折原一『倒錯の帰結=首吊り島+監禁者』(講談社文庫)
折原一『倒錯の帰結=首吊り島+監禁者』(講談社文庫) 日本海の孤島で起こる連続密室殺人事件(『首吊り島』)と都会の片隅で起こる監禁事件(『監禁者』)。二つの事件に巻き込まれた作家志望の男が遭遇する奇想天外の結末とは?「倒錯」シリーズ完結編は前代未聞、前からでも後ろからでも楽しめる本。(「BOOK」データベースより) ◎叙述トリックの第一人者 折原一は1951年生まれで、早大ではワセダミステリクラブに所属し、北村薫は先輩にあたります。奥さんは作家の新津きよみです。折原一は「叙述トリックの第一人者」といわれています。まずは「叙述トリック」とは何かをおさえておきます。 ――推理小説の手法の一。文章の記述上や仕掛によって、読者をわざと誤認に導くもの。一般的に、記述から想像される人物像や犯人像に関する読者の先入観を欺くものが多い。(デジタル大辞泉) 私は1994年までは、折原一の忠実な愛読者でした。「でした」と過去形で書いた意味については、後述させていただきます。折原作品には、作家の仕掛を読者が見破る楽しみがあります。折原一自身は叙述トリックで影響を受けたのは、B.S.バリンジャー『歯と爪』(創元推理文庫)とフレッド・カサック『殺人交差点』(創元推理文庫)だと書いています。(『ミステリーの書き方』幻冬舎文庫) 1994年、私は『沈黙の教室』(早川書房、初版本)を読みはじめました。いつものように仕掛を意識しながら、ぬかりなく。すると登場人物の名前が微妙に違ってくる場面に遭遇しました。どうしても著者の仕掛がわからぬまま、1日を悶々と過ごしました。そして単なる誤植ではないか、と思い到りました。 早川書房に手紙を書きました。あっさりと「誤植でした」と返答が届きました。改訂版が出るころになっても、修正された本は届きませんでした。それ以来、折原一とは疎遠になってしまいました。 折原一が叙述作家でなければ、誤植だろうと笑って通り過ぎたはずです。 ◎デビュー作の文庫はない 折原一の初出版は1988年の『五つの棺』(東京創元社)ですので、私はデビュー作から6年間は、折原一の忠実な愛読者でした。当時はPHP研究所のメルマガ「ブックチェイス」で書評を書いていましたので、本書も「とんでもない新人作家登場」と興奮して書いた記憶があります。「山本藤光の文庫で読む500+α」を立ち上げたとき、本書を紹介しようと文庫を探しました。しかし見つかりません。そんな折に、書店で『七つの棺』(創元推理文庫)を発見しました。棺の数を2つ増やした新作だとばかり思って読んでいました。途中で気づきましたが、『五つの棺』の増補改訂版だったのです。折原一は改題の多い作家です。新刊文庫だと思って買い求めて、何度も騙されています。 ◎『倒錯の帰結』の袋とじ 折原一にはとんでもない本あります。その作品を「山本藤光の文庫で読む500+α」で紹介させていただきます。タイトルをどう書いたらよいか、迷ってしまうほどです。「首吊り島」と「監禁者」は、それぞれが天地を逆にして印刷されています。そして真ん中に袋とじのページがあり、どちらから読んでも結末は袋とじに至るのです。『倒錯の帰結』という総合タイトルがありますので、そのタイトルで紹介させていただきます。 私は著者の指示通りに「首吊り島」から読みはじめ、本をひっくり返して「監禁者」を読みました。その後、袋とじのページにナイフを入れました。この作品は『倒錯の死角』『倒錯のロンド』(いずれも講談社文庫)の完結編となります。実は文庫本の『倒錯の死角』にも、袋とじが用いられていました。初出(東京創元社・1988年)のときは、袋とじなどありませんでした。 さて完結編『倒錯の帰結』ですが、「首吊り島」では孤島で起こる密室連続殺人事件を描いています。アパートの一室に監禁されていた推理作家・山本安雄は、アパートの住人・清水真弓に救出されます。清水真弓は、島を救ってほしいと依頼します。二人は孤島に渡ります。 孤島は「首吊り島」と呼ばれ、新見家にまつわる不吉な伝説が残されていました。新見家には雪代、月代、花代という三人姉妹が住んでいます。山本安雄の到着を待ちかねていたように、次々と密室で殺人事件が勃発します。 「監禁者」は、山本安雄が監禁されていたアパートが舞台です。二階建てのアパートには、上下六つの部屋があります。その住人は、みな怪しい面々ばかりです。「首吊り島」の登場人物が見え隠れします。 折原一も作品に現れます。二つの舞台はからみ合いそうでいて、はるかに遠くにあります。袋とじにナイフを入れない限り、孤島とアパートは結びつきません。 この作品は、折原一の23冊目の単行本です。自ら作品中に「叙述派ミステリー」の限界を書いているのがこっけいです。折原一特有のユーモアなのですが、読者は知らぬ間に作品にほんろうされます。それが「叙述ミステリー」の妙なのでしょう。山本藤光2018.09.26