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やさぐれ同盟

幸福は暖かい銃

幸福は温かい銃 
              第1話:万国の労働者団結せよ!
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 工場は休むひまなく稼働している。それは都市の内臓とでも言うべき宿命を背負った、重化学工業の恐竜的機能だ。そこでは、あらゆる種類の粗製濫造がラインに乗って流れていく。知識も危機意識も持ち合わせていない労働者階級の私ですら、2~3時間もこの流れを眺めていれば、社会の病状について考えさせられるというものだ。ところで、偉大なるナイチンゲールは自らの著書でこう記している。「すべての病気は、その経過のどの時期をとっても、程度の差こそあれ、その性質は回復過程であって、必ずしも苦痛をともなうものではないのである」ならば、私たちは退屈の極みである日常茶飯事を、さも真剣そうに「問題」として捏造する社会メディアには、いっさい関心を払う必要などないということになる。少なくとも、そこには真の意味での政治は存在しない。せいぜいが、やや高級なゴシップというところだ、ゴシップに高級なものなんてあったとしての話だが。
 いや、しかし、資本主義に飼われたしがない番犬に過ぎない私のような人物に、そもそも何かを語る権利があるのだろうか? もちろん、私はこの、いささか稚拙なテクストの語り手に選ばれたという特権を有するのではあるが・・・どうも私には、その能力も資格も不足している気がする。私はすでに自分に与えられた役割を手放す用意は出来ている。だから、親愛なる読者諸君、どうか私の言葉に寛大な気持ちで耳を傾けてもらいたい。所詮、私は私の感じたままを言葉にするしかないのだし、そこに下手な同情や共感のたぐいは持ち込みたくないのと同様、私自身の、あるいは、諸君の主義、思想、嗜好、無知、偏見、感情などによって被る誤解や批判に対処する余裕は、はじめから私にはないのである。そんな面倒は家畜の餌にでもしてしまえ! それでは、始めることにしようか。

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 世界は無数のラインによって構成されている。私の勤める工場を走るラインはゆっくりと流
れる。その源流は、聞いた話によるとサルバドール・アジェンデの断末魔の溜息から発しているという。しかし、誰もサルバドール・アジェンデなる人物がどんな人間なのか知らないのだった。もっとも、そのラインに乗って運ばれる製品の数々を見れば、その人物がろくでもない奴だったということは、かなりの確率で言えそうである。

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 休憩の鐘が鳴ったので、私は仲間たちと食堂へ行き、メスカリン・サンドをたいらげてから仮眠室へ引っ込んだ。だるい疲労と揺らぐ幻覚が同時に閉じた瞼の裏にせり上がってくる。私は思考の統制を徐々に緩めて、すみやかに夢の世界に移行した。いつものように、そこでは「夢の中の理想の女の子」が私をにこやかに出迎えてくれる。
「こんにちは、今日は随分はやかったのね」
「うん、今日のトラブルは午後に設定されてるんだ」
「そうなんだ。じゃあ、憂鬱ね」
「まあね、でも何とかなるよ」
 彼女はサイケデリックな紋様を散りばめた色柄の十二単を身に纏って、髪は苺色に染めていた。彼女はグリューフィウスやヘルダーリンやツェランの詩を諳じることが出来たし、J・S・バッハもマイルス・デイヴィスもニルヴァーナも大好きだった。涙もろくて、嘘が嫌いで、刹那的で、子供っぽくて、優しくて、淫乱で、皿が割れただけで悲しくなって、約束を破るくらいのことで心が痛くなって、激しくて、神経症的で、よく訳の分からないことを言って、ジュリア・クリステヴァよりも賢く、イザベル・アジャーニよりも美しい女の子だった。とにかく私にとっての理想の女の子だった。
 工場には、そんな女の子はいない。いや、最近はどこを見渡しても彼女のように不思議で危険な女の子は見当たらない。よく見るのは、インディビジュアルなスタイルを持っていない下品な雌豚か、ナチュラル・フェイスの物静かなお嬢さんくらいで、どちらも私の神経を逆撫でする種類の人間類型だった。もっとも、いつの時代も退屈で陳腐で凡庸で無残で悲惨で醜悪で愚鈍で下劣で不適で無能で白痴で脆弱で不潔で卑劣で強欲で卑猥で狭量で無様で臆病で貧弱で文盲で曖昧で蒙昧で散漫で不具で不運で滑稽で低能で傲慢で不遜で無礼で冷血で残酷で不快で鈍感で無情で野蛮で病的で安易で粗暴な、男達に比べればはるかにマシだが。実際のところ、男達に比べれば女達は、海を越える渡り鳥のように気高いものを感じる。
「夢の中の理想の女の子」、彼女は、私の夢の中で、私の夢の空気を吸って、私の夢の風に髪をなびかせ、私の夢の木陰でうたた寝するのだ。とても美しいものを、とても物悲しく感じてしまうのは私の悪い癖なのだろう。彼女といると感傷的になってしまう。
「さあ、時間よ。いってらっしゃい」
 彼女に背中を押されて、私は現実に送り出された。休憩終了の鐘が鳴り、午後の操業が始まろうとしていた。私は急いで持ち場に着く。ラインは変わらずに流れていく。

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 すべてのものはラインによって運ばれていく。世界は線的に運動しているのだ。私の仕事はラインを流れるものを分析し、解体し、再構築し、パッケージングし、商品化することだ。この仕事に必要なものはイメージ、それだけ。高度資本主義社会における商品性とは、需要と供給のバランスを把握することではなく、需要と供給の間にイメージを媒介として橋を架けること、すなわち、消費という概念の捏造に他ならず、そこにはもはや、搾取の構造など存在すらしていないし、プランナーの意図など幻想である。いつの間にか、世界は主体的な意思によって動くのを止めたしまった。高密度に情報化された私たちの現実に支配者などいない。私たちは無意識的な市場原理によって生かされているに過ぎないのだ。インディビジュアルに生きている人間など、どこにもいない。すべてはイメージだ。イメージの支配力は想像以上に強固である、そこでは、疑問を持つことすら容易ではない。私自身の経験上、教養のある人間の方がよりイメージに毒されているように見える。それは、もう救い難いほどに。

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 トラブルは午後に設定されていた。まず最初にラインに乗って流れてきたのは、「武器商人」と「革命家」だった。これが、きっかけだったようである。私は両者をラインから摘み上げるとサンプリング・ルームへ連れ込んだ。
「こんちくしょう! 万国の労働者諸君団結せよ! 大国の帝国主義的侵略から、自然権を守り抜くのだ! 糞ブルジョアの偽善的ヒューマニズムによって軽視された我等の労働によって搾取され続けた我等の正当な権利を要求せよ! 世界よ、被告台に立つのは貴様だ! 歴史は弁証されなければならず、すべての定立、反定立は今こそ止揚されねばならないのだ!」
「革命家」は辺り構わず怒号し、それを横目に見ながら「武器商人」は酷薄な笑みを浮かべた
「素晴らしい。実に高邁な思想ではないですか。しかし、あなたが革命を志向するなら思想は行動に移されなければいけません。あなた方は、行動者だ。あなたは理想を実現する義務を他ならぬ世界に負っているのです。革命は暴力によって実現する。これは歴史が証明するところです。さあ、武器を与えましょう。あなたの理想に我々は先行投資する形で、革命に参与します」
「ふざけんな! この毒虫野郎! 貴様こそ帝国主義に寄生するファシストだ! 今すぐ、ここでぶっ殺す!」
「革命家」は「武器商人」に掴みかかって、その喉笛を噛み切ろうとした。慌てて、私は彼らを引き剥がし、性急にイメージをまとめた。
 すると、「革命家」は「左翼コメンテーター」にその姿を変えた。時代遅れな思想や言動もお茶の間的相対主義の視線によって、笑えるものに変質し、女子高生の「カワイイ?J」の一言で通俗化されるキャラクターとなったのだった。「武器商人」の方には、余計なイメージを植えつける必要はなかった。ちょっとした理屈を与えてやるだけでいいのだ。
「そうです、そうです。私の存在は、いわば世界にとって必要悪という奴ですよ。軍事力と経済のバランスを保つには、私のような存在が、絶対不可欠じゃありませんか? それに市場原理に従えば、私以上に資本主義的な存在などありゃしません」
                    

 私はサンプリング・ルームを出ると、「左翼コメンテーター」と「武器商人」をラインに乗せた。ラインの流れにくるくる引っ繰り返りながら両者は流れ去って行った。
「何かが間違っている」
 いつの間にか、傍に立っていた同僚の工員がふと洩らした。
 もちろん、そんなことは分かりきっている。誰だって間違っている。「何をいまさら」と茶化そうとした瞬間、顎を掬われる衝撃に無様にふっ飛んだ。工員の目が私を見下ろしていた、冷たい怒りに瞳は鈍く輝いている。どうやら、切れたらしい唇を舐めると、鉄の味が舌先に痺れる。倒れ伏した私に、工員は無造作に一歩、歩を進めると私の鳩尾の辺りに鋭い爪先を突き刺した。さっき食べたばかりの昼食ごと吐き出しそうな苦悶の呻きを、全神経を動員して堪えながら何とか立ち上がる。立ち上がったところを待ち構えていたかのような工員の拳が眼前に現れ、視界は真っ赤に染まった。

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 あれ? ここはどこだ? そうだ。私は同僚に殴られて気絶したんだな。とすると、これは夢みたいなものかな。だったら、「夢の中の理想の女の子」に会えるかもしれないぞ。おーいいるなら出てきておくれ。
「はーい」
 ほら、やっぱり夢だ。「夢の中の理想の女の子」は、いつもどうりニコニコしている。それにしても今日は、とんだ災難だな。私は何か、あいつの気に触ることでもしたのかな? それにしたって、いきなり殴ることはないよなあ・・・
 え? どうしたの? ああ、もうすぐ目が覚めるのか・・・
「ねえ」 なに?
「助けてあげて」

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 気がつくと私は医務室のベッドで寝ていた。医務室には誰もいない。起き上がって、部屋を出て、ラインに戻る。私に気づいた工員達が声をかけてくれる。彼らに話を聞いたところ、私を殴った工員はサンプリング・ルームに連行されたということだ。なんでも、あの工員の恋人は、NGOで外国へ行って紛争に巻き込まれて死んでしまったらしい。「武器商人」を手つかずに無傷でラインに戻した私を彼は許せなかったのかもしれない。
                    

「俺の恋人は紛争国へ行って、そこで死んだ! 殺されたんだ! 老いぼれと薄汚れた女子供
と死にかけの負傷者ばかりのキャンプに爆弾一個 どかん で全部終わりさ! いいか? 戦争は糞だ! 誰が何と言おうと未来永劫、許し難い罪悪なんだ! 戦争を、政治や経済や文化や歴史や芸術として語ることは間違っている。軍事のバランス? 世界の警察? 全部まやかしだ! それはいったい誰に植え付けられたイメージなんだ? 国家か? 政府か? 歴史か? いや、その前に誰が一番、血塗れの金を稼いでるんだ? 産軍複合体? いったい何だよ、そりゃ? 資本主義は戦争を肯定するのか?」

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?「資本主義は戦争を肯定するのか、だってさ(笑)」
?「あったりまえじゃん(笑)」
?「資本主義の意味を知らないんじゃないの(笑)?」
?「だから労働者階級って信じられないのよねー(笑)」
?「戦争を悪だと決めつけてる輩ですな(笑)」
?「頭わりぃ~(笑)」
?「経済学の基本も知らないんだろうね(笑)」
?「『人口論』すら読んでないよ、あいつら(笑)」
?「偉そうに戦争を批判する前にカール・シュミットぐらい読めよなあ(笑)」
?「まあ、馬鹿に何言ったって無駄だけど(笑)」

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「CDにおいては、すべての音楽作品は0と1の配列からなるデジタル信号として記憶されている。どんなに感動的な音楽も、そこではひとつの数値でしかない。CDはこの冷徹な事実を僕達に突き付けている。
 サンプリング・マシーンはそれと同じテクノロジーから生まれている楽器だ。CDプレイヤーは音楽を再生するだけの機材だが、サンプリング・マシーンは音声をデジタル信号として記憶し、自由に変調しながら取り出すことによって音楽制作に利用する。その登場によって、ミュージシャンは自分では演奏できない楽器音もキーボードやコンピューターによって操作することができるようになった。あらゆる現実音を加工して、それ以前のシンセサイザーでは作りえなかった多彩なサウンドを手にするようになった。さらには、ターンテーブルによるブレイク・ビーツと同じように、すでにある音楽の一部分を利用して、新しい音楽の素材とすることができるようになった。」(高橋健太郎『音楽の未来に蘇るもの』より引用)
                    
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 「ゲートボール」が泣きながらラインに運ばれて来た。「ゲートボール」は、もう本当に、喉が詰まって、しゃくりあげるように大泣きしていた。その泣き方からは、悲しいとか、辛いとかいった何かしらの感情を感じさせることがなく、ただ暴力的に、嵐か竜巻のように、さもなくば排便のように泣き喚いていた。私はこの「ゲートボール」をサンプリング・ルームへ連れていき、何でそんなにも泣きじゃくっているのか聞きだした。「ゲートボール」が、途切れ途切れ物語るところによると、「ゲートボール」はもういい加減、しわくちゃの「老人」の慰み者になるのは嫌で嫌で仕方ないとのことだった。わたしだって、ちゃんとしたスポーツとして認められたいんです! と彼女(「ゲートボール」は女性だったのだ、私だって知らなかった)は張り裂ける口調で言った。情にほだされて私はイメージする。読者よ、あなたもひとつ考えてみて欲しい、どうして「ゲートボール」は「老人」のスポーツだというような一般論が罷り通っているのだろう? そう、その一般論からしてイメージなのだ。しかし、どうにも不合理なイメージではないだろうか? さあ、ここでこう考えてみてくれ、「ゲートボール」と「ビリヤード」の違いはヘロインとコカインくらいの違いでしかない、と。どうだろう? イメージはラインに乗って世界中に拡散していくだろう。きっと、すぐにも「ゲートボール」は常識の範疇に収まる普通のスポーツと成り変わるはずだ。やがて、学校の体育の授業で行われたり、オリンピックの正式種目に選ばれたりするだろう。
 ちなみに、上の文章中「 」で囲われた幾つかの単語はひとつのメタファーであり、何か他の語に置換することも可能である。事実、私は「ゲートボール」「老人」「ビリヤード」を、いささか良識ある人の眉を潜めさせる別の言葉を念頭に置いていたのだが・・・。

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「ゲートボール」をラインに返すためサンプリング・ルームを出ようとしたとき初めて気づいた。ドアの前に一人の男が突っ立っていた。

 Q.さて、ここで問題です。このドアの前に立っていた人物は次のうち誰でしょうか?
    1、「夢の中の理想の女の子」
    2、田中康夫
    3、守山二郎
    4、シド・バレット
    5、ロバート・クーバー
    6、さっき私を殴った工員
 解答は次頁にあるので、ゆっくり考えて頂きたい。勿論、あなたには簡単な問題だと思う。 




考え中




では正解を発表します。正解は・・・6! 「さっき私を殴った工員」です。ちなみに、1と答えた人、「一人の男が突っ立っていた。」って書いてあるだろう? 2は昨日、どこかの知事に当選した人だし、3は地下文学部の元・部長だし、4はいま作者がこの文章を書きながら聴いている音楽を演奏している「狂気に輝くダイアモンド」って異名で知られるミュージシャンだし、5は、さっきまで作者がにこにこ嬉しそうに微笑みながら読んでいた小説を書いた作家の名前だそうだ。
 というわけで、サンプリング・ルームのドアの前に立っていた工員は、誰もいない夜の遊園地で雨に濡れながらお母さんを探す小さな子供みたいな表情で、自分の手を見つめていた。掌を顔の高さに翳したり、裏返したり、振り回したり、常軌を逸した行動を必死で繰り返した。「何やってるんだ?」と私は言った。
 彼は私に気づくと鈴虫の羽根が擦れるような声で「 手がない 」と呟いた。「どうしよう。俺の手がなくなっちゃったあー!」
 もちろん、彼の手はちゃんと、あるべき場所にくっついている。事実、彼の手はいま何枚かの紙幣と貨幣を握りしめているのだ。それでも彼は「手がないよ~! 手がないよー!」と泣き喚く。私は彼の手首を痛くなるほど強く掴み、「しっかりしろよ! お前の手はちゃんと、ここにあるじゃないか」と、説得を試みた。だが、説得というやつは上手くいった例が歴史上これっぽっちもないのだ。何でもアメリカの警察には交渉術に長けたネゴシエイターなる説得役がいるらしいが、その交渉術の基本中の基本のひとつは、「相手の要求は絶対にのまない」ということらしい。だから、私も彼の「手がない」なる意見を、ちょっとでも認めるわけにはいかないのだった。
「どこにあるっていうんだよ! 馬鹿!」と彼は怒鳴った。やはり予想通り説得は失敗に終わるのだ。
「ここだよ」と私は彼の手の甲をつねってみせた。
「痛っ!」
 ひび割れた悲鳴を上げて彼は私を、次いで自分の痛みを感じたはずの手(少なくとも手のあるべき場所)を見つめた。
「痛い・・・? 痛いのに手はない。手がないのに、手のあるところが痛いよおお!」
 どうやら、彼はますます混乱してしまったようだ、手のつけようがない。そういえば、「夢の中の理想の女の子」は、「助けてあげて」と言っていた。それは彼のことなのか? わからない、私には何をどうすればいいのか、さっぱりわからない。

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 一日の仕事が終わると私は家に帰り、テレビをつける。画面の中には最近、人気上昇中のア
イドルがにこやかに、はしゃいでいる。ちなみに、彼女は次回の語り手に選ばれていて、名前
を織田麻里子、通称オダマリちゃんという。工場労働者である私とは違い、まさに記号空間に生きる彼女にはやはり名称が必要なのだ。
「オダマリちゃん、今度CD出すらしいね? ついに歌手デビューだね」
「はい、頑張りました。みなさん聴いて下さいね」
「何ていう曲なの?」
「『どこまでもI LOVE YOU』っていう、とっても素敵な曲なんです」
「楽しみだなあ、僕も絶対買いますよ」
「えへ、ありがとうございま~す」
 そんな会話がだらだらと続く。放送事項に引っかからないように、よどみなくトークで場を埋めつくすというのは、よく考えると凄いことだ。

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 チャンネルを変える。私は目を疑った。神様がCMに出演しているのだ。神様は可愛い女の子だった。セーラー服を着て首に拘束具の首輪を嵌められている。首輪には鎖がぶら下がって
いるのだが、その鎖はどこに繋がれているのか、どこまで行っても、ずう~っと、蛇のように
伸びているのだった。「こまった時の神頼みっ?ア」と神様は胃腸薬の瓶を摘み上げ軽くキスしてウィンクしてみせた。

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 私は、どうやら疲れてしまったらしい。もう私が語ることは何もないのだ。そう、いまから私は語り手であることを止め、一人の登場人物になろうと思う。私のことは、さしずめ「工場労働者」とでも呼んでくれ。読者諸君、私の語り口はひどく拙かった、何より自分でそう思う諸君には苦労をかけた、本当に御苦労様。

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「本当に御苦労様」と言ったのは「夢の中の理想の女の子」だった。「工場労働者」は自らの夢の中で、再び彼女と出会った。彼が気になるのは今日、工場で彼が同僚の工員を救えなかったことだった。彼がそのことを言うと彼女は「かわいそう」と一条の涙を零した。手がなくなるというのは、どういうことなんだろう? と彼は思った。「明日、その工員は手がないことを受け入れて、自分には手がないんだと信じて疑わなくなっているに違いないわ。本当は手が
見えなくなっているだけなのに」と彼女は溜息をつく。彼女はいつも正しい。
               <つづく>はすだ・・・


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