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山口小夜の不思議遊戯

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2006年03月23日
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 初日は早く来すぎて大失敗したので、あれからというもの、あたしは用心して四時ぎりぎりまでドアの中に入らないことにしていた。

 その日もいつものとおり、あたしは青木の外階段の隅っこに腰掛けて、四年の授業が終わるのを待っていた。
 そうして、どのくらい時間が経っただろうか───

「あれっ?」
 という声に目を上げると、男の子がひとり、あたしの座っている階段のてっぺんからこちらを見下ろしているのが見えた。あの子の名前は、そう・・・・かざはや君だ。彼はたしか、みんなからヒロと呼ばれていた。

 これまでに、あたしは青木の外階段をすべて上りきったことはなかった。
 この外階段はめっぽう長くて、中二階の部分から青木の中に入るのだが、その先はもっと上のあたしの未知の領域に続いているらしいのである。つまり、青木学院はそうとう急な崖の中腹に貼りつくように建っているのだ。

「ああ」
 あたしはリアクションに困って、あいまいに返事した。

「なにしてるのぉ」
 ヒロ君が、小首を傾げたまま聞いてくる。
 この子、個性のごった煮のような青木のメンバーのなかで唯一、どことなく育ちのいい風情がある。黒曜石を溶かしたようなそのつややかな髪が、明るい陽光のなかでかすかにゆらめいていた。

「四年が終わるの待ってるの。学校の帰りにそのまま来るから、いつも時間余っちゃって」
 あたしは小学校規定のセーラー服の襟をつまんでみせた。
「・・・・よかったら、おいでよ。ぼくたちもいつも早く来てるけど、ご先祖の車が置いてある上の駐車場でひまつぶしてるんだ」

 ボク、ときたもんだ。
 男の子の私生活について、鋭い観察眼を持つ千沙子が、「ありゃぁぜったいおぼっちゃんだ」と評しているのがこのヒロ君だったし、男子のみんながふつうに半ズボンをはいていたのが、ハーフパンツを常用しているヒロ君が青木に入ったのを境に、みんなぴたりと半ズボンをはかなくなった経緯があるとあたしは聞かされていた。

「いつも?」
 言いながら、あたしは階段を上り始めた。
「・・・・ね、あたしが初めて来た日もそこにいた?」
「うん。誰かが見つけてね。見かけない顔だっていうんで───カエデが偵察しに行ったでしょ」
「じゃあ、あたしが待ちぼうけしてたの、あれ知ってたわけ」
「うん。みんなね」
「上、あたしも行っていいの?」
「行こうよ」
 ヒロ君は無邪気な調子でそう言って駆け出した。

 平気で他人の家の庭を通り抜けるというルートに面食らいながらもついていくと、いきなり小さな駐車場に出た。
 そして、その住宅地の片隅のような場所に、なんと、千沙子を抜かした十二人全員が一団となってたむろしているではないか。千沙子はここ数日来学校を休んでいるから、きっと風邪かなにかだろう───。それはいいとして、みんなの目に見つめられて、あたしは少しばかりきまりのわるい思いをしつつ、だが平静を装ってこう言った。

「なぁんだ、ここにみんないたの。あたし、知らなくてずっとドアの前で毎回待ってたんだよ」
「それはそれは」
 カエデが答えた。
 あたしは、ふと思い当たることがあって、カエデに向かって言ってみた。
「あたしがみんなの仲間に入るために、なんかテストしてるとかいうんじゃないだろうな」

「そんなん、してないよ」
 カエデが驚いて、そしてにやにやした。
「もう下りよう。そろそろじゃないか」
 カエデの言葉に、みんな帰宅の際にそうするように、ここでも一斉に立ち上がった。

 この日は、四年生の授業がまだ終わっていないというのに、五年生たちはカエデを先頭にどやどやと中に入って行った。ご先祖の顔には、どういう風の吹き回しだ、と書いてある。
「おまえたち、ばかに今日は早いな」
「おわりおわり。ご先祖、もう四時だよ」
 四年がカエデたちに調子を合わせる。
「そうか。ま、じゃあ、ここまで。五年生、黒板消しといて」
 そう言うと、ご先祖先生は四年の授業を終わらせて奥の間にひっこんでいった。

 カエデは、なにかたくらんでいるふうに顎に手をやってしばらく先生の行った先を見守っていたが、やがて会心の笑顔でみんなをふり返った。
「ご先祖、黒板を消せって言ったよな」
「ああ」
 なんだ? そんな特別なことか? 言われたみんなが無言でそう言っている。
「じゃあ、黒板を、消そうぜ!」
 カエデに言われて、チャンピオン君が手近にあった黒板消しを手にとった。すかさずカエデはその手を押さえて、
「消すの! チャンピ、黒板を」
「あーあ。そういうことね」
 たっちゃんがカエデの言を当意して、黒板の角っこを持ち上げた。

 学校にあるようなものと違って、青木の黒板は壁にひっかけるようにしつらえてある簡易的なものだ。だから、ヒロ君がたっちゃんを手伝って反対側の角を持ち上げると、黒板は完全に壁から取り外せた。
 おわかりだろうか。彼らは本当に黒板を消すつもりらしい。

 みんなの手が黒板に伸びた。あたしもカエデの思いつきになんだか楽しくなってきた。だが、となりにいたナガちゃんがこらえきれずに吹き出したものだから、あたしはあわてて人差し指を突き出した。
「しーっ。静かに。勘付かれないように。大笑いするのはあとから!」

 あたしはあとずさりをしつつ、蛇腹がバカになっている破れかけたアコーディオンドアを精一杯押し広げた。こいつは教室と玄関を隔てるために存在しているようなのだが、いかんせん蛇腹がバカになっているので開けるだけでも腕のフィットネスマシーンほどの力が要る。男の子たちは、星一徹の矯正バンドと命名しているほどだ。

 たっちゃんとヒロ君が、決して小さくはない黒板を、あうんの呼吸で運んでいく。
 さあ、ゴムバンドのようなアコーディオンドアの難関をやっとこすっとこ通り抜けると、運び方のたっちゃんたちを待っていたのは、あのオンボロ外扉だった。

「このボロドアめ!」
 カエデが悪態をついた。なるほど、この扉をギーギーわめかせないで開閉できる者がいるとすれば、おそらくそれはユーレイだけだろう。いや、ユーレイはわざと扉をギーギーいわせて開けるものだっけ。だとすれば、誰も不可能に近かった。

 しかし、それをやってのけたヤツがいたのだった───アキラ君。
 彼がドアノブをちょっと上に持ち上げると、カチャリという軽い音とともに、いとも簡単に外界への扉が開いた。
「アキラ! どうやって音をさせずに開けた? このドアはあんまりきしむから、ドロボーよけにもなるくらいなんだぜ」
 たっちゃんが、黒板を担ぐ手を放さんばかりにして驚いた。

「ドロボーなんて、入りゃしないさ」
 カエデがあっけらかんと言った。
「なーんにもありゃしないんだぜ?」
「そして、唯一の備品である黒板でさえも、今まさに消されようとしている・・・・・・」
 黒板の向こう端を加担するヒロ君の言葉に、みんな声を殺して笑った。

 (字数オーバーのため、中略)

 その日の授業が終わると、みんなまた雛人形のように階段に腰掛けて、めいめいが互いに今日のイタズラの大成功に果たした功績について褒めたたえあっていた。

 近所迷惑な大爆笑がひとしきりおさまると、カエデがあたしに近づいてきた。そして、唐突にたずねた。
「なんて呼ばれてたっけ」
「・・・・・・学校では、姉貴」
 なぜその呼び名がついたのかは、今となってはもう忘れた。
「なーる。OK、んじゃ姉貴でいいな? な、こいつ姉貴だってよ」
 カエデが一同をふり返った。

「了解」
「よっ、姐御!」
「かっくいーい」
「ヒューヒュー☆」
 頭がおかしいんじゃないか、こいつら───と疑ってしまうほどの大騒ぎに混じって、こんな声が聞こえた。
「この人が今日からおれたちの姉貴分ってわけね」
「さあ、それはどうかな」
 カエデが答えている。あたしはそんなカエデにみんなの紹介を頼んだ。

「自己紹介って・・・・・・名前とか住所とか言ってくやつ?」
「うん。家族か何人とか、好きなものは何かとか、知りたいし」
「そんなのわざわざ聞かなくたって、しゃべってるうちにだいたいわかってくるもんじゃん。それに───」
 カエデは腰を上げて、さっさと階段を下りだした。そして、一番下の段であたしをふり返ると、こう言い放った。
「自己紹介を、したくないってやつがいるとしたら? そいつを傷つけることになるとかって、考えないのかよ」
 そして、男の子たちに一言「帰ろうぜ」と声をかけると、いつものごとく、それを待っていたかのようにみんなぞろぞろと立ち上がりはじめた。

 あたしはカエデの言葉にしばし絶句を強いられていたが、やがて本来の負けず嫌いに遅まきながら火がついた。そして、カエデの言った言葉の意味を深く考える余裕もなく階段を駆け下り、自転車に乗りかかっているカエデの後ろ姿に食い下がった。

「じゃ、あたしのことは? あたし、この四月に横浜に来たばっかしなんだ。それまで鳥取に三年いて、生まれたのは横浜だけど、幼稚園の前は山梨にも行ってたんだ」
 カエデはふり返ってあたしをじっと見つめた。その口角が奇妙に上げられたかと思うと、
「・・・・・・だからそんな訛ってんのな、姉貴サン」
 そして、ペダルに足をかけたかと思うと、今度は本当に行ってしまった。

 あとには、バカみたいな顔をしているあたしが残された。




 本日の日記---------------------------------------------------------

 本日はちょっと、ご紹介まで。
 
 ヒロが私を見おろしていた階段の画像があったので・・・・。
 この階段のてっぺんから、ヒロは私に声をかけてくれました。

 このヒロという少年、鳥取を離れるにあたってお別れになった想い出の子とすごくキャラがかぶったのです。それで、都会の塾というミクロワールドに投げ込まれた私は、初っ端から救われたような思いがしたことを、今では懐かしく思い出します。


 次回更新は、3月26日(日)の予定です。
 高松塚古墳が発見された当日で、その日も日曜日でした。
 それでは皆さま、明々後日にお目にかかりましょう!

 どうか──楓に会いに来て。


 お知らせ:本日より、ブログのタイトルを『青木学院物語』に変更させていただきます。
 出版化決定により、全文を掲載してあるHPを削除致しました。
 これにより、『青木学院物語』を捜索してくださる方々のご迷惑にならないよう、この場を借りてその後の情報をアップしてまいりたいと存じます。

 『鳥取物語』は四月以降、HPのかたちに順次移し変えてまいります。なお、『鳥取物語』のHPのアドレスは、便宜上、『青木学院物語』のHPと同じものにする予定です。

 どうか『鳥取物語』の昔からご愛読いただいた皆さまには、ご了承いただきたく、お願い申し上げます。


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最終更新日  2006年03月23日 13時00分26秒
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