|
カテゴリ:カテゴリ未分類
――でしょう? だからよしなさい
って、言ったのよ、私。 ――でもよ、そこがやっぱり あのひとなのよ、 言うこと きかないんだもの。 《路地裏。晩秋。 青い空。 柿の木に 熟れきった実が一つ》 みなわ ひとし 夜の公園を冷たい風がわたる。 どこからか甘いかほり。 ベンチのそばの柊が 小さな白い花を咲かせていた。 (こんばんは) ネットカフェのドアを開ける。 ストーブのまわりに 「あおりんご」のメンバーがそろっている。 あおりんごは、パソコン仲間の情報発信の場。 毎月第三土曜に、メンバーが三々五々 集まってくる。 要するに、飲み会ってことね。 「ということは、風祭さん、旅に出てないってこと?」 やせたソクラテスのような風貌の小野さんがつぶやく。 「そうきめつけるのは、よくないよ」 と、のっそりグマみたいな梁井さん。 「あら、行ったその日の夜に、駅にいたんだから、 行かなかったことは事実でしょ」 数学の証明問題を解くように、 理路整然とした安江さん。 喜一さんがカウンター越しに顔をのぞかせる。 「運んでくれますか」 (こんばんは。これ運べばいいの) 「ええ。あともらったウイスキー持ってきます」 今夜の喜一さん、こころなしか元気がない。 買ってきたお惣菜を並べて、 いただきものや持ち寄った酒、サケ、さけ。 「では、乾杯!」 グーイ。ああ美味しい。私はまずビールにした。 「私、これ好きなのよね」 赤玉ポートワインをもった安江さん、 ほんの少し飲むと、ぽーっと紅色になって、 やわらかいヒトになる。 (懐かしい。子どものころ、 ほんの少し飲ませてもらったわ) 後ろでバタンと音がして、 ハッと、振り返る。 「やあ、どうも、どうも」 小坊主の元さんが、日本酒をもってやってきた。 「なーんだ、キミでしたか」 喜一さんが、気落ちしたような声を出した。 「ボク、招かれざる客ってこと?」 安江さんと私が、そろってうなずいた。 「チェッ」 すねた元さんに、喜一さんが 「まあ、飲んで」 と、グラスを差し出す。 バタン、またドアの開く音。 桃子ちゃんが立っている。 「なーんだ」 こんどは梁井さん。 「桃子、どうしたの」 喜一さんが、とがった声を出す。 「ちょっと待ってて」 桃子ちゃんが、ドアの外に飛び出した。 「ほらほらー」 桃子ちゃんの声にうながされて、 風祭さんが入ってきた。 「お帰りなさい」 と、喜一さんがうれしそうに微笑んだ。 「キミ、キミ、旅はいったい、どうした……」 悪いけど、酔っ払った小野さんの靴を ちょんちょんギューっと踏みつけた。 風祭さんは、カウンターの上に、 泡盛とシーサーの置物、それにちんすこうの袋を 黙って並べていた。 そして、私たちのほうを見て、 「土産、です」とにっこり笑った。 「沖縄、どうだったの?」 泡盛でべろべろになった梁井さんが聞く。 風祭さんは、窓ガラスをジーッと見つめて、 少し黙っていた。それから、ゆっくりと、 「青い空が、どこまでもどこまでも広がって、 そんなところでした」とにっこりした。 桃子ちゃんが、隅っこで手招きをする。 「公園で、会ったの。 ちょうど柊の木のあたり、 うろうろしてたよ。 無理につれてきたんだけど よかったかなー」 (よかった、よかったわよ。 ありがとう) 「じゃ、お父さん迎えにきてるから」 桃子ちゃんが、可愛く手を振った。 風祭さんの泡盛は、 みなを桃源郷に誘ってくれた。 風祭さんの笑顔は、 みなを安らぎでつつんでくれた。 しんしんと夜が更けていく。 楠田レモン お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
|