英国の水彩画
「英国の水彩画」斎藤泰三著 という本を読みました。英国の水彩画に関しては2年前の秋「巨匠たちの英国水彩画展」というのを見て衝撃を受け、絵の見方が根本的に覆されました。それまでも美術展にはわりとよく行っていましたが、その目的は有名な画家が描いているから、世界史に出ている人物が描かれているから(ハプスブルク展など)、映画で見たことがあるから(カラヴァッジョなど)のどれかでした。まったく予備知識がなくたまたま入った美術展でターナーの水彩画、特にリギ山とヴェネツィアが描かれた絵に一目ぼれ、絵の前から離れられなくなりじっと見ていたら涙まで出てきた、絵を見てこんなにも心が揺さぶられるのは初めての体験でした。後半にあったそれらの絵を見て、もう1回入口近くまで戻り、ターナーの絵を全部見直したくらいです。それからというもの、画家での私の中のベスト1はターナーになり、去年秋の「ターナー展」は全部で4回行きました。私の絵に対する考えを根本から変えた英国水彩画について書かれたこの本は歴史的背景や日本との関係、画家1人1人の生涯や代表作に、絵についての考え方なども詳しく解説してあってとても興味深いものでした。英国の水彩画は日本でも明治時代とても愛され、島崎藤村などは実際野外で水彩画を描いたようです(「千曲川のスケッチ」という著書があるけど、本当にスケッチをしていた)英国は最初絵に関しては後進国でした。中世の美術が百年戦争やバラ戦争、さらにはヘンリー8世の宗教改革やピューリタン革命などでそれまでの芸術が徹底的に破壊され、不毛の地となっていたからでした。それがオランダとの結びつきで少しずつ絵画が入ってきて、産業革命で経済的に豊かになった市民が増え、絵の需要が高まって多くの職業画家や版画家が出て、それが次第に精密になりまた詩情豊かな絵が描かれ、ガーティンとターナーという同じ年の天才が現われて英国水彩画は頂点まで高められる、芸術は歴史的背景と個人の才能がちょうど一致した時に奇跡のような発展をとげると思いました。この本で紹介されている画家の中で特に気になったのがアレギザンダー・カズンズとジョン・ロバート・カズンズの父子でした。父アレギザンダーはまずロシアで生まれ、ピョートル大帝の隠し子であったという噂があったという出生からしてドラマチックです。隠し子であるかどうかはともかく、彼の父は造船技師で皇帝に仕え、アレギザンダー自身ロシア宮廷とは関係が深く皇帝の命令でイタリア留学をしています。ロシアで生まれイタリアで学んだスケールの大きさが芸術にも影響するのでしょう、彼の水彩画は理想的な美を追求し無限の宇宙を感じさせるところで単色や豊かな色彩を持つかの違いはあっても50年後のターナーと通じるところがあると書いてありました。その息子であるジョン・ロバート・カズンズは画家としては父よりも有名になり、ターナーにも大きな影響を与えていますが、後に発狂して死んでいます。この人以外にも同じ時期の水彩画家で40代で自殺した人がいたり、ターナーと同じ年の天才画家ガーティンは27歳の若さで夭折していたり、芸術家の人生は死や狂気と隣り合わせで、そういうぎりぎりの崖っぷちを知らなければ人を感動させる本当の芸術は生まれないのかもしれないと思いました。ターナーもまた幼い頃に妹が亡くなり、母も精神病院で亡くなるという不幸を背負っていました。ターナーの親友であり最大のライバルでもあった天才画家ガーティン、夭折した天才などというとついつい孤独で暗いイメージを持っていたのですが、彼自身はターナーとは違って明るく快活、多くの人に慕われ後継者も多かったようです。ガーティンの絵の解説をよく読んで口絵を見てみると本当に詩情があって素晴らしいです。2年前の英国水彩画展、その時はガーティンの絵は夭折したターナーの親友の絵という興味でしか見ていなかったし、カズンズ父子の絵に関してはほとんど記憶に残っていない、もったいないことをしていました!イギリスに行く機会があったらターナーの絵はもちろんのこと、他の水彩画家の絵もじっくり見たい、いや水彩画を見るためだけでいいからイギリスへ行きたいと強く感じました。《送料無料》英国の水彩画 新装版価格:3,990円(税込、送料込)