カテゴリ:マドンナの暗号【M2戦記】小説Qの革命I
小説Qの革命
最後のバラの花びらが落ちるのを私は見た。 そう、私はついていた。 友人がお花屋さんなのだ。 しかし、彼女でさえ最後のバラを私にくれたのだ。 ―マドンナ、2020年3月26日
あなたの86歳の誕生日にお花を贈ろうと思ったのだけど、 私の知っているお花屋さんはすべて閉まっていたので、 愛とお祝いの言葉だけを贈るわ。 お誕生日おめでとう。 -オプラ、2020年3月26日
マドンナの暗号 第1話 GRS(グローバル・リアル・スタディ)コース開講
B大学国際関係学部 ホワイトキューブ前
「おい、クリス!」 「おー、竜崎。なんだ?」 「さっき、初美ちゃんが探してたぞ」 「げっ。そうか。サンキュー」
初美は、小学校からの幼馴染である。 僕は、B大学国際関係学部の3年生で、徳川クリス。正真正銘の江戸っ子だが、アメリカ人と日本人のハーフ。見た目はアメリカ人だが、あまり英語はできない。小学校の頃から、初美と一緒に行動すると波乱万丈というか、なんでも冒険になってしまうので、用心が必要だ。
先月完成したばかりの学部専用図書館「ホワイトキューブ」に向かう。新緑が美しい。大きな欅(けやき)の木々に囲まれて、真白な半円形のシルエットが浮かびあがる。その入口に初美が立っていた。ご機嫌の様子。 「クリース!おはよ~う」大きな、元気な声が周囲に響き渡る。
ということで、ホワイトキューブの中に入る。
新型コロナウィルス感染症の拡大によって、都内の大学は殆どが休みである。我がB大学も同様だが、僕らの属する国際関係学部GRSコースだけは、学部専用図書館を利用して特別に開講することになった。
B大学は歴史と伝統を誇る有名大学で、その中でも、僕らのいる国際関係学部は、国際社会の現実に即した教育を行うことで定評があり、企業や官庁などから高く評価されているらしい。
そして、創立100周年を迎えたB大学が、新たな100年を見据えて打ち出したのが、GRS(グローバル・リアル・スタディ)コースなのだ。
この特設コースは、国際関係学部250名のうち、選抜テストをクリアした希望者12名と、学外から選抜で選ばれた12名だけが履修できる。学費など費用一切が免除されるうえ、成績上位者には信じられない高額の「研究費」が支給されるなどの特典がある一方、学内の寮で共同生活し、早朝のジョギングや学内清掃なども「軍隊式」に行うという、少しコワいところだ。
「しかも、知ってる?」と、ホワイトキューブ内の個人用ブースコーナーで、隣のブースから顔を突き出して、初美が言う。「GRSコースの学部長って、アメリカの軍人あがりなのよ!学生がたった24名の特設コースなのに学部長がいるなんて、正確にいうと、学部長待遇の責任者だけど、驚きでしょ。私たち、やばいところに来たかも・・・」
GRSコースの一番はじめの授業は、山城教授の「国政政治II」である。この教授は「謎の教授」と言われて、軍人あがりの学部長の特別推薦で、今年から教えることになったという。シラバスを見ると、授業のテーマは「トランプ政権と世界の変容」だ。
期待に反して、授業は淡々と進んだ。
少数精鋭の特設コースということで、はじめは緊張していたが、だんだん落ち着いてきた。個人用ブースの正面には、画面が5つあり、メイン画面に教授が映しだされている。メイン画面の左右に小さめの画面が2つずつあり、24名の学生全員の顔が見える。
授業の後半。
「課題」というのは、2週間ほど前の3月26日に、ロックダウンで外出禁止となったアメリカで、芸能人のセレブたちがツイッターなどを通じて、「暗号」を利用して連絡を取り合っているのではないかという推測に関するものだ、と山城教授は説明をしながら、マドンナとオプラのツイートの日本語訳をメイン画面に映し出した。
最後のバラの花びらが落ちるのを私は見た。 そう、私はついていた。 友人がお花屋さんなのだ。 しかし、彼女でさえ最後のバラを私にくれたのだ。 ― マドンナ、2020年3月26日
あなたの86歳の誕生日にお花を贈ろうと思ったのだけど、 私の知っているお花屋さんはすべて閉まっていたので、 愛とお祝いの言葉だけを贈るわ。 お誕生日おめでとう。 ― オプラ、2020年3月26日
「マドンナやオプラはバラや花がないと書いている。しかし、この日に実際に花屋に連絡してみると、花屋はたくさん営業していて、バラの花を購入することに問題はなかったはずだという、ツイートした人がいる。学生の諸君に対する課題は、『この暗号(コード)を解き、なぜ、そのような暗号を用いて連絡をとりあっているのか、なるべく大きく背景を解説しながら、推論を展開せよ。』というものです」
教授が説明するのを聞きながら、クリスは
「質問は?」と教授が訊く。さまざまな疑念が頭をよぎる。訊きたいことは山ほどあるが、授業で質問すべきことではないように感じて、黙っていた。
ピーン。
「他には?」教授が訊く。 疑問だらけだろうが、みんな様子見のようだ。
「では、イエローの竜崎君」 竜崎の顔がメイン画面に映し出される。
「イエロー」について少し説明すると、24名のクラスは、6名ずつ4つの「コーホート」に分かれている。コーホートとは、元は軍隊用語で、日本語で「小隊」という意味らしい。各コーホートには色がついていて、イエロー、グリーン、レッド、パープルの4つ。ちなみに、僕も初美もレッド・コーホート、つまり、「レッド小隊」に属している。 竜崎が質問する。
(よくぞ言ってくれた。それが訊きたかったんだ) と、クリスは思った。
隣の初美を見てみると、話についていけてないようだ。ぽかんとした顔をしている。
「それが、君の質問かね?」と教授が言う。
ピーン。発言を求める音。
「私も竜崎さんのように、陰謀論じゃないのかと考えて、陰謀論について調べました」
「なるほど。竜崎君の質問が【ステージ1(=素朴な疑問)】だとすると、君は【ステージ1】を自ら想定して、推論を進めたってことだね。【ステージ2】だ。それで、どうなる?」
ピーン。
「当初、僕も陰謀論で、とんでもないというか、とても授業でやることではないと感じていたのですが、今のやり取りを聞いていて、教授が出された課題の意図がわかったように思います」
「なぜなら、我々の属する、今年新設されたコースの名称が『リアル・スタディ』だからです。苔むした理論を暗記したり、机上で理屈をこねくり回すのではなく、現実と向き合い、リアルに自ら調査し、自分で考えることが大切である、ということを教えるコースなのだと」
「そうだ!」
ピーン。
ピーン。
(なるほど。みんな結構知っている)
「成績の付け方を説明しておこう。成績は「授業」「提出物」「その他」の3つで決まる。授業と提出物が4割ずつで、残りがその他。「授業」は加点式のポイント制で、得点は公開する」
そう言って、教授がメイン画面を切り替えた。正面のモニターに、クラス24名の顔写真が映しだされ、その下にポイント欄が表示された。どうやら、「個人ポイント」と「団体(コーホート)ポイント」の合計で評価されるようだ。
「今日は初回だし、各コーホートから良い発言が出たので、全てのコーホートが1点ずつ獲得としよう。次に個人別だが、課題について発言した4名に1点ずつ。さらに、今日は、「最も授業に貢献した学生」に5点とする」
「最も貢献した学生って、まさか、俺かな」 とクリスは気持ちが昂(たかぶ)るのを感じた。教授が「よくぞ、言った」とまで言ってくれたのだ。隣のブースから、初美が僕を指さして、片目をつぶって笑った。
教授が続ける。「いろんな考え方があり、結局、私の独断的な評価になるが、今日、最も貢献したのは、イエローの竜崎君とする。彼に、もう5点」
(えっ!)
ピーン。
ちなみに、このクラスには、外国人がざっとみて、10人はいる(学外からこのコースに入学した学生の殆どは外国人。僕は、日本人だけど、パット見は外人なので、この10人に含まれる)。
教授が説明を続ける。
授業が終わり、寮に戻る道すがら、初美がクリスにいう。
「ハリウッドのセレブ達が、暗号で通信しているのではないか?」という教授からの課題への答えを求め、大学3年生たちが冒険を始める。 コロナウィルス感染症の拡大により、外出禁止を余儀なくされた「血に飢えたセレブ」たちの奇妙な言動が禁断の世界を垣間見せる。人身売買の世界的ネットワークが存在するという、黒い噂は「根拠のない陰謀論」なのか。「ブラック・アイ・クラブ」とは、なにか?
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Last updated
2021.04.26 02:23:28
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