今日も遅くなってしまったので、短めに(^^ゞ
時に、自分の立っている場所を、高いところから、遠くから
小さく眺めることが、大切だと思う。
先日、実に久しぶりに「新幹線」に乗ったとき、そう思った。
都市から水田へ、山や海が見える光景へ、そしてまた都市へ。
新幹線に乗っていると、いくつもの県をあっという間に越えて
景色はどんどん変わっていく。
それをずっと、窓から眺めていた。
眺めながら、考えた。
私の日々暮らす行動範囲は、何と小さく、狭い世界なんだろうと。
そして、私という人間も、抱えていると思っていた問題も
何と小さいものなんだろうと。
こんなふうに風のように景色は移り変わり、県などあっという間に
越えてしまえるのに、私は毎日ひとつの場所で、通勤でせいぜい
数十キロをせっせと往復し、目の前のものにエネルギーを
費やしているのだなぁ...
新幹線からの景色は、まるで空飛ぶ鳥になったような気分だった。
こんな風に見れば、私の毎日の行動範囲なんて、ちょこまか
したものだ。
県をいくつも越えれば、自分のいた県は、多くの地域の一つに
過ぎないと感じることができる。
さらに日本を全体で見れば、県などただの「区分け」に過ぎない。
京都のような古都も、広大な自然の北海道も、美しい沖縄の海も
他県の資源ではなく、私たち「日本人」が共有する誇れる宝なのだと
感じることができる。
そしてさらに地球規模で見れば、「日本」という国さえ
数ある多くの国、文化のひとつに過ぎないと、感じることができるのだろう。
そうなると、宇宙船から初めて「地球」を眺めた人間が
その国境、大陸の別さえ越えて、地球を太陽系に属する
水と生命の美しいひとつの「惑星」なのだと捉えたその心が
何となく、わかる気がした。
こんなふうに、時に自分の視点を、ずっとずっと高いところに
引き上げることって、大切だなぁ...
新幹線からの景色を見ながら、そんなことを考えた。