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スケッチ2
春 突風が 帽子ごと わたしをとばした みなわ ひとし 「今年は 満開の桜の下で 入学式ができるのね。 わたしの入学式も そうだったわ」 数日前の母のことばが 鮮やかに蘇る。 春風に舞う桜が ほの白く薄紅添えて みている桃子まで、 ほんのり紅に染まりそう。 桃子の髪に花びらがひとひら落ちてきて。 あら、靄が立ちこめて いつのまにやら桜は みえなくなってしまった。 桃子は深い霧の中に たたずんでいる。 前に進もうにも 何もみえない。 途方にくれて佇んでいる桃子の前に かすかにみえる三本の道すじ。 右手の道にいるのは あれはたしか叔父の喜一だ。 白いポロシャツにジーンズ なんだかスリムになったみたい。 喜一が後ろを 振り返る。 白いワンピースの少女は レモンさん? ふたりは桃子をみとめると そろって手を振っている。 桃子が近づこうとすると、 ふたりはなぜか雲のエスカレーターに乗って 少しずつ遠のいていく。 左手の道には、親友のトモちゃんと ナッちゃんが桃子に向かって 何かしきりに叫んでいる。 後ろから野球部のゴロウくんも。 少し前まで桃子があこがれていた男の子だ。 ゴロウくんが「おいでよ」というように 手招きする。桃子は友達のほうに 駆け出した。 なのに、三人は桃子を無視するように くるりと背を向けて 消えてしまった。 霧が少しずつ風に乗って ゆらゆら動き出した。 桃子は、真ん中の道に しせんを移した。 霧の切れ間に 男(ひと)が後ろ向きに 立っている。 誰だろう。目をこらすと、 短く五分刈にした男、短足だ。 わかった、元さんだ。 霧がすーっと消えていく。 それとともに元も消えている。 なぜ? なに? わたしは誰のところにも いけないの? 桃子は心細くなって 涙ぐんでしまった。 なぜ?と叫ぼうとするが 声は出ない。その瞬間ふーとあたりが 真っ白になって意識が薄れていった。 ほんのり桜の花の香りに 包まれて、桃子はいる。 誰かの胸に顔を うずめているみたい。 おそるおそる見上げると 心配そうにみている 元の顔があった。 桃子の頬が紅色に 染まった。 桃子はわけもなく 元の腕の中でもがいた。 元の腕が やさしく強く 桃子を抱きしめて 離さない。 どうしよう。 「起きなさい!」 いきなりまぶしい光の中に 放りだされた。 「まったく、何時だと思ってるの。 言いながら、母がカーテンをあけていた。 桃子はベッドの中で 目をぱちぱちさせている。 「ユメだ。夢なのよね」 それからのろのろと 起き上がった。 「始業式に遅刻して どうするの」 母の小言がエンドレスに続く。 桃子はあわてて制服に着替えた。 白い一本線のセーラー服。 いまどきセーラー服なんて 古いよね、とトモコたちは言うが、 桃子はセーラー服が好き。 だって前にテレビで見た 「白線流し」みたいで ステキじゃない、 とこころひそかに 思っている。 にしても、さっきのユメ なんだろう。どうしてみちゃったんだろう。 うーん、誰にも言えないよ。ヒ・ミ・ツ。 桃子は白いリボンを きゅっと胸元で結ぶと すました女子高生の顔になった。 楠田レモン お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
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