綿矢りさ『かわいそうだね』
綿矢りさ『かわいそうだね』を読む。表題作は、彼氏が元カノを自分の部屋に住まわせる話。樹理恵の彼氏で帰国子女の隆大が、「アメリカでつきあっていた元彼女・アキヨが就職できずに困っている。家賃を滞納してアパートを追い出されたアキヨを、自分の部屋に住まわせたい」、と言い出す。許してくれないなら別れるしかない、とまで言われ、樹理恵は二人の共同生活を認める。アキヨという女性が、気持悪いくらいリアルに描かれている。樹理恵はアキヨについて、「何かが大きく欠落している」と言う。隆大の携帯を覗き見たことで、アキヨが隆大につきまとい、「元鞘には戻らない」という樹理恵との約束を踏みにじっていることがわかる。樹理恵には、「モラル」が欠落していたのだ。無神経。鈍感。自分のことしか、考えていない。隆大が、自分を追いかけて日本にまでやって来たアキヨと結局別れた理由が、アキヨのキャラクターが明らかになってくるにつれて、明示されていなくても読者には伝わる。隆大は、樹理恵を愛している。アキヨと元鞘におさまる気持ちは、まったくない。それでも、アキヨは隆大につきまとい、隆大の部屋を――つまりは、樹理恵と隆大の関係を、浸蝕していく。そばにいられたら、こちらの生きる力を奪い取られていく。そういう人間が、存在する。アキヨは、それだ。結局、樹理恵と隆大は、破綻する。部屋を飛び出した隆大を、アキヨが追う。ひょっとしたら、この後、隆大は樹理恵と元鞘におさまるのかも知れない。しかし、そのことで隆大は、日本という〈異国〉で生きていくバイタリティを喪失していくと思う。アキヨを厭うた時点で、隆大は、彼女を捨てたのだ。自分のせいで生活が壊されたことに責任を感じ、樹理恵と別れてでもアキヨの面倒をみようとするのは、偽善であり、隆大の自己満足に過ぎない。ときとして、どうしても非情にふるまわなければならないことがある。非情であることが、誠意であることが。樹理恵は、そのことを知った。「かわいそうだね」という言葉のもつ〈嘘〉に気がついた。だから、すべてを破壊するしかなかったのだ。それに気がつかない隆大は、自分自身を破壊することになるのだろう。