ボランテイアの花おじさん。
今の仕事場のマンション、隣は会員制のホテル、そのホテルの裏、鴨川河川敷公園と接するところの花壇、この花壇を時折手入れをしているおじさんを見かけるようになった、正確にはおじさんではなく、どう見てもオレよりも随分と年上、だからおじいさんである、ただ雰囲気から行くとおじいさんと呼ぶよりおじさんのほうがピッタリ来る、ということでそのおじさん、頭には古ぼけたキャップ、いつもi-podのヘッドホンをつけて、トレーニングウエアーの上下にスニーカー、小柄で細いからだ、顔は小顔で真っ黒けに日焼け、口元は歯が何本も抜けて入れ歯にせずに、抜けたままほったらかし、そのセイでクシャッとした口元、最初はオレはてっきり、鴨川の橋の下に住んでいるホームレスの人だと思っていた、何度目かに裏で顔を合わせた時に、軽く会釈をすると、「私はここのマネージャーの許可を得て、ボランテイアで花壇を使わせてもらっているもので、○○と申します」、ときっちりと挨拶を先にされてしまった、オレの方も、「ここのマンションの管理人の○○です、よろしく」、こうして自己紹介した後も、花の好きなホームレスのボランテイアの人か、と暫くの間は思っていた。 管理人室内が禁煙になって以来、タバコは専らメールボックスへ投函や、留守宅の宅急便の荷物預けろロッカーの入り口、屋外でしかもどの部屋からも見られない、死角になっている場所が喫煙所、まあ、オレが勝手にそう決めたわけだが、仕事が一段落つくと、そこでタバコを一服、そして時たま、裏出口を出て、鴨川の傍で一服する時もある、やはりここで吸うタバコは格段に旨い、目の前に鴨川、渡り鳥はもうとっくにいなくなってしまっているが、白鷺や五位サギがハイジャコなどの小魚をついばみにやってくる、この季節は水を見ているだけで涼しい気がする、実際に吹いている風も、マンションの前で吹いている風に比べて随分と涼しい風が吹き渡り、今は川岸に白い小さな花を一杯につけた雪柳がまだ咲いていて、山吹の濃い黄色の花も満開、夜ともなると、10数メートルほど南から、鴨川の床が出ている禊川が流れていて、地元の人達の数年がかりの努力の甲斐あって、川が綺麗になり、放された蛍がここで生息するようになった、そこに10日ほど前から蛍が良く飛んでいる、東山の峰々は黄緑色の萌えるよう若葉に覆われ、如意ゲ岳の、「大」の字もいっそう鮮やかに、くっきりと、また空気の澄んだ日には比叡山の頂上の白い回転展望台がひかり輝いて、随分と近くに見える、そこで背伸びをしたり、ストレッチをしたり、そしてタバコの煙を思いっきり吸い込んで、暫く体中に煙をしみこませた後で、今度は体に残っている煙を思いっきり吐き出す、ここで吸うタバコは確かに旨い、「タバコが旨い、今日も気分が良い!」。 こんな時に、俯いて、屈みこんで、土を掘り返したり、花の苗や種を植え込んだりしている隣のボランテイアの花おじさんと顔をあわす、「こんにちは、いつもどうも」、と声をかけると、前歯が随分と抜けた、それでいて何処か人懐っこい笑顔で、「こんにちは!」、やりかけていた仕事の手を止めて、ほんの少しの間、雑談や世間話、ホームレスとばかり思っていたが、この近くの鴨川の東のアパートで1人暮らし、そうかァ、ホームレスではないのか、これは失礼、昔は板前をしていて、子供は無く、奥さんとも数年前に死別、暫くあちこちを転々としていて、何年か前に、今のところで住むようになって、河原に花を植えたりしていたが、いつの間にか花を抜かれて何処かに持っていかれたり、府の河川課の人に、「この場所で勝手に花を植えたりしてはいけません」、と注意されたり、そしてやがて隣のホテルの従業員の人が花壇の手入れをしている時に、「花が好きなので、ここの花壇を使わせて欲しい」、と頼み込むと、マネージャーが出てきて、「無報酬なら勝手に使っても良いよ」、と快い返事、以来、天気の良い日にやってきて、表の水を撒いたり、ホテルの庭の植木の手入れをしたり、花壇に花を植えたり、昼食時にはアパートに帰り、昼飯を食って、ユックリと昼寝をして、午後の3時を過ぎた頃に又黄色い自転車の乗ってやってくる、時折ホテルから喫茶室のサービス券をもらう、報酬らしきモノはこれだけである、まさに花の好きなボランテイアおじさん。 オレもこのおじさんに裏庭の手入れの道具を借る事がある、竹箒、熊手、雑草取り用の鍬、植木用の長バサミ、園芸用の殺虫剤、などいろんなもの、いつも気分良く貸してくれる、又マンションの花壇にも余った花の苗や種も植えたり蒔いておいてくれる、マンションの住人さんとも挨拶をしたり話をしている様子、生計は何で立ているのか分からない、少しばかりの蓄えと、少しばかりの年金であろうと思う、雨降りの日には部屋で一日中テレビを見ているらしい、晴れの日には、明るくなると起きてきて、隣のホテルにやってきて花壇の手入れ、給料をもらっているわけではないので根をつめてはやらない、適当な時間に部屋に戻って昼飯と昼寝、又適当な時間にやってきて、足元の明るいうちに帰っていく、こういう生活をしているセイか、顔に刺々しい所がまるで見受けられない、元来、社交的で愛想が良く、笑うと優しくて人懐っこい笑顔、ホテルのお客さんから記念写真のカメラマン役も良く頼まれている、身なりは決して立派とはいえない、むしろその逆である、しかし何処かで他人を安心させる雰囲気が漂っている、マンションの住人さん達も隣のホテルのマネージャーは知らないが、このボランテイアの花おじさんは知っている。 この花おじさんさん時折、2、3週間ほど姿を見せない事がある、なにぶん1人暮らしである、病気でもしたのかな、隣のホテルの従業員に聞いてみるが、知らないという、マンションの住人さんからも、「隣の花おじさん、最近見かけますか」、と聞かれる、何人からも聞かれる、するとダンダン嫌な予感がしてくる、「まさか、1人で・・・・、いるのではと」、そう思いかけたころに、裏の枝垂れ桜の添え木に鍵をかけた黄色い自転車がとめてある、「良かった、生きていたんや!」、ホテルの庭からひょっこりと顔を出して、相変わらず真っ黒けで、黒光りする元気そうな顔に人懐っこい優しい笑顔で、「やァ、こんにちは」、こんな事が何度かあった、6月の始めに顔を見てから、姿を見なくなって久しい、昨日あたりから、住人さん達に、もう2週間が過ぎた、「花おじさんは?」、と聞かれだす、すると又いつもと同じように嫌な事が頭をよぎる、「1人住まいの事、身体をこわして寝込んでいて、まさか・・・・・、いるなんて」。 出来る事なら、来週の後半ぐらいに、裏の鴨川畔に黄色い自転車が止めてあって、陽に焼けた真っ黒けの顔に、ニッと、人懐っこいイ笑顔を浮かべて、「こんにちは、久し振りです!」、何事なかったかのように、花壇の傍で植木の手入れ、「ほんまや、どうしてるんかなァ、と思ってたよォ」、とそんな事を思っている。 オレよりもかなり年上だと思っていたが、年を尋ねてみると、昭和15年(1940年)生まれという事、オレよりもたった2つだけ年上なんか、苦労が顔を老けさせたのだと思う、しかし、いつも満ち足りた表情をしている、一体、何があんなにも良い表情をさせるのか、ボランテイアの花おじさんに。 ■「今日の言葉」■ 「 自分が正しいと思う時ほど 相手の意見を尊重して聞こう 」 (自然社・平成18年・新生活標語より)