少し前に見た「トウキョウソナタ」
黒沢清の映画はちょくちょく見てるので、彼が家族映画を撮ったならどうしてもロードショーでみなくては、と(この地域で)始まるとすぐ出かけてきました。期待以上にじっくりと映画の世界に没入させられてしまい最後は少しじんわりするほど。(うまいなー「月の光」。つくられすぎなのに魅せられる)。映画の設定と同じく子どもが大学生だったりするし、小泉今日子のお年頃からいってもまさに自分の家族と同じライフステージ。 失業という設定が現実味を増してしまいそうな昨今なので、余計にそう感じられるのかもしれないけれど、この家族像はなかなかリアルです。かりにも家族の研究者しているわけですから厳しい目でみてしまうのですが、日本の家族のツボがよく押さえられていて脱帽です。例えば、普段「食べる」っていうことでぎりぎりつながっているところとか(^^;;;.。食卓シーンがやたら多いでしょう。これっていかにも日本の家族らしい。母親が折角つくっても「いらない」っていうし(わが家にはこういう母親はいませんが(笑))。 やっぱしこの監督は小津ファンだったか、と納得しました。リアルといっても、細かい筋でいうと「そりゃないだろ」という出来事の連続なんですけれどね。芸術作品として成功しているんでしょう。戯画的に描いてもそこに私たちが真実を感じ取ってしまうような何かがちゃんとある。どの瞬間ごとに映像の場面を切り取ったとしても、最新の注意が払われているのがスゴイ。クモの巣のように張り巡らされた電線の向こうの一戸建て、仕切りを隔てて見える食卓。目に焼き付いて離れません。ただ、わざとでしょうけれど家の内部の設定は少しずつ古い。黒沢清が育った時代の家の風景が基本に据えられてるのかも。トレンディドラマの家族とはかなり違っております。 家族生活の「底」と日本という社会の「底」がこんな風につながってると私も常々表現しているつもりですけれど、文章というまだるっこしい手段を使わずに映像を使って表現できる監督が、ちょっぴりうらやましくもあります。 そうそう、このブログを前から見てくれている方はなんでまた「空中庭園」に戻ったの?と思われたでしょう。単純な話、フットサルは引退したものの屋上ガーデニングは引退できなかったからなんです。年の始めに消滅?が予定されていたはずの家族生活でしたが、諸般の事情で空中庭園とともに存続しております。トウキョウソナタはそんな私の生活と少々シンクロしてしまった貴重な映画となりました。