660265 ランダム
 ホーム | 日記 | プロフィール 【フォローする】 【ログイン】

山口小夜の不思議遊戯

山口小夜の不思議遊戯

【毎日開催】
15記事にいいね!で1ポイント
10秒滞在
いいね! --/--
おめでとうございます!
ミッションを達成しました。
※「ポイントを獲得する」ボタンを押すと広告が表示されます。
x

PR

お気に入りブログ

yuuの一人芝居 yuu yuuさん
健康食品愛好会!! ゆうじろう15さん
Nostalgie solyaさん
ケーキ屋ブログ tom(o゜∀゜)さん
Ring's Fantasia -別… 高瀬RINGさん

日記/記事の投稿

バックナンバー

2024年09月
2024年08月
2024年07月

キーワードサーチ

▼キーワード検索

2006年06月28日
XML
カテゴリ:カテゴリ未分類
 
 『イカとタコ』第三節●タコ●

 「それが・・・・」
 夫人は少し言いにくそうにして、

 「もう二十年も前から寝室は別でした。主人のいびきには誰も耐えられないと思います」
 「そうでしたか・・・。寝室で寝るようになぜ強く言ったのですか?」
 「ゴルフ狂というのでしょうか。グリーンに出ない日は練習場でボールを打たないと気が済まないのです。そこで一緒の人と飲んで食事をして帰る毎日でした。お風呂を使い、缶ビールを飲みながらそのソファで休むのですが、寝入った日の朝方はくしゃみを連発しているのです」
 「夏風邪ですか」
 それにしては診察に来ないと医師は思った。他の医者にかかるはずはなかった。
 「風邪をひく一歩手前です。この暑いのに朝から卵酒を作らされました」
 「扇風機もいつも?」
 「いえ、その日の気分によるのでしょうが、クーラーが嫌いなもので」

 応接間の戸は開け放たれ、窓もすべて開いていた。
 医師が主人の足もとをふと見ると、スリッパのあたりが濡れていた。合成樹脂のスリッパで、足底とスリッパの間が水に浸したように濡れている。もとはもっと濡れていたのではないかと思われる。医師はすでに死後硬直の始まった脚を持ち上げ、足底部とスリッパを観察した。足底部はやや赤みを帯びた死斑が強い程度で異常はなかったが、絨毯にも少し濡れた跡が残っていた。

 「この濡れた足はどうしました」
 「何度言っても直りません。お風呂の後、足も拭かずにそのままスリッパを履くのです。廊下も絨毯も濡れるのでやめてほしいと頼むのですが・・・・気持ちいいからと」
 「気持ちがいい? 濡れたままのスリッパを履くのがですか」
 「私も普通は逆だと思います。ただ主人は濡れているのが気持ちいいといって・・・拭くのが面倒でそんな言い訳をしていたのかもしれません。全く子供のような人でした」
 「そうでしたか・・・」

 目を移すと、テーブルに缶ビールが二本乗っている。二本ともロング缶で、一本は栓をしたままだった。栓の開いた方を医師が持ち上げてみると、わずかにビールが残っていた。鼻を寄せてにおいをかいでみるが、アルコール臭がするばかりである。
 「お風呂の後、二本飲んで寝るのが習慣でした」
 夫人が気をきかせて注釈した。
 「一本まるまる飲み残していますね」
 「昨夜は相当お酒が入っていましたので、二本飲めなかったのでしょう」
 「つまみらしきものはありませんね」
 「なにか食べながら飲むように常々話していたのですが、酒が不味くなるといって・・・」

 夫人は困り果てた表情だった。
 医師は改めて応接間を見渡したが、特筆するような異常は見つからなかった。
 ついで、医師は主人の姿態を仔細に眺めた。
 右腕は肘掛けにもたせかけ、手先はだらりと床に向けて垂れている。一方、左腕はまっすぐソファの背もたれに伸びていて、手のひらが上部に止まって天井を向いていた。
 身体の表面には何ら異常が見られなかった。が、背もたれの上部に置かれた左手のひらに何ヶ所か皮膚変色が見られた。人差し指から小指にかけて、それぞれ指の付け根がやや盛り上がり、小豆大に灰色に変色している。触れると変色部分が硬くなっていた。

 医師が遺体を前にして初めて発見した異常である。
 「これは何でしょう」
 医師は振り向いて夫人に尋ねた。夫人はおそるおそる手のひらを覗き込んだ。
 「この部分、豆のように硬くなっています」
 「ああ、それはゴルフで出来たタコだと思います。主人は一日としてゴルフクラブを握らない日はありませんでしたから」
 「なるほど、タコでしたか・・・・」
 医師は肘掛けに垂れている右手の方も観察した。この手の方にも指の付け根にタコが並んでいた。もはやゴルフタコに疑いなかった。

 「先生、主人は自殺でしょうか」
 夫人は急に尋ねた。
 「自殺?」
 あまりに唐突な質問に、調子外れの声が出た。
 「ご主人のどこが自殺ですか。それとも、自殺するような言動でもありましたか」
 「いえ、何もありませんが・・・・」
 「では、どうしてそんなことを聞かれるのです」
 「自殺ですと・・・・これは噂を耳にしただけですが、警察が来て調べると聞きましたから」
 「それは調べます。自殺でなくても、変死の場合はすべて検死を受けるのが決まりです」
 「変死・・・・」
 夫人は初めて耳にする言葉におののいたようだった。
 「主人・・・・主人の場合はどうなるのです?」
 「正しく言えば、変死です」

 変死には違いなかった。ただ、死亡原因は扇風機をかけっ放しのまま酔いつぶれて心機能不全に陥ったことが考えられた。その根底には不整脈の持病があった。
 医師はT家の主人の死を確認しながら、警察に通報すべきか迷った。これがあまりよく知らない相手なら、迷いなく警察に報せていた。だが自分は主人の家庭医として日頃から健康を管理している。一週間前に健康診断を終え、異常なしの結論を出している。死亡原因を明らかにするために行政解剖に付すことも考えられる。だが当分治療の必要なしと診断した相手に重大な病気が隠されていたり、重い不整脈でも見つかれば自分に誤診を問われるおそれも生じる。開業の存続も危ぶまれるだろう。

 ──急性心不全。
 その病名の下、あらゆる問題は解決する。夫人は主人の死に際し、門前にパトカーが到着し、ヤジ馬が群がる事態をおそれているのだろう。名家ならではの見栄と危惧だと思えば不思議はない。さらにまた、医師は主人の死に犯罪性を感じなかった。夫婦仲は普通だったし、主人の死の前の数日中にも普段と変わった様子はなかった。

 ──やはり、急性心不全しかない。
 医師はようやく胸の中で決断を下していた。
 「ご主人は正しくは変死ですが、私の患者であることも事実です」
 「どういうことでしょう?」
 夫人は怪訝な顔をした。
 「ご主人は私の患者ですから診断は私が下します。心臓が悪かったご主人は急性心不全で本日亡くなりました」
 「すると警察は・・・・」
 「呼ぶ必要はありません」
 不確かな部分はあったが、医師は夫人にそう申し渡した。

 まだ眠っていた夫人の妹を起こして手伝わせ、主人の遺体を客間に移し、清拭を済ませて横たえた。その際も医師は遺体を詳しく観察した。だが異常は見つからなかった。
 医師は死亡診断書を書いて辞した。T家の主人の死亡が医学的に確認されたのである。
 
 これが事が終われば“冷たいカルテ”にはならなかった。
 だが、主人の葬儀が済んで二、三ヶ月ほど経ったあと、医師の耳に妙な噂が聞こえてきた。
 それはT家の主人の女性問題にまつわるもので、主人が夫人の妹を手込めにしていたという話だった。夫人の妹というのは夫人と十三歳も年齢が離れていて、40代だった。もともとは電気店に嫁いでいたが、夫が新事業に失敗して自殺したのを機にT家の世話になっていた。その妹を女好きなT家の主人は囲い女のように自由にしていたという。作り話なら悪趣味としかいいようがなかった。だが本当に妹と関係があったのなら、その不実に姉妹が力を合わせて天誅を下した可能性も出てくる。

 それから後も、散発的にT家の噂話が医師の耳に入ってきた。
 T家の主人の死後、多額の生命保険が夫人ばかりか妹にも支払われたという話だった。この話は気になった。
 医師は生命保険会社の嘱託医もしているので、出入りの外交員にそれとなく確認したところ、医師も驚くような億単位の多額な保険金が、確かにふたりに支払われていた。
 このとき、医師の背筋に冷たいものが走った。もしかすると、姉妹による殺人に巧妙に乗せられたのかもしれない。だが噂は広まったものの、警察が医師のもとに話を聞きに来たことは一度もなかった。T家の主人の死は、医師の手によって正当に処理されている。
殺人など、身近にありえない話だ。だがやはりどこか気になる。

 その気になる話を持っていった先が、不二静医師だったのである──。

 兄の“冷たいカルテ”の話を聞き終わった豊は、国際電話の受話器に向かって、
 「それは少し臭うな」
 とつぶやいてしばらく黙っていた。そしてややあってから問いかけるようにして言った。
 「殺しの可能性があるんじゃない?」




                      次回は●弟の質問●です。
                      兄さんになにを訊くのかな?

 
 本日の日記-------------------------------------------------

 『プロフィールが確定しました!』(ぴょんぴょん跳び上がりながら)
 プロフィールについて、皆さまからアドバイスいただけたこと、本当に感謝です!
 
 はじめに、秋野真珠さんのご意見として、「誕生>きっかけ>転換>結果>現在」についてしっかりと書き込んだ方がよいとのアドバイスが編集部に注目され、以下のように編集者に書いていただくことができました。真珠さんの快刀乱麻の至言が、余すところなく反映されているプロフィールだと自負しております。
 真珠さん、真珠さんからアドバイスをいただいて、なんだかこのプロフィールに関して、翻訳のパートの履歴書であるかのように勘違いしていた小夜子は、夢から醒めたかのように視界がはっきりしたのです。本当に本当にありがとうございました。

 そして、架月真名さんからは、「最近ではホームページのURLを載せてるケースをよく見ますが、ここのを載せたらダメなんでしょうか」という実践的アドバイスをいただきました。こちらも編集部が快くOKを出してくれました!
 実は私、アルファポリスには市民サイトという登録項目があるし、HPではない楽天のブログというかたちでのURLはNGなんじゃないかと杞憂していました。けれども、これはまったく問題なくクリアです。真名さん、ありがとうございました。本のプロフを読んでくれた方が、小夜子のブログに遊びに来てくれて、そこで真名さんにも出会って・・・素敵なつながりを夢想してしまいます☆

 草稿の段階の「2005年8月、パートのギャラでPCを購入し、『青木学院物語』のHPを立ち上げたことで人生が変わった」との一文に感涙してくださった舞夜じょんぬさま、アルファポリスに出会えたこと、出版化にこぎつけられたこと、そのすべての節目にじょんぬさまのお力があります。本当にありがとうございます。感謝してもしきれません。胸いっぱいの想いを、どうかお受け取りくださいませ。

 ───

 山口小夜(やまぐち さよ)
 1972年生まれ。横浜市出身、東京都在住。
 聖心女子大学文学部歴史社会学科卒業。
 高校在学中に、自らの体験を基にした小説『青木学院物語』を手書き
 で大学ノートに書き上げる。本書の前身となったこの物語は、学年を
 超え多くの生徒達に熱心に廻し読みされ、やがてその評判を聞いた印
 刷会社が好意により無償で製本、当時の同級生や知人らに配られるこ
 とになった。
 それから10年以上の歳月を経た2005年、病に倒れた友人の希望により
 一念発起。原稿に改良を加えPCに打ち込むと、ネット上で公開。
 (以下略)出版化に至る。

 HP「山口小夜の不思議遊戯」
 http://plaza.rakuten.co.jp/fujikkofamily/

 
 ───

 よくあるプロフィールとは一風変わっていて、私は気に入っています。
 皆さまに一足お先に、奥付に載る「プロフィール」の部分をお知らせ致します。
 小夜子とともに喜んでいただき、ありがとうございました。


 次回更新は6月30日(金)「サインについて」・・・どうかお楽しみに!


 ◆お読みいただけたら人気blogランキングへ
  ありがとうございます。励みになります!






お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう

最終更新日  2006年06月28日 13時40分23秒
コメント(10) | コメントを書く



© Rakuten Group, Inc.
X