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山口小夜の不思議遊戯

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2006年01月07日
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 地鳴りがした。
 幻聴でも錯覚でもない。
 足の下から何かが這い上がってくる。

 豊はともすれば薄れそうになる目で、それを見ていた。
 和魂の神から目を移せば、森床にうっすら緑に透ける影が立っていた。

 それは何のためらいもなく男神の足元にしのび寄る。ゆっくり、滑るような足取りで。
 明らかに人間の気配のそれとは異なるが、今となれば不思議に懐かしさも覚えるその人の影。

 ざわめく樹木が、草が、大地が敬意を払うように不意に沈黙する。
 影は和魂の神にすり寄ると、かすかに発光した。先ほどの荒神の姿を透かしたまま、哀しげに。
 淡い春告鳥色から、澄み切った翡翠色に。

 不思議な感動をもって豊は見ていた。
 森羅万象のすべてが、荒魂の神の存在を悼んでくれている──そう思えて仕方がなかった。

 ───

 ──これほどヒトに恨みがあるんだね。

 豊の第一声がそれだった。
 彼は飛遊櫛尊(ひゆくしのみこと)を見おろし、国宝阿修羅のような形相で、わなわなと身をふるわせているのだった。

 ──勝手におかしなまぼろしを見ようとなにを見ようと知ったことじゃないけどな、こっちはあやうく失血死するところだったんだ、失血死!

 神人が全身をかけて押し倒している豊は、不機嫌そうに小さな顎をしゃくる。
 ──そこ、どいた! 用は済んだろ!!

 それを聞くや、和魂の神は豊の半身からからだを退けながら、思いがけずに破顔した。
 ──思い出せるのか・・・・・よかった。一緒にいった・・・・・おまえ、きれいだったなぁ。

 ──ちっ。めずらしくもない。同じ夢、同じまぼろし、朝にはいつも、いつもだ・・・・・。

 豊は忌々しげに小さく舌打ちし、がんとして寄せつけない目つきで睨み上げてきた。
 ──ところであんたって、うろ様の昔の男?
 怒りのあまり、冴え冴えとしたその声。

 ──こっちも見たぜ。荒魂の神を悼んでる魍魎たちの姿を。あんた傷つけたんだ? うろ様のことをさ。

 それは今宵、一晩でこなしていかなければならなかった数々の非業な経験を乗り越えてきて、突然もたらされたオトナの叡智であった。

 豊は単(ひとえ)をほどかれた凄い姿で起き直り、鬼でも自己嫌悪にかられるような眼で和魂の神をじーっと見つめた。
 最大の図星を突かれたような気がして、つい眼をそらしてしまうのは神人の方だ。

 ビンゴ──この思いつきに間違いない。

 だって、ヤルことが強引に過ぎる。
 豊自身、マトモな恋愛経験は皆無だが──。
 (こいつ、‘恋愛下手’な神と見た)

 いろんな神サマを見定めてきた豊のカンだ。
 たしかに強力そうではあるが、その分やたらアクが強いのだ。
 荒魂の神ともなじみが悪く、番(つがい)としておさまりきっていない気がする。だから──うろ様が荒れるのだ。人の子に・・・・・・当り散らすのだ。

 清童を生け贄にするのは、女を知らぬのをよいことにして、己の性(さが)を見破られないため。
 女心の真理を読めない清童を軽んじて、荒魂の神はすべてを晒し、猛るのだ。

 緑の瞳を硝子のように硬く透き通らせ、豊は神人をにらんでくる。
 (怒ると、豊ってこうなるんだな)
 初めて見る顔だけに、神人にとっては新鮮だったりもするのだが・・・・・この神に裏切られた者たちを想うとき、豊はこんなにも悲しい眼をすることを、和魂の神が気づくことはないだろう。

 ふたたび神人の視線が豊に戻ったとき、彼はぺたりと岩床に腰をおとし、まじっと男神を見つめたままでいた。

 ──あなたにも事情ってあった?
 ──え・・・・。

 ‘竜’が宿っていたときの面影はなくても、もっと神人の底の底まで見通すような濁りのない瞳で、豊は見つめ返した。

 ──でも、ミコトさん。女の人の嫉妬は許さなくてはだめだよ。
 ──それは・・・・・・・。

 美神の白皙の頬に赤味がのぼるのを、豊の方も初めて見た。
 こんなふうに、いかにもバツが悪そうな神人も。
 言葉に詰まってしまっている和魂の神の様子を見透かしたように、豊は妙なインパクトを持った言葉でトドメを刺す。

 ──それから、愛してる人に愛されているあいだはね、ずっと一緒にいるべきなんだ。あなたはもう少し、‘切ない’とか‘傷ついた’とかって気持ちを知らないと。傷つけられてもいいよ・・・・って、思い続けてあげなくちゃ。

 うろ様・・・・・・あなたにかわって、ぼくがうんとこの人を叱ってあげる。

 だが、子供の頃からいくら「見えた」って、お祓いをしたり成仏させたりするだけで、調伏のマネみたいなのはやったことがない。
 悪霊退治とか、そういうことができる人たちはすごいけれど・・・・・神霊は──身体のないひとたちは、自分が当り散らすような相手ではない。豊には、常に隣のひとたちだった。手荒なマネなどできないが・・・・・。
 
 けれども、神の名前さえ与えられれば、退治とかそういうことではなくて、まとめて封印するくらいならばなんとかなる。どこかの結婚相談所のよう──目指すは封印による強制デート。
 相手は神体同士なんだから念の世界だ。想えばツヴァイ!!!

 おれがやらずに誰がやる。

 男の子らしくキッパリと思ったのと同時。
 パーンッ!!
 耳を引き裂くような音もろともに、豊の身体を縛った注連縄が解ける。

 ──ナイスタイミング、静御前!(←つか、遅くない?)

 このチャンスを逃してなるものか。
 豊はすかさず自分を拘束している葉っぱをかき分けて、上腕にこよりで結わえてある釧(くしろ)から土鈴を引きちぎった。この鈴、先々代の守宿であった祖父の形見のひとつである。

 だが敵もさるもの、
 ──それにしても、おまえ、顔が青ざめすぎているぞ。
 豊をくじけさせるような言葉を口にのぼらせ、相手を自分のペースに巻き込もうとしてくる。
 ──やっぱりまだ、カラダの具合が悪いんじゃないのか? あらぬところが痛むとか?
 切れてしまった注連縄の代わり、己の呪法で豊をふたたび縛ろうとする。
 
 呪法が成るには、より具体化してイメージを創るというのも、ひとつの有効な手段である。
 神と人の対話は、いわば心理戦。実際のところ──言ったモン勝ちなのだ。

 呪法の上手な者、霊力の強い者が勝てるわけではない。
 武器は心だ。
 あまり知られていないことだが、神や呪師(まじないし)たちは・・・・相手を呑み込み、過小化し、自分の意のままにせんとする想い──それを力に変えて戦うのだ。

 相手への呪法の攻撃も暴力も、すべては心への攻撃に変換される。
 神に対して、いつの場合でも圧倒的に人間は不利だが、生身の存在であることが有利に働くこともある──特に神から精神的外傷を負わされた者は。恨みや怒りを持つ者は、どこの世界でも危険なほどに強大な力を得る。
 
 弱点はあるが攻撃力も高いのだ。

 豊は下目遣いの視線に力を込めた。
 ──さっきはいいことを聞いたなぁ。あなたは死を支配する神。わたしは調和。けれどもわたしの裡(なか)の竜骨も、死を支配するという・・・・・ならば、大神よりも守宿御統の方が格は上だね? このわたしが、歴代の守宿のすべての因果を調和させるために生まれついたのだとしたら・・・・・・。

 ──豊、なにをっ・・・・・正気か!
 確信に満ちた言霊に呑まれたのは、飛遊櫛尊の方だった。
 その仕種を見るや、神人は驚愕の表情とともに、じりっと思わずあとずさる。

 魂依(たまより)の樹を・・・・・樹はどこだ・・・・・・。

 豊は切れ長の目を流して必死に探す。
 ある程度古い木ならば、どれでも可能性はある。広葉樹の方がいいが・・・・・あとは波長が合うかどうかだ。

 密の首を切り落とした風の唸りは止んでいる。
 密を破瓜した大気の歪みも、今はない。
 彼を嬲り、父の喉を断ち割った異質は、今は影をひそめている。

 壁(なまめ)の足を切断したそれも、角(すぼし)の腕を叩き割ったあれも、今は何もかもが不気味に鎮まり返っていた。
 血の気がまったく失せた唇で御詞(みことば:神聖語)を刻みながら、豊はゆっくりとほほ笑んでいく。
 そうして、直系の血をたっぷり吸った大地に、いまだ疼き渋る身体を懸命に立ち上げる。

 途端に滝壷から吹き寄せる風が強くなった。
 白銀色の風が、楡の木の葉を渦に巻いて散らした。
 豊は目を閉じることもせず、じっと身体のなかにその‘力’が満ちるのを待った。

 ──行け!

 土鈴を取り、必殺の気合いをこめて豊は投げつけた。
 鋭い回転に、青ざめた炎のような豊の気迫が乗ると、

 ズバァ──ッ!

 名のある矛かなにかのように、滝洞の空間を切り裂いた瞬間。

 ちりりりん・・・・・・。

 澄み切った音色で、土鈴が岩肌に鳴り渡っていく。
 すると、かすかに呼応するものがあった。

 豊が行き過ぎてきた、楡の大木の根元近く。
 折からの月明かりに照らされた場所が強く光って、三角形の裂け目が現われてきた。
 青白い光の柱が地面から伸びてあたりを包み込む。

 ──あんたのさっきの言葉、そのまま返すぜ? 勘違いしてる者もあるが・・・・・・守宿御統とは単なる‘力’ではない。‘器’だ。あんたこそが、調和の輪を完成させるために用意された、四番守宿の、エサなのよ。

 あんたを喰わせてもらう・・・・・・これがきっと最後の言霊。

 闇色の髪の毛をゆらゆらと吹き上げるかげろうの中、苦労して蔓の間から片腕を抜き、土鈴を高くかざすと豊は叫んだ。

 ──常倭鳥飛遊櫛尊よ、わたしに取り憑けっ!!

 その声は研ぎ澄まされた青銅の剣の鋭さ。
 豊の全身から後光が射して、彼と対峙する神人の胸すらも白く染め上げている。

 ──これで痛み分けってやつだ。・・・・・あなたが父を蘇生させてくれたことには礼を言います。

 和魂の神が最後に見たもの──水妖じみた真っ白の珠の肌、表情のない深海色の瞳をまっすぐこちらに据えて。それは大天使の眼。輪郭は薄青の寒天みたいなもやに包まれ、へその緒のような糸が数本こちらに伸びて、自分の神体とつながっていた。

 (呑みこめ)

 からだは明るみへ、澄み透る薄紅から金環蝕の輪の中へ。

 (眠れ)

 まばゆい光に包まれ、地に脚を組み、身体を折り曲げて眠り込むようなしぐさで、最後に神人はつぶやいた。

 ──我を封じ、荒魂の神をふたたび召喚するとは・・・・・・ただで済むとは思うな──ああ、おまえのこと、手放せん・・・・・・、

 重苦しい呻きが響き、飛遊櫛尊を納めて岩床に倒れかかる豊。
 身体はほんとうに、ずっしりとふだんの10キロぐらいは重く感じた。




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 ──うわ、寒いね~。
 ──冬みたいだよね。
 ──冬だっつーの!

 などという軽口を言っていられないくらいの寒さですが、とくに日本海側の方、天候のお見舞い申し上げます。雪には縁のある私ですが、ここまでの大雪の経験はありません。どうか皆さまご無事で。


 明日は●遊行●です。‘ゆぎょう’と読みます。
 ちょい待ち。
 荒魂の神をふたたび召喚──?
 聞いてないぞそがなこと・・・・・。

 タイムスリップして、今ひとたび、荒魂の神に再会していただくことになりそうです・・・・・・。
 懐かし──くはないよね???

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最終更新日  2006年01月07日 12時06分17秒
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