佐遊李葉 -さゆりば-

2013/10/07(月)16:04

遠き波音 -3-

遠き波音(50)

 あれは、多聞丸が五歳になった頃のことだろうか。  隣家についての多聞丸の記憶はそこから始まっている。今日のように、明るい日差しの中で桜の花びらの舞い落ちる、ある晴れた暖かい春の日だった。  父に手を引かれた多聞丸は、初めて隣の中務大輔の屋敷に行った。その日は、中務大輔の十三歳になる娘が裳着の式を行う吉日であり、父はその賓客として招かれたのである。  内輪の式ということで、腰結い(注)は父親の中務大輔自らが行い、その後は父と中務大輔が談笑するだけの小さな祝いの宴となった。その間、幼い多聞丸は小さな膝を丸め、じっと身じろぎもせずに座っていた。その辛抱強い様子に、中務大輔は微笑みながら父に言った。 「これはまた、何と行儀の良い若君か。それに利発そうで。先が楽しみでござるな」 「いやいや、普段は手のつけられぬ悪戯(いたずら)者で」 「なんの。羨ましい限りでござる。うちには、ほれこの通り、姫がただ一人しかおりませぬでな」 「いや、こちらの方こそ、羨ましいもの。このように美しい姫君は、今まで見たこともない。この子の年がもう少し上だったなら、ぜひ姫君の婿にしていただきたいものだ」  父は笑いながら多聞丸を小突いた。中務大輔も微笑みながら、側の几帳の陰に話し掛ける。 「右兵衛督殿の若君なら、こちらからも是非お願いしたいもの。のう、吉祥?」 *注=女子の元服である裳着の式の際、装束の裳の腰紐を結ぶ役のこと。男子の場合の烏帽子親にあたり、本来は後見役となる貴人が行うのが習い。 ↑よろしかったら、ぽちっとお願いしますm(__)m ↓十二単を着た私(笑)。背後に長く曳いている白いものが「裳」です。この写真ではよく見えませんが、上部が後背部を覆うくらいの幅になっており、その両脇から長い紐が出ています。これを前に回してぎゅっと結ぶというのが、腰結い役の務めというわけです。

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