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秋山巌の小さな美術館 ギャラリーMami の「まみだより」

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東日本大震災・原発事故

2017.03.19
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秋山巌の小さな美術館 ギャラリーMami の町田珠実です。

この動画は、被災地を救う為に団結した、鉄道マンの物語。

2011年3月27日の朝、「古いディーゼル機関車が全国から八台新潟に集められ、十両の燃料タンクをひっぱって、磐越西線を郡山まで運ぶ」という内容のニュースを見た絵本作家のすとうあさえさんが、感動してとにかく伝えたいと創った絵本がこちら↓。

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「はしれディーゼルきかんしゃデーデ」

もう、ガソリンが無くて、ガソリンを入れる整理券の為に一晩並んだりとか、必死だった実体験があるので、ページをめくる度に胸が熱くなるのですよ。

で、夫が持っている鉄道模型のデーデDD51と、イトDE10、タンクのタキ(って言うらしい)を持って、レイアウトゾーンのあるレストラン、「ダイニングカーSAKURA」に行って、鉄道マンたちに思いをはせてきました。

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機関車、かわいいです。

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実際、デーデが走っている動画はたくさんアップされていますので、興味のあるかたは検索してみて下さいね。イトが押して走り出すところなんか、もう、涙・涙ですよ。

鈴木まもるさんの絵も、すごく素敵です。
絵本お勧め!


はしれディーゼルきかんしゃデーデ [ すとうあさえ ]







最終更新日  2017.03.20 14:53:18
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2017.03.11
6年前、仙台市太白区我が家の状況。

3/15 電気回復
3/17 フレッツ光回復
3/21 ガソリン2000円分
3/31 都市ガス復旧、20日ぶりのお風呂。
水道は無事だった。


大きな避難所は、自家発電で明るく暖かく、大型テレビが付けっぱなしで、親族の人達の救援がひっきりなしで、自分のほうが困っていると自覚した。

自衛隊が駐屯している避難所は、食事が配られ、仮設のシャワーがずらっと並び、知人が「お風呂に入れない」とブログに書いてたけど、なんだこれ、シャワーがあるじゃん!!と、ブログで発信しているのと、実際の状況が違っていることにびっくりした。

賞味期限が切れたたものは廃棄していた避難所。
「どうか自宅で避難している人に分けて下さい」という悲痛な声が、町の掲示板に書かれていて、えっ、そうなの???とショックを受けたけど、その事をつぶやいたら、「お腹壊したりしたら大変だから」などと、いきなり行政擁護発言。ああ、そうか。選挙管理委員とかやってたんだっけ。自宅で避難して困窮している人を、想像出来ないんだな・・・と、廃棄よりショックだった。

津波でも、ぎりぎり家が流されなかった人、流された人から「よかったね~、家があって」と来る度にさんざん言われて、うつになりそうだったと。ようやく吐露できるようになった。

自然より、人間のほうが恐ろしい。
当事者しかわからないから、書いておかないと。。。






最終更新日  2017.03.11 20:28:53
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2017.02.26

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2017年1月29日(日)広瀬隆氏の講演会に参加してきました。

会場は、西宮市の「日本キリスト教団甲東協会」
私ははじめて伺ったのですが、2015年には小出裕章氏の講演会を開催されていて、放射能汚染に関しての危機意識がありがたいです。

既知の事が多かったのですが、はじめて参加された方でもわかりやすい説明だと思いました。

私としては、たいした広報も無しに満員の会場が驚きでした。
特にSNSなどで発信されなくても、西宮でこれだけ危機意識を持続させて生活している人がいるという事で、とても心強くなりました。


下記は、自分用備忘録がわりです。

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最終更新日  2017.03.26 21:24:34
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2014.12.29

秋山巌の小さな美術館 ギャラリーMami の町田珠実です。

仙台から避難移住2年がすぎ、3年目となります。


3.11から、現在にいたるまでのお話しを、皆さんの前でさせていただきました。

安心食材を持ち寄り、忘年会も同時開催。

メモ程度に書いておきます。







最終更新日  2015.01.04 02:01:34
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2014.10.07
 


秋山巌の小さな美術館 ギャラリーMami の町田珠実です。

今週末の映画 『A2-B-C』上映会のご案内です。
 
 
10/11(土)映画『A2-B-C』上映会&木下黄太氏ミニトーク
 
9:30受付開始 10:00~11:10上映
11:10~11:40 木下黄太氏ミニトーク
 
京都 ひと・まち交流館 大会議室

★避難者⇒500円(中学生以下無料)
参加者全員の名前・何処から何処への避難かをメール下さい。
メール:puchirita@mbp.nifty.com

★一般参加者⇒1000円(中学生以下無料)
予約不要、直接会場へおこし下さい。


私は、7月に大阪で見てきました。
 
メモ代わりの感想がこちら
 
 
避難移住は、本当に大変です。

私たちが仙台から西宮に、避難移住したのは、2012年11月です。
移住2ヶ月後の記事がこちら
 
それでも、優先順位の一番上が、「命」なら、移住して、新しい生活をスタートさせるべきだと、私は思います。
 
今、必死にがんばっていらっしゃる方へ、エールを送りたいです。
 
 
 
避難移住フェス
 
 
 






最終更新日  2014.10.07 22:19:43
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2014.07.07
テーマ:A2-B-C(1)

感想を、メモがわりに書いておきます。

『A2-B-C』 イアン・トーマス・アッシュ(Ian Thomas Ash)監督

木下さんのお勧めと、監督の舞台挨拶があるというので、急遽、見に行くことにしました。

結論、見ておいた方が良いです。

何の解決もしないし、日々、木下さんのブログで味わう狂気を、映像で確認する作業になりますが、ナレーションもなく、お涙頂戴にしたくなかったという監督の意図が、十二分に伝わりました。


関西在住の方は、話には聞いていたけど、ほんとにこんな酷い状態なんだ・・・と知っていただけるドキュメンタリーです。


登場されているのは、福島県伊達市のお母さんと子供たちです。
2012年の10月からの4ヶ月、密着取材に応じています。

県の検査では膿ほうが無い<A>と言われたのに、セカンドオピニオンで調べてもらったら<A2>になったというお母さん。それを聞いて、同じようにセカンドオピニオンをやろうと思ったら、検査をしてもらえないという。

そんなお母さん方のやり取り満載。


そして、除染作業員のインタビュー、あきれる実態を改めて目にすることになります。

所々登場する菅野喜明伊達市議の言葉がそこで起きている事の異常さを、説明してくれます。こういう市議さんがいてくれて良かったと、つくづく思います。



上映後の質疑応答で、監督の言った言葉が、私には一番のキーワードになりました。


『New Normal』・・・新しい普通。。。新しい常識。。。

放射能の事は、毎日報道される・・・それが普通。
子供がガラスバッチをつけている・・・それが普通。
子供の甲状腺検査・・・A2でも・・・それが普通。

『New Normal』がどんどん積み重なって行く異常に、覚醒しておく必要があるという事。

まともな感覚を持続している人、Ian Thomas Ash氏と会話出来ただけでも、収穫でした。ご本人は、監督と呼ばれるのはイヤだそうで、フイルムメーカーだと言っていました。


監督インタビュー(参考)








最終更新日  2014.10.07 21:54:20
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2014.06.24

  三田医師、木下黄太氏トーク

秋山巌の小さな美術館 ギャラリーMami の町田珠実です。

先週末、21日・22日は、京都でのイベントをスタッフ(ボランティア)としてお手伝いしてきました。

参加者の、ネット予約の受付を、1ヶ月前から担当していましたので、ギャラリーのほうのブログもHPも、滞ってしまいました。(フェイスブックページも)

更新しても、さほどアクセスがあるわけではないので、特に問題はないのですが、安否確認のように、たまにのぞいて下さる遠方のお客さまや友人がおりますので。。。

北海道のKさま、これから集中して準備させていただきます。

Web美術館からのご注文には、迅速に対応しているので、逆に驚かれているかもしれません。


さて、そのイベントの感想を書いておきます。ギャラリーのお話ではないので、興味のない方はスルーして下さいね。


~~~~~~~~~ここから~~~~~~~~~☆

 今回の登壇者、ジャーナリストの木下黄太さんは、3.11直後から、一貫して福島第一原発事故による放射能汚染問題を取材、発信し続けています。避難移住した人のほとんどは、木下さんのブログをご覧になっているのではないでしょうか。

もうお一人は、三田茂医師。東京で、首都圏のお子さんたち1000人以上の甲状腺や血液検査を続け、今、子供達に何が起こっているのか、実情を把握されている数少ないお医者さまです。この3月で、東京での診療を終え、4月から、岡山市で開院されました。

 

ネット予約受付を担当して感じた事は、地元京都や近畿圏の方が、三田先生のお話をとても楽しみにしていたこと。内容がシビアになるのは皆さん承知で、その上で、直接うかがえることが楽しみなのです。

現在、避難移住している方、特に単身避難や母子避難の方は、3年という時間が経過し、いろんな意味で、くぎりをつけたい所にいらっしゃるのかな?という印象でした。

私自身、木下さんの講演会は

2011年12月 木下黄太氏仙台講演
2012年03月 バンダジェフスキー博士仙台講演
2013年07月 バンダジェフスキー博士岡山講演
2014年03月 木下黄太氏ウクライナ報告会大阪

と参加してきています。

仙台でのお話を聞いていたからこそ、急激な体調悪化が出てすぐに、移住を決断出来ました。


チェルノブイリの時に、勉強なさったり、東海村の臨界事故を調べた方の中には、3.11地震の直後に移住された方もいるのです。

少し、私の事を話しますと、私は、最初の結婚で、東京から福島県の相馬に嫁いできたのです。
その前夫が「電力」の協力会社社員でした。

発電所の配管プラント専門の会社なので、原子力発電所も、火力発電所もやるわけです。元請けが、東京電力だけではないので、デンリョクの仕事・・・とか言うのです。1Fも2Fも、六ヶ所の再処理工場の建設もありました。

給与明細には、「入域手当」という項目があるんですね。「放射線管理区域」に入った日数分、手当がつくのです。

福島第一原発事故の後、防護服を着て、その手当をもらわなくちゃいけない環境なのに、食料の為、ガソリンのため無防備なままで、何時間も並ばなくちゃいけなかったのですから、今、思い出してもぞっとします。

私たち夫婦が、避難移住したのは2012年11月。夫の再就職が決まったのは翌年2013年の5月。今やっと再就職2年目です。

移住2ヶ月後のブログ記事がこちらです。→「移住2ヶ月、完治しました!(閲覧注意)」
移住1年半経った今、夫の義足サイズが合わなくなって、新しい義足を制作中です。切断した左足大腿の周りが、一回り(5cm)以上、細くなった・・・というより、3.11以前のサイズに戻ってきたのです。

あの、尋常ではないむくみは、何だったのでしょうか。私もそうなんですよ。手首も足首も顔もパンパンでしたから。 やっと公表されてきた情報などもありますので、一度、自分たちの体験を時系列で見直したいと思います。

三田先生が岡山に来てくれたのは、本当に嬉しいし、何か体調に異変があったら、先生の所へ行けばいいという安心感があります。

講演会場の後ろの席で、そのお人柄が伝わる声と話し方に、思わず涙がこぼれてしまいました。淡々とお話になる、首都圏の子供たちの実情は、聞いてはいても驚きます。

トークの内容は、もう講演会に参加していただくしかないのですが、木下さんの情報量の多さに、改めて感心しました。

木下さん、三田先生、改めて、ありがとうございました。



主催して下さった「こどもの給食をかんがえる会・京都」「放射能防御プロジェクト近畿」の皆様に深謝です。
また、申し込み締め切り後の、お問い合わせに十分対応出来なかった事、申し訳ありません。

スタッフは、全て持ち出しのボランティアですので、ご理解いただけたらと思います。


最後に、お子さんを預けられなかったり、避難後の生活基盤づくりまっただ中で、参加できなかった皆さん、きっと、参加出来るときがありますから、大丈夫。頑張ってくださいね!!

汚染地から、一人でも多くの方が、避難移住出来るよう、祈っています。


◆木下黄太氏のブログ記事
マンション建設ラッシュの京都、三田医師講演参加大半は地元近畿、避難者が少ない現実。目立つ医師避難者

三田医院のHP

増える岡山への移住相談、現状は。瀬戸内海放送映像。三田医院へ相談にくる母子。

以上、ご参考に。



では、ぼちぼち、通常業務に戻ります。<(_ _)>








最終更新日  2014.06.25 22:41:02
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2013.04.20
 
 
秋山巌の小さな美術館 ギャラリーMami の町田珠実です。
 
昨日、神戸でドキュメンタリー映画~放射線を浴びた~「X年後」を見てきました。
1954年(昭和29年)アメリカが、マーシャル諸島・ビキニ環礁で行った水爆実験で、マグロ漁船第五福竜丸が被災し、乗組員が死の灰を浴びた事は、まだ記憶にある方もいると思いますが、第五福竜丸以外にも、水爆実験を知らずに操業を続けていたマグロ漁船は1000隻を超えるそうです。

この映画では、放射能を浴びた元船員達を訪ね、聞き取り調査して行く過程もそのまま映し出されます。
 
古傷に触られたくないご遺族に、「土の下に行って聞いてこいっ!」と言われます。
私も経験がある、戦争体験者の証言聞き取り調査と通じると思いました。電話でも、ご苦労されたと思います。
 
 「いつもしわ寄せがくるのは弱者」・・・本当にそう、変わらないのですね。証言の言葉は胸に刺さります。
 
さらにショックだったのは、亡くなった方のご遺体が、数日経つのに熱かったという証言。「あの当時はまだ土葬だったから、俺が抱えて運んだんだけど、汗びっしょりになるくらい熱かった」・・・被ばくの恐ろしさを改めて認識しました。

仙台で東日本大震災を体験し、福島第一原発事故、がれきの焼却など、不安だらけの日々と体調悪化で、西宮に避難移住した私たち夫婦にとって、非常にリアルな話ばかりでした。
 
この映画を可能にした、高知県幡多地区の高校生達と、元高校教師の山下正寿さんの長年の活動、地元ローカル放送局 南海放送の制作者の皆さん、そして、証言してくれた被災者、ご遺族の皆さんに敬意を表します。
 
 
一人でも多くの方に、見ていただきたいドキュメンタリー映画です。
 
 

 

「核の海の証言」
山下正寿



「ビキニ事件の真実」
第五福竜丸生存者 大石又七

 







最終更新日  2016.02.08 00:50:31
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2012.12.30
断端ケア用品

秋山巌の小さな美術館 ギャラリーMami の町田珠実です。

◆体調悪化に悩まれている方のご参考になる事を願い、記事をアップします。ギャラリーの記事ではありませんので、ご理解の上、閲覧は注意して下さいませ。

HPでご案内の通り、仙台から兵庫県西宮市に移住して2ヶ月が経ちました。

震災以降ずっと治らなかった(時には悪化していた)夫の断端のキズ(何と呼べばいいのかわからないのでキズとします)が、すっかり治りました。

夫は、交通事故で左足大腿を切断して、義足をはいています。

この写真は、もう使わなくてよくなったケア用品の数々。滅菌ガーゼ・特殊保護テープ・ひまし油・除菌消毒液など、他にもいろいろ使いました。

バンドエイドの「キズパワーパッド」は、震災後、お友達が送ってくれたものです。半壊状態となった近くのドラッグストアで、薬剤師さんがいなくて販売出来ないと言われて困っていた所、関東・西日本の友人達が走り回って集めてくれました。

そう、震災直後の3月は、キズパワーパッドで何とか済んでいたのです。それでも、ガスが止まって給湯が出来なくなり、お風呂に入れなかった3月中に、キズは悪化してしまいました。

ドクターが、メールでサポートしてくれるというネットのコミュニティにも相談しましたが、結局、「見て見ないとわからない・・・」という返事に行き着きます。

ガソリンを入れる事が出来て、クリニックに行ける環境になったので、診察・治療してもらったのが、4月の半ば。キズの原因はわからず、ステロイドの入った軟膏を出されるだけでした。この時から、もう、義足の装着は無理になり、急遽、松葉杖を用意しました。

クリニック松葉杖


軟膏を塗っていると、一時的には良くなるのですが、だんだん皮膚が薄くなっていくのがわかります。やはり、ステロイド軟膏の使用は中止しました。

夫の職場は3階で、階段しかなかったので、松葉杖で何度も上り下りするのは大変でした。義足をはいていても階段は大変なのですけど、仕方ありません。

こちらは、まだいいほうの6月(2011年)の状態。
断端キズ6月


松葉杖での通勤も支障が出るようになり、お昼休みに一度義足を外し、消毒をして休ませて、また午後から装着するというパターンに切り替え、サポートに、毎日私がお昼に通っていました。

2011年10月から今年の10月までは、ず~っとこんな状態でした。
2011年9月断端キズ


ですので、お昼に消毒して休ませ、帰宅後もすぐに義足を外して消毒、ひまし油など、その時の状態に応じて手当していました。

結局、ここまで保護しないとダメになっていたのです。
ガーゼ手当


義足を装着する時に着ける、ライナーがいけないのか?それとも義足の形状が悪いのか、義足の調整をして下さる先生も、一緒になって考え、試してくれたのですが、良くなりません。

ですが、義足の調整に行く関西出張の1泊、2泊で、帰って来たときには、ちょっと良くなっていたのです。

関西に行くと良くなる・・・。何でなんだろう???


今年の9月末、1週間の遅い夏休みで、大阪に滞在し、キズはみるみる良くなりました。

夏休みを終えた10月、夫は仙台に戻ったとたんに、一気に体調を悪化させ、2週間、仕事に行けない状態・・・40°の高熱と、喘息のような咳が続きました。

一刻も早く移住しないと、手遅れになる・・・危機感だけで、その後の手続きを行いました。その話は、また別の記事でご報告したいと思います。


こちらが、すっかり良くなった断端。
移住後断端




西日本に、移住しただけで、治ったのです。水と空気しか考えられません。放射能の影響以外、何があるのだろう・・・。

重金属アレルギーだったのですね、きっと。避難移住した方々からよく聞くアレルギーです。

西日本に移住してみて、他の症状もほとんど改善しました。もう、治らないような症状も私には出ていますが、ゆっくり養生いたします。


離れてみてわかる・・・。

うちでは、添加物の多い食品は気をつけ、買わないようにしていました。たまに、コンビニのものやインスタントの食品を食べると、すぐに解るし、反応が出ます。

有害化学物質が入っている日用品(シャンプーや洗剤など)は使っておりませんので、芳香剤の置いてあるトイレなど、息を止めないとダメなぐらいです。

でも、気にしてなかった昔は、大丈夫だったんですね、そういったものが。

「敏感」になったとも言えますが、それまでがあまりにも「鈍感」だった。麻痺していたとも言えるのでしょう。

仙台にいれば、鈍感になり、麻痺してしまうんですね。離れてみて、変わりように驚いています。


毎日が夫の足のケアで、本当によくやったと思います。もちろん、本人が一番辛かったと思いますが、何でもっと早く気がつかなかったのかと、申し訳ない想いもあります。

大切なものの優先順位が、うちでは、仕事よりも健康(命)でしたから移住出来ました。

年の暮れ、是非、大切なものの優先順位を、見直していただけたら幸いです。

 







最終更新日  2014.06.25 21:54:20
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2012.11.26

 

秋山巌の小さな美術館 ギャラリーMami の町田珠実です。

西日本へ避難移住してから、もうまもなく1ヶ月です。

こちらに来て、仙台にいた時のように物干し竿とベランダふいて、思わず「うわっ」っと声をあげてしまいました。・・・汚れていない。。。

そうか、これが当たり前なんだなぁ。汚れているのが当たり前で、慣れてしまっていた事に気がついて、ハラハラと涙が落ちてしまいます。


10月27日、名取市の閖上港まで行って来ました。うちは、仙台市と名取市の境界の所でしたので、閖上までは車で15分ほどです。

動画は、閖上港の目の前で、黒煙をあげている名取市のがれき焼却炉です。

今、被災地沿岸に焼却炉がいくつあるのかご存じですか?
宮城県だけで、こんな状態です。

 

がれき処理データ宮城岩手

夜、仙台市の沿岸を走ると、津波で何も無くなった場所に、そこだけ明かりがついていますから、綺麗なんですよ。焼却炉は、24時間フル稼働しています。

目に見えない汚れはどれほどだったのでしょうか。

私は、どのようにしてがれきが出来たのか見ています。

私は、被災地にどんな化学工場があったのかも、調べました。

 

西日本でのがれき焼却は、どうかやめて下さい。

何かあっても、誰も責任をとらないのですから。

 

◆大阪市が、がれきの試験焼却を平成24年11月29日(木)、30日(金)の2日間(予定)で行います。

1 試験焼却日程  平成24年11月29日(木)から30日(金)
2 場所 大阪市環境局舞洲工場 大阪市此花区北港白津1‐2‐48

自衛して下さい。


<参考>

岩手・宮城がれきデータサイト

被災地がれき処理仮設焼却炉現地視察速報
青山貞一・池田こみち 掲載月日:2012年11月26日

これが化学物質汚染の実態だ! 週刊朝日6月24日号(14日発売)

化学物質の影響

 

資料をどれだけ見ても、現地で生活をして現場に行って知ろうとしないと、実感できないかも知れませんが、少しでも伝わってほしいと思います。







最終更新日  2012.11.27 15:43:36
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