峠のヒルクライマー(7)ブレーキが・・・
レコードタイムは出せると確信していた遼であったが、これはバトルではなく、あくまでタイムトアイアルなので、僅かなミスの積み重ねでタイムを失うことを強く意識していた。ブレーキングドリフトも視界のきくコーナーだけのものであったし、右のブラインドコーナーで右一杯をクリップして走りたい誘惑を安全の為にこらえて走った。スロットルを開けている時間が長いほどタイムは必然的に良くなるものなのだが、ブラインドコーナーの先が緩やかな曲率のときは加速しながらのコーナーリングになって、ノンスリップデフの無いGTXは本当に苦しかった。ブラインドコーナーで思い切り突っ込んでいけない分どうしてもハーフスロットルで入ってゆくし、下がりすぎた速度からの加速では、内輪が浮き上がって、甲高いスキール音の後に車輪が再接地してギャっと鳴いてエンジンの回転が落ちる・・・・。「この次はノンスリップデフを組んで来よう」そう決意する遼であった。もう少しで頂上だ、と思っていると今日始めての対向車とすれ違った。ヘッドライトでその接近もわかったのでべつだん危険は無かった、ほんの僅かなタイムロスでしかないが、たびたび対向車に出会えばタイムはどんどん悪くなるものだ。もう少しだ、178番目のコーナーを過ぎたその時、ブレーキの反応が・・・・・、ガガガと言う感じの音が出て、べダルに振動が伝わった。「パッドだ!!」まだ充分持つと思っていたパッドが無くなった!もう強くは踏めない・・・。あと5つ、アト5コーナーでゴールだ。ブレーキングドリフトの多用のせいか?いやタイムアタックという極限的なブレーキングを行うせいであるに違いなかった。「くそう・・・・何てこった!」パッドを交換してこなかった自分を悔やんだが、仕方ない。ラスト数コーナーではブレーキをろくに踏めないのでややロスをしたがそれでもタイムは出たと思った。”長野県“の看板を過ぎたところでパセンジャーがストップウオッチを押した。「どうだ?」遼は聞いた。「**分23秒」パッセンジャーの声が一際大きくなった。 危なかった、もう少し早くパッドが無くなっていたら今日のチャレンジは何にもならなくなるところだった・・・・・。「しかしまいったな・・・・日曜日にこの車のパッド持ってる修理やさん開いてないだろう・・・・」軽井沢の町に車の修理工場は少ないし、あったとしても日曜日、合うブレーキパッドの在庫を持っている可能性は低いのだ・・・・・・・・。記録を破って自分がレコードホルダーとなった嬉しさもほとんど感じることも無く、遼は左に線路を見ながらトロトロと旧軽井沢の町に向かう坂を下りていった。つづく