目で見ているのではなく、意識で見ている。
我が家の玄関に見事な紅梅の盆栽が満開の花をつけています。それを私は知りませんでした。何度も本日、出入りをしたのに。梅の盆栽があったことも気づきませんでしたし、花が咲くことを望むことなんて、これっぽっちも意識になかったからです。梅に限らず、当然わかっても良さそうなことでも、意識をしなければ全然頭に入ってきません。「信号機は右のライトは赤か青か」「電気のコンセントの穴の長いのは、右か左か」そもそもコンセントの穴に違いがあるって知っていました?見てるはずですよね。目で見えてても、それが自分に関係がないからです。私たちは信号機は色で判断します。右か左かでは判断しません。コンセントはどっちに刺しても電気は流れます。関係があるのは、電機屋さんだけです。私たちは実際に見ているのは、目ではなく、脳だということがわかります。脳というよりも、意識が作り上げたイメージを見ているのです。自分が作った映画を自分で見ているのです。ですから、このワナから抜け出すのは、とっても難しいのです。でも、だからこそ、この自分で作った自分の映画を変えられれば、一機に現実を変えられるのです。見えなかった問題の解き方が、突然見えてくるのです。景色が変わるのです。