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ガレットのお菓子日記

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マリー・アントワネットとエリザベート

2011.02.16
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 薔薇を手にした王妃マリー・アントワネットの肖像画をはじめ、数々の肖像を描き宮廷画家として人気を集めたルブラン夫人を中心とした展覧会「ヴィジェ・ルブラン展」が、3月から東京・丸の内の三菱一号館で行われます。
それに伴い、セミナーやイベント等が開催されます。

        マリー・アントワネットと子ども達
参考:マリー・アントワネットと子ども達 (ヴィジェ・ルブラン画)
2006年8月8日ヴェルサイユ宮殿で撮影
 ※この絵が展覧会に出品されるわけではありません

ヴィジェ・ルブラン展
2011年3月1日(火)~5月8日(日)
三菱一号館美術館(東京・丸の内)
水・木・金 10:00~20:00
火・土・日・祝 10:00~18:00(入場は閉館の30分前まで)
月曜休館(祝日の場合は翌火曜日休館) 5月2日(月)は開館

ヴェルサイユ宮殿 マリー・アントワネット彫像  クグロフ
ヴェルサイユ宮殿 マリー・アントワネット彫像  王妃が愛したお菓子『クグロフ』
彫像は2006年8月8日撮影

 ところで、ヨーロッパの宮殿や庭園、名建築の写真などを眺めていて「この写真すごく素敵」、と思ってカメラマンの名前を見ると、かなりの確率で南川三治郎氏の名前に行きあたるということが、今迄に何度もありました。

 本当に芸術的な、美しいという言葉では表現しきれない魅力のある、その地に旅に行きたくなるような写真をとられるかたです。
その南川氏の写真を集めたご本が、この展覧会に向け出版されます。
家庭画報特別編集『王妃マリー・アントワネット美の肖像』(写真 南川三治郎)
2011年3月2日に発売予定です。

 同時に、3月23日(水)に
“写真家 南川三治郎が辿る「王妃マリー・アントワネット ヴェルサイユへの道行き」”
というトークショーが開催されます。
詳細は 南川三治郎氏のブログ に。

 実は私も、ちょこっとだけ、マリー・アントワネットの結婚の道中を追いかけた旅を…。
シェーンブルン宮殿
オーストリア シェーンブルン宮殿 2010年6月12日撮影

 マリー・アントワネットはオーストリア、ウィーンのシェーンブルン宮殿で、母マリア・テレジアのもとで幼少期を過ごしました。

ナンシー グランドホテル
フランス ナンシー グランドホテル 2010年6月19日撮影

 1770年 フランス王太子(後のルイ16世)と結婚
ウィーンからヴェルサイユ宮殿まで旅の途中で、ロレーヌ地方のナンシーにも立ち寄ります。
昨年、マリー・アントワネットが宿泊した館(現在はグランド・ホテル)に私も宿泊しました~王冠

マリー・アントワネット肖像画 ヴェルサイユ宮殿 ヴェルサイユ宮殿離宮 プチトリアノン
ヴェルサイユ宮殿 マリー・アントワネットの肖像画 と プチ・トリアノン
2006年8月8日撮影

ヴェルサイユ宮殿
ヴェルサイユ宮殿

 南川氏が、この結婚にむけての旅で、悲劇の王妃が通った街の写真を紹介して下さるというのは、本当に興味深いこと。
今から楽しみです。

南川三治郎氏の著書
   
 

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食べログ






最終更新日  2011.02.17 01:27:22
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2009.05.26
 サロン・ド・テ・ミュゼ イマダミナコのメニューの中で、最もマニアックと思われるものは、『お姫様のお茶会』という名のお菓子のセット。
今田美奈子先生の著書『貴婦人が愛したお菓子』の中でも紹介されている、王妃マリー・アントワネットが好んだお菓子が登場します。

お姫様のお茶会クグロフs 『お姫様のお茶会
Asortiments de la reine Marie-Antoinette
小菓子盛り合わせ、いちごのシャルロット、クグロフ、飲物  4,725円

 フランス料理のランチがいただけるくらいのお値段設定には驚きが!
それでも、今田先生の世界を表現するアイテムとして、このサロンにはマリー・アントワネットのセットは欠かせないものなのかもしれません。
こちらのセットをご紹介する言葉として、あえて“マニアックな”という言葉を使ってみました。

 ティーセットは、食器好きの方には今更説明の必要もないほど有名なロイヤルクラウンダービーの、その名もロイヤルアントワネット。


【イギリス製】【ロイヤルクラウンダービー】ロイヤルアントワネットトリオ


シャルロット 上から
いちごのシャルロット デザート仕立て 真上から

 カリッと焼ききったビスキュイ・ア・ラ・キュイエールが苺のババロアの周りを囲み、やわらかなリボンで飾られています。

お姫様のお茶会sシャルロットcut
                     シャルロット断面

メレンゲ
小菓子『メレンゲ

 マリー・アントワネットは、“隠れ家”のようなプチトリアノンの王妃の村落(アモー)で、お菓子の手作りを楽しんだといわれています。
その時に作ったと思われるのがこのメレンゲ菓子。
カリッとした食感を感じた後に口溶けがよく、シュン、と消えてゆくはかなさのお菓子です。

クグロフsクグロフcut s
イーストで作るパンのようなタイプの『クグロフ
サイズは「姫クグロフ型」

 お店では、お持ち帰り用にラッピングされた状態で登場。
マリー・アントワネットは、ウィーンで食べ慣れたクグロフを、フランス宮廷に嫁いでからも非常に好んだため、この時代のフランスで、クグロフが大流行。

   ~  *  ~  *  ~  *  ~  *  ~  *  ~

 たくさんお菓子をいただきたい方には、三段トレイにのって現れる『王様のおやつ』(スコーン、焼き菓子、ケーキ2個、お飲物のセット)3,150円の方をお勧めします。
ケーキセット(ケーキ1個、お飲物)は1,470円。
お飲物単品 840円~ ケーキ単品 840円~

メニューは不定期に変更されます。最新メニューは こちら

サロン・ド・テ・ミュゼ イマダミナコ
Salon de thé Musée IMADA MINAKO
東京都渋谷区千駄ヶ谷5-24-2 新宿タカシマヤ4F
03-5361-2992
営業時間 10:00~20:00(土曜日は20:30まで)
定休日  なし(新宿タカシマヤに準じる)
JR・小田急線 新宿駅新南口から徒歩すぐ
新宿タカシマヤ 地図・駐車場案内  新宿タカシマヤブログ

お菓子・お教室に関するお問い合わせ先
今田美奈子食卓芸術サロン
03-3376-6011
受付時間 10:00~18:00

 展示品をゆっくりご覧になりたい時は、午前中または夕方5時すぎに行くのがおすすめです。
場所は4階の婦人服売場の奥です。 4Fフロア地図

  『お祝いのシュガーケーキデコレーション

 『貴婦人が愛した食卓芸術

次のページに続きます
次は、このサロンで絶対に見逃せない逸品ステンドグラスをご紹介きらきら

サロン・ド・テ・ミュゼ イマダミナコ もくじ

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食べログ






最終更新日  2009.12.07 10:49:00
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2008.05.26
食べ応えのある大きなモンブランで有名な、サロン・ド・テ・アンジェリーナ
(本店は、パリのリヴォリ通りに)
日本ではプランタン銀座をはじめ、支店がいくつもありますね。

そのアンジェリーナのシェフ・ド・パティシエ 森木潤一氏が、王妃マリー・アントワネットをイメージしたオリジナルスイーツを作って下さいました。


バラの香りのババロア・シャルロット仕立て

これは、前回ご紹介した、銀座のメゾン・デ・ミュゼ・ド・フランス(MMF)のサロンで行われた17~18世紀フランスの「宮廷の服飾史」の講演会の後にいただいたアンジェリーナのオリジナルスイーツ。

説明には、「ビスキュイ・ア・ラ・キュイエールを敷き詰めて型取った中に、マリー・アントワネットがこよなく愛したバラの香りのババロアと苺を閉じ込め、フランス菓子の象徴とも言える季節感あふれる旬のフルーツを盛り込んで華やかに仕上げました」とあります。

↓アシェットデセール(デザートの皿盛り)仕立てにした一人分。
 ソース・アングレーズが添えられています。


甘さはとっても控えめ。ソースをつけていただいて、ちょうどいい感じです。
意外に思ったのは、薔薇の香りも控えめだったこと。
薔薇の香りといえば、ダマスクローズのはっきりした香りに慣れていましたので、今回の、軽さにちょっとびっくり。

うっかりすると気づかないくらいのほのかな薔薇の香りが、シャルロットを食べ終えた後に余韻となって残ります。
軽いビスキュイとあわさって、非常に上品な印象。

この薔薇の香りが何からきているのか、シェフにお尋ねしました。

ほのかな香りは、「国産の薔薇のエキス」と、もう一つ秘密が。
なるほど、なるほど~~~~。
薔薇を表現するのに、シェフによって様々な方法がありますね。

ところで、映画 マリー・アントワネット以来、すっかりアントワネットのイメージカラーはピンクとなってしまいましたが、肖像画に描かれたドレスは、光沢のある白や青いものが多く、ピンク色のドレスを着る姿はあまり見られない気がします。
(どちらかというとピンクは、セーブル磁器の“ポンパドゥールの薔薇色”もありますので、ポンパドゥール夫人のイメージでしょうか。)

アントワネットが赤いドレスを着た肖像画で最もよく知られているのは、子どもたちと一緒に描かれたこの一枚では


『マリー・アントワネットと子どもたち』 
エリザベート=ルイーズ・ヴィジェ=ルブラン

ただ、こちらのドレスは、「華やかな赤」というよりは、母親になって落ち着いた姿に似合った色合いになっていますね。
マリー・アントワネットは薔薇を好んだ反面、素朴で可憐な矢車菊も好みました。

 アビランド 矢車菊模様

マリー・アントワネットのイメージカラーはピンク?赤?ハート(手書き) と思われたら
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最終更新日  2008.05.28 03:34:05
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2008.05.24
17~18世紀フランスの「宮廷の服飾史」の講演会が、銀座のメゾン・デ・ミュゼ・ド・フランス(MMF)のサロンで行われました。
前回のヴェルサイユ美しき時代の物語の講演に続き、2回目の参加です。
(MMFでこれまでに開催されたプログラム

講師は日本女子大大学院客員教授の田中俊子氏。
“歴史”という切り口からはよく知っている時代ですが、専門家に、ドレスや髪型、レース、リボン、ボタンなどの小物ほか、その時代の流行について解説していただくと、また違った側面が見えてきます りぼん


18世紀フランスのドレス
Eighteenth-Century French Fashion Plates in Full Colorより

講演は、西洋服飾史の年表の解説やスライドを交え、男性・女性の服装について具体的な説明が進んでいきます。

今回のお話をもとに、当時のヨーロッパのファッション事情をざっとまとめてご紹介しますね。

16世紀ルネサンスの頃の織物の先進国はイタリアで、ファッションリーダーは重厚な装いが特徴的なスペイン
17世紀半ば、太陽王ルイ14世が絶対王政を確立させていく時代には、フランスはイタリアの模倣を遥かに超え、優れた絹織物を生産するようになります。
さらにルイ15世の時代になると、華やかなロココ様式が最盛期を迎え、服飾材料のみならず、フランスのモードは世界の注目の的に。

では、何故、フランスの織物は飛躍的な発展を遂げたのでしょう?
それには当然理由があります。

この頃、貴族たちの間では、政治的手腕よりも「エレガントな身のこなし」「優雅な服装」を重視する“宮廷文化”という新たな価値観が生まれていました。

以前はイタリア、フランドル地方から美しいレース等が、大量に輸入されていましたが、服装が贅沢になるにつれ、その輸入量が見過ごせなくなったフランスは、国内の産業を奨励し、輸入を制限。
ベネツィアやフランドルから優れた職人を招聘して技術を学び、必要に迫られたフランス人は、他国にない軽やかで繊細な製品を生み出すようになります。
「宮廷ではフランス製レースを着用するように」とのお達しも出たとか。
            
ルイ14世が強大な王権を持った黄金時代から、フランスの国際的地位が上がるとともにファッションにおいてもフランスが世界をリードする立場になったのは興味深いことです。

しかし、ヴェルサイユの宮廷文化は、美しさを極める反面、一歩踏み外したのでは?と思える爛熟した時代を迎えることとなります。

その最たる例は…


頭に軍艦をのせた奇妙なヘアスタイル”は特に有名ですが、18世紀後半、スカートが広がるにつれ、髪はどんどん高く結い上げられ、髪飾りは装飾過多に。
ついにはその高さゆえドアから中に入れなくなり、馬車の中では狭くて椅子にも座れず、身をかがめなければならなくなるほどの異常なボリュームに。
この頃の髪型を揶揄した風刺画(カリカチュア)は、数多く描かれていますね。

田中先生は、これらの髪型は確かに高すぎるけれど、全体をみると、この時代の宮廷婦人の正装であるローブ・ア・ラ・フランセーズや、後ろでスカートをたくし上げるスタイルのローブ・ア・ラ・ポロネーズとのバランスはとれている、と説明されました。

う~む。そういわれてみれば、髪型だけを見るとかなり“変”ですが、おもいきり幅広く広がったドレスに対しては、このくらい頭が高い方がバランスがいいのかもしれません。不思議です。


姉のマリー・アントワネットとルイ16世を訪問するマクシミリアン・フランツ大公(部分)
1775年
ウィーン美術史美術館蔵 ヨーゼフ・ハウツィンガー画

ルイ16世(中央)は華美な服を好まなかったため、すっきりとした服装。
太陽王ルイ14世の時代には男性の方が贅沢さ、華やかさで女性に勝り、男性がリボン、レースを多用した服を身につけ、リボンのついたハイヒールをはいていた事を考えると、大きく変化しています。

ひらめき マリー・アントワネットの絵画に関しては、フランスで描かれたものは、高く結い上げられた髪に羽飾りといった当時の流行の先端の様子で描かれているのに対し、ウィーンにあるものは、高く結うといっても比較的おとなしい髪型で描かれているような気がします。ウィーンでは、王妃の品位を重んじた姿を想像で描いたのでしょうか…。


2008年6月30日までパリのグラン・パレ・ナショナル・ギャラリーで開催中の
「マリー・アントワネット展」 図録(フランス語)19,950円
MMFで取り寄せ予約することができます
約400ページの、非常に分厚く大きい本! 


↑ロンドンで購入した18世紀フランスのファッションの本 
Eighteenth-Century French Fashion Plates in Full Color
(発行はアメリカ メトロポリタン美術館)

ほぼ同じものが↓楽天にもありました。 ドレスがきれいですよ~
    
Eighteenth-Century French Fashion Plates in Full Color

服飾史の中でも、18世紀フランスのドレスは特別ハート(手書き) と思われたら
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この講演会の最後には、マリー・アントワネットをイメージしたお菓子 をいただきました。

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最終更新日  2008.06.09 01:11:23
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2008.04.28
ヴェルサイユ 美しき時代の物語」というタイトルで、18世紀の美術と宮廷文化の変遷についての講演がありました。
大好きな時代ですので、すぐお申し込みしました 王冠
お話をして下さるのは、青山学院女子短期大学芸術学科 大野芳材教授。

会場は、5周年を迎えたメゾン・デ・ミュゼ・ド・フランス(通称MMF)の銀座のサロン。MMFとは、フランスの美術館・博物館情報を幅広く日本に紹介する機関です。

2回の講演のうち、1回目は太陽王ルイ14世の時代。こちらは残念ながら予定が合わず参加できませんでしたが、2回目のポンパドゥール夫人とマリー=アントワネットについてのお話をお聴きすることができました ハート(手書き)


ダイヤ ポンパドゥール侯爵夫人 (1721~1764年)(のちに公爵夫人)
ルイ15世の公式の寵姫 

前半は、主にポンパドゥール夫人とマリー・アントワネットが登場する18世紀という時代の流れを、年譜も使い解説。

裕福な平民階級出身のポンパドゥール夫人は豊かな教育を受けた教養人で、哲学者ヴォルテールらと親交を持ち、啓蒙思想家ディドロ、ダランベールが編纂した『百科全書』の出版を保護。
ポンパドゥール夫人の肖像画の中に書物を手にしている構図は多く、文学・芸術愛好家であることが表現されています。
(↑左下のモーリス・カンタン・ドゥ・ラ・トゥールによる肖像画で左手の下にある大きな本は百科全書の1巻)
また、ブーシェら画家を庇護、セーヴル王立製陶所を設立など、ロココ美術の強力な支援者となっていました。
(現在は国立製造所と同じ敷地内にセーヴル磁器美術館があります。)


ダイヤ マリー・アントワネット (1755~1793年)
ルイ16世妃 フランス革命により断頭台の露と消える

一方、ハプスブルク家という高貴な家柄に生まれ、フランス王妃となったマリー・アントワネットは、演劇・オペラを愛好するものの、絵画・彫刻などの美術にはあまり関心を持ちません。(書物に対する関心も低い!)
日本の漆器のコレクションは母マリア・テレジア譲り。繊細な美しさの蒔絵を愛したのは、可愛らしい物を好むアントワネットの性格にあっていたのでしょう。

今まで歴史的側面からこの二人を眺めることがほとんどでしたが、芸術・文化に絞ってこの時代を見ていくのはとても面白いですね~。開眼!

ダイヤ また、以前ロココ美術は、自分たちの生きている時代を謳歌するあまり作品が官能的・非道徳的なものに走り、“軽薄”のそしりを受け美術史の中で一段軽く見られていたような気がします。
今回のお話の中で、最近はロココ美術を真剣に研究する人も現れ、以前価値が低いとみなされていたこれらの魅力が再発見されていると知り、嬉しくなりました♪



ちょうど、先日のルーヴル美術館展に触発されて、ツヴァイクの伝記の傑作『マリー・アントワネット』を新訳で読み返していたところなので、歴史的背景はスッキリ頭に入っています☆



後半は、スライドを見ながらこの時代の絵画・工芸品についての説明。
絵画にこめられた意味を読み解いていく楽しみをたっぷり教えていただけました。
もっともっとお話をお聞きしたい~!というところで時間に。
美術史の講演を、ぜひまた開催して下さい~。

ひらめき スライドの中には、ルーヴル美術館展で展示されていた作品の写真も。
図録を確認しましたら、巻末のスタッフ名一覧の[翻訳監修]と[執筆]の所に、大野芳材教授のお名前が。



銀座七丁目花椿通り 椿屋珈琲店のコーヒーとお菓子つきでした。

メゾン・デ・ミュゼ・ド・フランス これまでに開催したプログラム

MMF情報によれば、5月15日から6月30日まで、パリのグラン・パレ ナショナル・ギャラリーにて特別展「マリー・アントワネット」開催。(日本語解説
ああ、見に行きたい!

            
マリー・アントワネット(上)     マリー・アントワネット(下)

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最終更新日  2008.06.09 01:21:47
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2007.07.11
一昨日、宝塚歌劇エリザベート(雪組)を観劇してきました。

2004年6月にウィーンを旅した時の光景が目に浮かびます。
一つ一つの実在の場所を訪れた後の観劇なので、とてもリアルに感じました☆
黄泉の帝王トートは別としてほとんどが実在の人物だと、改めて実感。

冒頭では、ルキーニ登場の後、ハプスブルク家代々の皇族が眠る霊廟で死者が蘇ります。
そこは カプツィナー教会 Kapuzinerkirche 地下の皇帝納骨所 Kaisergruft。
にぎやかな目抜き通り(ケルントナー通り)のすぐ裏にあります。
こんな市内の真ん中に!と驚くほど便利な場所に、そこだけ時がとまっているような沈黙の世界が広がります。

こちらでは、以前、巨大なマリア・テレジアの棺をご紹介したことがありますね。

フランツ・ヨーゼフ皇帝一家の棺は三人が並んでいます。
200406 皇帝一家の棺
2004年 6月
左からエリザベート、フランツ・ヨーゼフ、ルドルフの棺

ルドルフの死は「うたかたの恋」で有名ですが、マリー・ヴェッツェラ男爵令嬢との心中説と、政治的背景のもとに暗殺されたという二つの説があります。
「うたかたの恋」では二人一緒のお墓に入りたい…という願いもありましたが、それは叶わず、皇太子は両親と並んで安置されました。
ここには今でもお花が供えられています。
※ 教会内からは地下には行かれません。外に出て隣の入り口から入ります。

2004 アウグスティナ-教会
2004年 アウグスティナー教会 Augustinerkirche

ウィーン市内、王宮の一角にこの教会はあります。
中に足を踏み入れると、ゴシック様式の高い天井にスッキリと美しいシャンデリアが並ぶ、清楚でエレガントな雰囲気に圧倒されます。
(ハプスブルク家の一族の心臓以外の内臓が安置されているシュテファン寺院 Stephansdom の重々しい雰囲気とは全く正反対です)

このアウグスティナー教会で、“マリア・テレジアとフランツ1世”、“エリザベートとフランツ・ヨーゼフ1世”の結婚式が執り行なわれました。
政略結婚が多い中で、この教会で行われた二つの結婚式は恋愛結婚だったことは興味深いことですね。

(この美しい教会にはハプスブルク家の「心の納骨堂」があり、心臓だけが集められています!)

2004 シェーンブルン庭園
2004年 6月 シェーンブルン宮殿の庭園 グロリエッテ

↑ エリザベートとフランツ・ヨーゼフ皇帝が新婚時代をすごしたのは、夏の離宮シェーンブルン宮殿 Schloss Schönbrunn 。
姑のゾフィー皇太后との確執で追い詰められていくエリザベートは、宮殿を飛び出したくなって外を眺めたりしたのでしょうか。

20040627 旧王宮
2004年 6月 ウィーン市内 旧王宮 ミヒャエル門

ホーフブルク(王宮 Hofburg)は、この写真の旧王宮の他に、新王宮、スイス宮と広大な庭園があり、現在は様々な博物館として公開されています。

フランツ・ヨーゼフ1世の執務室やエリザベートがダイエットのために使った体操器具などもここに残され、公開されています。

2004年4月には王宮内にシシィ博物館がオープン。
エリザベートファンにとってはたまらない空間です♪

シシィ博物館については、写真家の南川三治郎氏の著書『皇妃エリザベート永遠の美』に美しい写真つきで詳しく紹介されています。

ドレスの複製品を見てはウエストの細さに驚き、肖像画の数の多さ、美しさにまた驚き…。

この後、エリザベートはヨーロッパ各地に放浪の旅に出るのですが、そこまで追いかけてみたいですね~。

買いすぎてしまったハプスブルク家やエリザベート関連の本を、またゆっくり読み返してみたくなりました。宝塚の「エリザベート」ももう一度観たい~

          
  
皇妃エリザベート永遠の美』 『ハプスブルクプリンセスの宮廷菓子
南川三治郎・著          関田敦子・著

南川三治郎 著書いろいろ

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最終更新日  2010.06.26 01:34:39
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2007.03.01
テーマ:旅の写真(2743)
NHK教育テレビで放映された地球ドラマチックのTVドラマ悲劇の王妃マリー・アントワネット、ご覧になりました?

待たれていた跡継ぎの王子がようやく誕生するものの、飢餓に苦しむ国民にとっては無策な国王と“赤字夫人”である王妃への怒りが膨れ上がるばかり…。
というところから後編はスタートです。

20060811 ヴェルサイユ宮殿にて 王妃と子ども達の肖像画 ヴィジェ・ルブラン

ルブラン夫人の描く人物は、優しく柔らかな線を持ち美しいので大好きです。
(彼女の絵はルーヴル美術館に数多く展示されています。)
後にフランス革命から逃れてロシアに渡り、その後も肖像画を描いて暮らしました。きっと王妃のことを思い出すこともあったでしょうね。

この絵は、王妃の人気回復をはかるため、家庭的な姿を示すために描かれたと言われています。
しかしながら子ども達に囲まれ、幸せいっぱいのアントワネットはますますヴェルサイユ宮殿を離れ、離宮プチ・トリアノンでの“夢のような”生活に没頭し、国民との溝は深まってゆきます。

~ * ~ * ~ * ~ * ~ * ~ * ~ * ~ * ~ * ~ * ~ * ~

この時代、ルソーが主張する「自然状態への回帰」が注目されていましたが、後にこの啓蒙思想によってフランス革命が大きく動いていくのに対し、この時期のマリー・アントワネットがいち早く反応したのは興味深いことですね。

アントワネットは豪奢な宮殿での暮らしを捨て、ヴェルサイユの一角にあるとは思えないほど静かなプチ・トリアノンという閉じた世界の中で動物を飼い、乳しぼりをし、農業のまねごとをして、まさに「自然の中で暮らす」ことを好みました。

20060811 プチ・トリアノン 王妃の田舎家(アモー)1 
プチ・トリアノン 王妃の田舎家(アモー) 
こういう可愛らしい農家風の建物がいくつかまとまって建っています

大きな問題点は、この自然な暮らしにみせかけた農家の風景が、全て作り物の世界だったことです。
ここには貧困も飢餓も何もありません。本物の農民達の苦しい生活は全くわからないまま、アントワネットの「自然な暮らし」は続きます。

フランソワ・ブーシェフラゴナールの描く美しい絵画のように、こざっぱりとしたシンプルなドレスを着て、リボンを結び、清潔に管理された作り物の農村でのおままごとを実現させるために、地面を整え池を作り、木々を植え、どれだけ莫大な費用が必要とされたのか、アントワネットは知る由もありません。

20060812 ルーブル美術館 ブーシェ フランソワ・ブーシェ

昨年夏、私は3回目のヴェルサイユ訪問で、はじめてこのアモーまで来る事ができました。
この池のほとりにたたずみ、風にそよぐ木々を眺め、少しの間ぼーっとしてみました。

そして実感したことは…。
この天国のような地にいては、同じ敷地内にあるヴェルサイユ宮殿の喧騒も全く聞こえず、ましてやパリは遥か彼方。
ここで毎日を過ごしているのなら、革命の炎が燃え上がろうとも、全く別世界の出来事としか思えなかったでしょうね。
静かな静かな平和な天国。実際に暴徒がヴェルサイユになだれこんで来るその日まで、アントワネットは夢の世界に暮らしていたのだと、実感できました。

映画「マリー・アントワネット」のラストに近い頃、アントワネットの服装はどんどん簡素になり、大輪の薔薇ではなく野に咲く小花に囲まれ、風の音を聞き…というシーンが丁寧に描かれていました。あの場面を見た時、ソフィア・コッポラ監督も、あの場に立ち、その「天国」の様子をスクリーンいっぱいに伝えたかったのかな~、と想像してしまいました。
私にとって映画の中のあの「自然」のシーンはそういった意味でとても印象的でした。

20060811 プチ・トリアノン 王妃の田舎家(アモー)2 王妃の田舎家

ヴェルサイユに観光の際は、ぜひプチ・トリアノンから一歩奥に入り、王妃の田舎家(集落)までおでかけ下さいね。そして風の流れを感じてみて下さい。

 『マリー・アントワネットとマリア・テレジア秘密の往復書簡

 
↑ シュテファン・ツヴァイク著 『マリー・アントワネット(上)』 『マリー・アントワネット(下)

↓ 映画の原作 アントニア・フレイザー著『マリー・アントワネット(上)』 『マリー・アントワネット(下)

  

映画もテレビも「マリー・アントワネット」に注目!と思われたら
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マリー・アントワネットの足跡をたどる写真の旅 もくじ

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最終更新日  2008.01.21 02:07:03
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2007.02.28
TVドラマ悲劇の王妃 マリー・アントワネット』は、資料を基にドキュメンタリータッチで描かれます。

20060811 ヴェルサイユ宮殿 アントワネットの胸像 アントワネットの胸像

ドラマの(前編)では、14歳でウィーンから嫁ぎ、若くしてフランス王妃となったマリー・アントワネットが、両国間の絆を強めるための跡継ぎ出産を強く望まれることに苦しみ、宮廷の堅苦しい儀式の数々から逃れるように華やかなファッション、賭け事、パーティーに明け暮れるようになる様子が淡々と描かれています。
念願叶って長女マリー・テレーズを出産。ヴェルサイユの敷地内にある離宮プチ・トリアノンをプレゼントされた王妃は、親しい友人ばかりを集め、自分が創り出す理想の世界にこもり、招待されない大貴族の反感もかうようになっていきます。
そんな時、心の支えであった母、オーストリア女帝マリア・テレジアを亡くし、暗い影が忍び寄ります。


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豪奢なヴェルサイユ宮殿から離れたアントワネットは、夫ルイ16世に贈られたプチ・トリアノンを自分の好みの世界に変えていきます。

マリー・アントワネットロココ(ルイ15世様式)の代表のように言われますが、実は彼女が愛したのはネオ・クラシック様式(ルイ16世様式)
ロココの曲線美とやや装飾過剰のデザインに対し、家具の脚などには直線を使い、小さな真珠、リボン、小花などの可愛らしいモチーフと組み合わせた意外にスッキリとしたデザインを好んでいます。

20060811 プチ・トリアノン離宮 王妃の寝室
プチ・トリアノン 王妃の寝室

ロココの猫脚の家具と比べ、脚が直線になっているのがおわかりでしょうか?

アントワネットは「羽飾り宝石に囲まれた浪費女」という当時のフランス国民の描いたイメージが、プチ・トリアノン内部を見るとちょっと変わってきますね。
とてもエレガントな趣味のよさを感じます。

ヴェルサイユに観光の際は、ぜひプチ・トリアノンまでおでかけ下さいね。プチトラムも走っていますので(乗る時には並びますが)、あっという間に到着します。

20060811 プチ・トリアノン離宮 王妃のサロン
プチ・トリアノン 王妃のサロン

ところがここで大きな問題が。
有名な「首飾り事件」に象徴されるように、アントワネットの浪費は数多くの宝石ドレス賭博に目がむけられがちですが、このプチ・トリアノンに莫大な費用がかかったことも忘れてはなりません。

アントワネットの宝石ドレスも、ましてや賭け事に消えていったお金も、現在目にすることは難しいのですが、プチ・トリアノン離宮の室内装飾や(次のページでご紹介しますが)アモー(王妃の田舎家)は、現在もその姿に近いものを見ることができ、世界中からヴェルサイユを訪れる観光客の心を捉えています。

アントワネットが遺したプチ・トリアノンでの生活様式を眺めると、切ない気持ちでいっぱいになりますね。

[4]プチ・トリアノンの王妃の田舎家について に続きます

 『マリー・アントワネットとマリア・テレジア秘密の往復書簡

 
↑ シュテファン・ツヴァイク著 『マリー・アントワネット(上)』 『マリー・アントワネット(下)

↓ 映画の原作 アントニア・フレイザー著『マリー・アントワネット(上)』 『マリー・アントワネット(下)

  

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最終更新日  2008.01.21 02:02:12
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2007.02.21
「パリの人々はマリー・アントワネット嫌い」ではないかと、ずっと思ってきました。
前のページ[1]にも書きましたが、今のパリの町にはアントワネット人形もなく、肖像画がパッケージについたチョコレートの様なお土産物も見当たらず、アントワネットグッズを探すのは困難といえるでしょう。

昨晩放映された「地球ドラマチック」の“TVドラマ版”『悲劇の王妃マリー・アントワネット(前編)』 は、いい意味で私の想像を裏切りました。
アントワネットを浪費家の悪女として描くのではなく、母であるオーストリア女帝マリア・テレジアとアントワネットとの間で交わされた書簡史実をもとに、ナレーションにあわせ淡々と場面が進んでいきます。
映画で説明の足りない部分を、このナレーションが補っているような錯覚に陥ります。

20060811 ヴェルサイユ宮殿 鏡の間
ヴェルサイユ宮殿 鏡の間

史実ですから当たり前なのですが、映画と同じ場面が多く見られましたね~。
特に、どちらも、表面は華やかに遊んでいても「世継ぎが産めない」アントワネットが次第に深い孤独に追いこまれていく様子が印象的でした。見ていて切ないシーンです。このあたりはソフィア・コッポラ監督が丁寧に表現していますね。

20060811 ヴェルサイユ宮殿 王妃の寝室 王妃の寝室 
こんなに華やかに美しい寝具も、史実を知ると見方が変わってきます。
マリア・テレジア女帝に「オーストリアとフランスの友好を保ち、王妃の立場を確固としたものにするためには跡継ぎを生まなければならない」と言われても、年若い乙女のアントワネットが夫ルイ16世を“その気にさせる”というのは非常に困惑する指示だったと想像できます。
  
歴史に「もしも…」は禁句ですが、もしアントワネットの兄(後のヨーゼフ二世)がもっと早くに助言に訪れ、早い時期に子どもに恵まれていたら、と考えずにはいられません。

2004 パリ・オペラ座内部見学 パリ・オペラ座 仮面舞踏会はここで

太陽王ルイ14世の時代に定められた窮屈で時として馬鹿げた儀式を単調にこなさなければならないくアントワネットは、宮殿で息がつまりはじめ、パリへ脱出。仮面舞踏会賭け事と、夜遊びへ興味の矛先をむけていきます。

20060811 ヴェルサイユ宮殿にて 王妃の肖像画 王妃の肖像画
(絵葉書としてもよくみかける絵です。自分で写真を撮る時には、額も入れて撮るようにしています。豪華な絵画にふさわしい立派な額も目の保養に)

髪を高く結い上げ羽飾りをつけ、アントワネットのファッションはどんどんエスカレートしていきます。風刺画にも残されている奇妙な髪型の中でも、特に笑える「軍艦」を頭の上に飾る仰天エピソードは、映画でもテレビでも取り上げられていました。

(ちなみに、宝塚歌劇「ベルサイユのばら星組東京公演のプロローグでは、白羽ゆりアントワネットが、よく見ると頭にこの軍艦をのせていたので思わずオペラグラスを握る手に力がこもりました。
となみアントワネットは美しく貫禄もあり、ラスト近くで子どもたちと引き離される緊迫した新シーンは迫力満点。彼女の次回作「エリザベート」が楽しみです☆)

マリー・アントワネットの足跡をたどる写真の旅[3] へ続きます

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 『マリー・アントワネットとマリア・テレジア秘密の往復書簡

 
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最終更新日  2008.01.21 01:55:23
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2007.02.20
まず最初はマリー・アントワネットの祖国オーストリアウィーンの夏の離宮シェーンブルン宮殿から。
少女時代のアントワネットは、母である女帝マリア・テレジアのもと、公式な行事の時以外は、のびのびと育てられていました。

20040626 シェーンブルン宮殿
宮殿の色は明るいマリアテレジアン・イエロー
この写真だとよくわからないですね~。ごめんなさい。

20040626 シェーンブルン宮殿の庭園
2004年6月 シェーンブルン宮殿の庭園 朝のお散歩の時に撮影

NHK教育テレビ地球ドラマチックで、今週と来週の二夜にわたってフランスの制作によるドキュメンタリードラマ悲劇の王妃マリー・アントワネットが放映されます。今晩7時、お見逃しなく!

2007年
2月21日(水)前編
2月28日(水)後編
19:00~19:45

ドラマの部分と歴史的資料を基に緻密に構成された真実の部分の両面から、悲劇の王妃の実像に迫ります。

(この番組の情報は、いつもコメントを下さるトルテさんが教えて下さいました。
ありがとうございます!)

ウィーンでは、あちこちにエリザベート皇后の肖像画が飾られ、お土産物屋さんでも肖像のついた物が多く売られています。またマリア・テレジア女帝もたいへん人気で、墓地でも最も立派な棺におさまり、所々で国民に愛されていると感じられました。
それに対し、フランスでは、ヴェルサイユ宮殿の中でこそ王妃マリー・アントワネットの肖像を見かけたものの、パリでは、全くといっていいほど無視された状態だったのを思い出します。

パリの人々はナポレオンのことは英雄として今でも慕い、アンヴァリッドのような立派な場所で永遠の眠りにつく元皇帝を称えていますが、マリー・アントワネットに関しては冷たい冷たい。
シュテファン・ツヴァイクが書いた有名な伝記によって、「悲劇の王妃」とされたマリー・アントワネットを、フランスの制作会社がどう描いているのか、とても楽しみな気がします。。。

マリー・アントワネットについては[2]に続きます

 
↑ シュテファン・ツヴァイク著 『マリー・アントワネット(上)』 『マリー・アントワネット(下)

↓ 映画の原作は、アントニア・フレイザーの『マリー・アントワネット(上)』 『マリー・アントワネット(下)

  

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最終更新日  2008.01.21 01:40:41
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