|
カテゴリ:心と体
体温は36.5度。
排便は3つ半。 もう随分と冷え込みが強くなった。 エアコンの暖房を使うほどでもなく、肌寒いなと思っても、厚着をして過ごすほどでもない。 そんな夜中を過ごし、寝て、翌朝を迎える。 そんな言葉にすれば普通の事。 だけど怪我をしてから、初めて寒い季節の就寝に幸せを感じた。 あれは入院していた頃。 3月に救急車で運ばれ、二度の転院をして再び寒い季節を迎えていた。 自宅に帰るに帰れず、家族が日帰りできる距離で見つけた病院はとても古く、療養型の6人部屋を借りることになった。 6人部屋とはいえ、既に物置だった部屋。 3人分のスペースを整えて使えるようにしてもらった。 もちろんスタッフは知っていて、とてもお世話になっていたのにこんなことを言うのは忍びないが、床が傾き隙間風が入るような部屋。 部屋が広く暖房を使っても全く効かない。 乾燥してカラカラの空気。 1人で過ごす闇夜。 急性期で体中がパニックになっていた時とは違い、感覚の残った頭のてっぺんから肩の上までがとても寒い。 度が過ぎた厚着をするわけにもいかず、ニット帽をかぶりマフラーをしてデスマスクのように顔を出す。 乾いた空気で喉を痛めるのを防ぐために、鼻近くまで引き上げた毛布をドーム状にして、吐く息で湿気を補う。 マスクなんて着けたら最後、自分で外すことのできない凶器などをする気にはならない。 常に全開で唸りを上げる加湿器は、所詮気休め程度。 その頃ようやく動かせるようになったのは、両腕とも、横に開く動きと肘を曲げる動き。 しかしその力は無いに等しく、布団どころか毛布の重みにさえ負ける。 そんな動きでも使えるように改造してもらったナースコールを押すまでに、わずか20センチほどの距離を何10分もかけてモゴモゴと毛布とシーツの間を這いずる腕。 しかし腕を掛け物から出せば最後、二度と戻ることはない。 さすがに零度とは言わないが、激寒の部屋に放り出された腕はあっという間に冷えて、冷感を失っているのにもかかわらず、日中とは違う痛みが襲ってくる。 だから寝るなんて、限界が来た時だけ。 後は夜明けを待って堪える。 床ずれを予防するために定期的に体の向きを変えてもらえる時間まで、余程のことがなければただただじっと時が過ぎるのを待っていた。 やがて我が家で過ごすようになり、声をかければ来てもらえる環境で寝られるようになった。 さすがに寝ているママちゃんを起こすのは気が引けるから、よほど体調が悪くない限り体位変換の時間か朝を待つ。 それでも、1人でどうにもならない世界から解放された安心感を持つことができた。 暖房がある。 加湿器もある。 どちらも望むように機能してくれている。 とてもありがたい環境で就寝できるようになったが、体の問題だけは残っている。 年々トレーニングの成果で腕が動くようになり、それは嬉しいが、不用意に掛け物から腕を出す機会を増やすことになっていた。 痛い。 迂闊に出してしまった腕は、あの病院ほどでは無いにしろ、冷えた布団の上でただ転がっている。 一度でも出してしまえば二度と戻ることがないのは相変わらず。 入院時には日々生き延びる事に精一杯で、しかも麻痺によって色々なことに気づいていなかったのだろう。 今となっては、さすがにそこまでじゃない。 心が落ち着いた分、気になることも増える。 気になって迂闊に腕を動かせば、あっさりと寒い目に合ってしまう。 そう簡単に動けないように、毛布や布団をしっかりと被せるのもありだろう。 しかしそうやって気づいた恐怖があった。 拘束恐怖症とでも言えばいいのか? 腕を動かせない事に凄まじい恐怖を感じるようになっていた。 息ができなくなるかと思うほど呼吸が荒くなり、麻痺で体は動かないが心が恐ろしく震えている。 麻痺で汗は出ないが、普段感じることのない異常な気持ち悪い皮膚感覚が顔に現れる。 それは気付けば、どんな時でも起こるようになっていた。 自分が認識していない状態で手を押さえられていたとする。 腕を動かそうとしても、もちろん動くはずがない。 押さられていることを知っていれば大丈夫だが、それを知らなければとてつもない恐怖が襲ってくる。 再び完全なる麻痺になったのだと思えて。 そして迎えた13度目の凍てつく夜。 床ずれ予防のために体を横向きに変えてもらい、毛布を頭しか出ない程にスッポリと掛けてもらい、布団を肩までシッカリと掛けてもらった。 今はトレーニングの成果で、身体の色々な部分で温感や冷感も回復してきている。 特に動かすことが多い腕は、随分と変わっている。 顔はスーッとしているが、首から下は暖かい。 あー、気持ちいい。 暖かさを感じることは、こんなにも心を幸せにできるのか。 しかしせっかく掛けてもらった毛布だが、少し塩梅が悪くてふわふわがほっぺたをコチョコチョして、気になって眠れない。 でもこの程度ならジタバタしながらほっぺたを撫でて、コチョコチョされない程度に毛布を整えて寝ることができていた。 去年は。 今は去年のこの時期とは違い、かなり腕と肩が動かせるようになっている。 整えるために腕を持ち上げ毛布と布団を持ち上げる。 いや、手首から先はまだ回復していないから、持ってはいないか。 肘で浮かせている状態。 しかしそれが驚くほど楽にできた。 毛布や布団が驚くほど軽かった。 それに驚きつつも、腕を出してほっぺたのコチョコチョを解放して、さぁどうしようかと思ったが、また驚きが現れた。 腕を戻したい… 戻そう… そう思っていたら反対側の腕が肘を曲げて、ほっぺたに向かった腕が動いてできた隙間に入り込み、その空間を支えていた。 そしてあたかも当たり前のように、一仕事終えた腕がスッと毛布の中に消えていった。 凄まじい衝撃と感動が全身を襲った。 もはや現代ではパワハラと言われてもおかしくないような日々を送っている腕。 よくこれまで俺と頑張ってくれた。 そのおかげで、初めて怪我をしてから、布団の中に腕を戻し、納得のいくように布団と毛布を整えて、再び眠りにつくことができた。 暖かい… これからは幸せを感じながら寝られる夜が来るのか… ありがとう。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
[心と体] カテゴリの最新記事
|