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山口小夜の不思議遊戯

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2005年08月23日
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 さて、その村の一番高いところに、炭焼き小屋があった。
 久松山の二の丸のところだ。
 昔の城跡の名残でそう呼んでいるらしかったが、今は山の二合目、といった意味である。ただし、三の丸、四の丸があるのかといえば、それははなはだ怪しげな基準があるだけなのだ。
 二の丸から登って、息がはずんできたら三の丸なわけだが、年の上の子たちと一緒だと、三の丸まで行こうったって、いつになっても三の丸に着かないうちに頂上から半分のところまで登ってしまうこともある。
 二の丸は炭焼き小屋があるがゆえに不動のものだったが、三の丸から上はこれといった目印もなかったので、普段はその日の各自の骨折り具合によって上下していた。

 この炭焼き小屋は、今は使用されていない。
 村の最長老の喜平じぃの仕事場だったのだが、この春で引退してしまったからだ。
 村のこどもたちが、この格好の遊び場を前にしておとなしく指をくわえて見ているわけがなかった。
 基地を作ろうや───誰からともなく提案されたその胸躍る計画に、即みんな飛びついたのだった。

 ──おし、てつげ(てつの家)に今から行くだぁ。てつ、来いや。
 日野西武人(ひのにしたけと)は、いわゆるかの懐かしくも頼もしいがき大将だ。子供たちの中で一番大柄で、年も上だった。
 ──おまいらは、先に二の丸に行っとけぃ。
 腰を上げた武人に、副将の剛(たけし)とてつが続いた。

 喜平じぃは今も二の丸からそう離れてはいない息子夫婦の家に住んでいる。屋号はそんなわけで“すみや”だったが、氏(うじ)は米倉という。
 さらに、“すみや”なのは喜平じぃだけで、息子夫婦は砂丘に出てらっきょうや長いもを栽培するお百姓さまだった。子供たちの中のてつと呼ばれる少年は、その家の息子の一人だった。

 萱ぶき小屋の薄暗い土間の奥で鎮座ましまして、ひねもす越し方を黙想していた喜平じぃは、駆け込んできた子供たちに静寂を破られて薄目を開けた。ひと目見ただけで、この集落の重要人物の一人だと目される風貌のこの老人は、今年で齢九十になる。

 ──じぃ、炭焼きの小屋、くれ!
 てつが土間で息を切らしたまま、奥の暗がりに向かって叫んだ。
 ──小屋を、何しに使うだか。
 喜平じぃは静かに尋ねた。
 ──にんじゃごっこじゃ!
 元気な孫にふんふんと二度うなずくと、喜平じぃは重々しく口を開いて大将を呼んだ。

 ──大将。
 ──あん。
 ──二の丸は狐が出よる。気ィつけい。
 ──狐が出よるが、何を気ィつけることがあるだ。
 武人にとって、狐は恐れるに足るものでもなんでもなかった。
 ──化かされっぞ。
 喜平じぃは短くそう言うと、しゃっしゃっしゃと歯の隙間から笑った。それは合意の合図だった。
 武人も笑って礼を言い、そのまま外に出ようとして、基地の計画に夢中になるあまり、ついぞ忘れていた子供たちの動きを長老に伝えるという大将の務めを思い出した。

 武人はじぃを振り返った。
 ──じぃ、横浜ってとこからあまっちょ(女の子)が来たっちゃ。
 武人の言葉に、老人は黙ってうなずいた。
 それこそ百年に近い長きにわたって相生を守ってきたこの老人の耳に入らないものは、なにひとつなかった。喜平じぃは初夏の風の吹き変わりのうちにも日常の変化の予兆を読み取ることができた。
 子供たちの間に何か変化が起きるという兆しは、もちろん喜平じぃの知るところであったが、彼の知恵はそれを殊更に異なものとは感じていなかった。

 じぃは、出口をゆっくりとあごでしゃくった。子供たちは、わっと歓声をあげて、陽だまりの中を二の丸に向かって駆け上がっていった。





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最終更新日  2005年08月31日 12時39分18秒
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