネン油脂といった名前がしばしば出てくることでも分る」
「ロウエル化学やロンネン油脂の名は初耳だが、ロティール精機と同じように、トーテム・グローバル、つまりは赤い軍団のダミーらしいな。企業が赤い軍団に献金を振り込む時は、アルピーヌ銀行を通すことが多いんじゃないか?」
 片山は尋ねた。こんなことなら、ヨーロッパに来たらすぐにベルナールに当ってみたらよかったのに、随分と回り道をしたもんだな、と思う。
「アルピーヌ銀行のことをどうして知っている? それに、トーテム・グローバルが赤い軍団に深い関係がある、というのは本当か?」
 ベルナールは喘(あえ)いだ。
「あんたは、トーテム・グローバルのことを知らなかったのか?」
「知らなかった。本当だ。神にかけて! あんたはどうして知ったんだ?」
「この手で赤い軍団の連中を血祭りにあげながらさぐりだしたんだ」
 遠回りはしたが、無駄(むだ)ではなかった、と思い直しながら片山は言った。
「あんたのような命知らずにはかなわない」
「赤い軍団の存在は、もうサツも知っているんだろう?」
「ああ。しかし相手が巨大すぎる上に、本部がどこなのかもボスが誰なのかも摑(つか)んでないので、手が出せない状態らしい」
「あんたも赤い軍団の正体を知らないのか?」
「知らんのだ。知りたいのだが、分らん。このところ、企業は赤い軍団に捲きあげられた金をいくらかでも取戻そうと、俺たち総会屋に払う金を値切りはじめたんだ。このままでは、俺たちの商売があがったりになってしまう」
「その通りです  
 フランソワが口をはさんだ。
「タチが悪い企業になると、総会屋風情がガタガタ抜かすようでは、赤い軍団に頼んで仕返しさせる、などと嚇してくる始末で・・・・・・」
「よし分った  
 片山はベルナールに向けて言った。
「つまり、赤い軍団は、俺とあんたの共通の敵ということだ。赤い軍団をブッ潰(つぶ)したら、あんたは色々な企業に感謝され、顧問料もはね上る。御得意先は増えて、あんたはフランス一の総会屋になれるぜ」
「・・・・・・・・・・」
 ベルナールの濁った目に野望の光が燃えはじめた。しかし、すぐに惨めな表情になり、
「馬鹿な。俺はあんたとちがって命が惜しい。あんたが赤い軍団に戦いを挑(いど)むのは勝手だが、俺は降ろさせてもらうよ」
 と、言う。
「そうかい? それで俺だけに赤い軍団をブッ潰させ、貴様のほうは、ぬくぬくと甘い汁を吸おうと言うんだな?」
「そ、そんな積りでは・・・・・・」
「俺のほうは、あんたの協力が無いと困るんだ。何もあんたに命を張ってくれとは言ってない。あんたの情報網を俺のために役立たせてくれたらいいんだ」
「情報だけでいいんだな?」
「それに、信用が置けるギャング団を紹介してくれ。タダでとは言ってない。礼金として、あんたに四十万スウィス・フランを支払う。フランス・フランだと百万近いだろう。無論、税務署に申告しないでいい。ギャング団にも、働きに応じた金を払う」
 片山は言った。
 ベルナールの目にギラギラする光が戻った。四十万スウィス・フランというと五千万円近い。
「本当か? 本当なら、現ナマの顔(つら)を拝ませてくれ」
 と、わめくように言う。フランスで五千万円相当の無税の金を稼ぐのは大変なのだ。
「よし、とりあえず四十万スウィス・フランを拝ませてやる」
 片山はベッドにキャンヴァス・バッグを置き、大型の千スウィス・フランを百枚ずつ重ねた札束を四つ取出してベルナールの顔の前に差しだした。札束をめくって、贋札(にせさつ)でないことを示す。
「手を縛ってあるロープを解いてくれ。本物かどうか、俺の手で確かめたいんだ」
 ベルナールは呻くように言った。
「じゃあ、俺の話に乗るんだな?」
「本物と分ったら」
「オーケイ」
 片山はベルナールの手首だけでなく足首のロープも解いた。
 火傷の苦痛に顔をしかめながらもベッドの上に坐(すわ)りこんだベルナールは、四百枚の紙幣を一枚一枚丁寧に調べながら数えた。数え終わると、
「よし、話に乗ろう」
 と、握手の手を差しのべる。
 片山は手を握り返した。ヴァレリーの秘部の匂(にお)いが手に移ったが我慢する。
 ベルナールはガウンをまとった。片山はフランソワの手足のロープも解いてやった。ベルナールがもう一枚のガウンをフランソワに貸してやり、
「まずは、この四十万スウィス・フランを金庫に仕舞いたい。だけど、金庫のダイアル錠のコンビネーションをあんたに知られたくない。どうしたらいい?」
「金庫はここの右隣りの書斎にあるんだろう? この寝室との仕切りのドアを開けておいたら、あんたが金庫に金を仕舞うところを見ないようにする。そのかわり、おかしな真似(まね)をしたら、ヴァレリーたちはただちに地獄行きだぜ。貴様のほうは楽に死なせてやらん。なぶり殺しにしてやる」
 片山は目にもとまらぬ早さで、ヒップ・ホルスターからG・Iコルトを抜いてみせた。
 それから五分後、片山とベルナールとフランソワの三人は、居間に移った。流しや冷蔵庫もついているホーム・バーでフランソワがコーヒーを沸かす。
「じゃあ、話をもとに戻すか・・・・・・あんたは赤い軍団のボスが誰なのかを知らんのだな?」
 椅子に馬乗りになった片山は、ソファのベルナールに言った。
「教えてくれ。一体、誰なんだ?」
「ダヴィド・ハイラル」
「えっ!」
 ベルナールは驚愕(きょうがく)のあまりソファから転(ころ)げ落ちそうになった。
「そうさ。ダヴィド・ハイラル。地中海銀行グループの総帥で、慈善団体〝サイデール〟の会長だ」
「まさか・・・・・・」
「赤い軍団の秘密本部は、〝サイデール〟のビルの隣りにある、ジェラール海運ビルという建物だ。地中海銀行とサイデールのビルと、赤い軍団の本部の建物は地下でつながってるんじゃないか、と俺は想像してるんだが」
「あのダヴィド・ハイラルが赤い軍団のボスだという根拠は? 俺にはとても信じられん」
「これもダヴィドが蔭(かげ)のボスであるトーテム・グローバルのリヒテンシュタイン人重役が吐いたんだ」
 片山は話を簡単にするためにそう言った。
「トーテム・インターナショナルやトーテム・グローバルの蔭のボスはダヴィドだったのか? 道理で、あそこはケタ外れの資金を持ってやがる」
「あんたにまず調べてもらいたいのは、ダヴィドがいまパリにいるかどうかだ。それに奴のスケジュールが知りたい。奴の家族構成もだ。奴の自宅がどこなのかも、電話帳に載(の)ってないから分らん。それも知りたい。警備状態もな」
「全力をあげる」
「地中海銀行とハイラル貿易の役員についてもよく調べてくれ」
「分った」
「それから、地中海銀行とサイデールと赤い軍団本部のジェラール海運ビルを中心とした下水道の図面が欲しい」
「下水道? 下水道といえば、例のドブネズミ銀行強盗団に資金を貸したのは赤い軍団だという噂(うわさ)だ」
「ダヴィドならそうするだろう。そして、ドブネズミの連中が銀行強盗で稼いだ金を奴の銀行で預かって運用してる筈だ」
「金儲(かねもう)けの天才だな、ダヴィドは。俺もあやかりたいよ」
「そうだ、重要なことを言い忘れるところだった。ダヴィドには、〝コヨーテ〟という仇名(あだな)の右腕がいる。本名はブライアン・マーフィといって、もとはI・R・Aのテロリストだった。
 コヨーテは、赤い軍団の参謀本部長だし、赤い軍団とダヴィド・ハイラルをつなぐ、恐らくただ一つの窓口だ。ダヴィドのボディ・ガードを勤めることもある。腕はたつそうだ。コヨーテを洗ってみてくれ」
「分った。ひどく難しいだろうが、やるだけのことはやってみる。俺はサツに友人が多いから、そのコヨーテとかいう男の顔写真は必ず手に入れてみせる」
 ベルナールは答えた。
 
 (つづく)





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Last updated  2021年11月28日 04時42分30秒
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