カテゴリ:気付いたこと
先日子供と話をしていると、自分の両親のことを思い出した。
私が両親に対して最近気が付いたことは、 「私を認めてほしかった」 という心の奥にあった感情。 これは意外だった。 どんなことかというと、思えば「ひろはすごいなー。よくやったな!」という言葉を聞いたことが無い。 父に会うと無意識に、褒められようとしている私。 家庭内や子供の喜びごとがあると、一緒に喜んでくれるかと期待するも、渋い顔をする。 むしろ逆に心配されたりして、心のもやもやが溜まる私。 どうして誉めないんだろう。 むしろ逆のことを言う。 ハッキリ思ったことないけど、ずーっとこうだったことに気が付いた。 私の結婚当初、たまに会っていた母もそうだった。 私ではなく妹を褒め、なんとか私の粗を探しているようにも思えた。 長い間ここで考えはストップしていたのだけど、先日子供と話をするうちに、あぶりでてきた。 私は3歳で両親が離婚し、その後継母と新しい兄、そして妹が出来、継母の妹らに散々いたぶられて笑われて育った。実の母はその行為をするきっかけを作り、父は見て見ぬふりをしていた。 私は自分が結婚して子供を産んだら、絶対に親のような無責任な真似をしないと決めたんだ。 だから「私はあなたたちのような家庭は作りません!」と身をもって両親に宣言していたようなもので。 結婚したての頃は母もよくうちに来ては自分の家の自慢をして何故か私に説教をしてせいせいした顔をして帰って行ったけど、子供が大きくなるにつれ、連絡を取ると迷惑そうだった。 父は、新しい奥さんの孫を褒めまくり、私の子供に会いたがらない。 孫って目に入れてもいたくないほど可愛くて、会いたくてたまらないものじゃないの?? そう思ったけど、どうも違う気がする。表向き、何故か欠点を探しては「心配」している素振りはあるけど。 これは母も同じかな。父は少し前まで私と会っても目も合わそうとはしなかった。不思議だった。 何故だろうと考えた。 実は私の両親は、幼いころから私の祖父母たちから良い扱いを受けて育っていない。 虐待に近かったのかな。 そんな二人が一緒になったのだ。 だから、父も母も私によく自分の悲惨な子供時代の話をした。 父は祖父に復讐をし、母は未だに祖母を許していないと言う。自分の実家に戻らないことが復讐だと言っていた。 父も母も、「被害者」のままでいたいのだ。 それよりも「加害者」になりたくないのだ。 私のことを認めてしまったら、自ずと自分たちの過去の過ちを認めることになる。 自分が「加害者」であることを認めなくてはならなくなる。 私は、両親が出来なかった、手放さずに子供を育てる、という事をしてきた。 本当に手をかけて育てたと思う。 赤ちゃんの頃は、布おむつで育て、断乳はせず、誰にも預かってもらうこともせずに、必死に育てた。ほとんど一人で。夫は仕事で忙しく、毎晩遅かったので、本当に一人だった。 紙おむつは良くないと聞いたらその通りにし、断乳もせず、毎晩添い寝して、見守る育児を徹底的に実践し、子供の興味の芽を摘むことはせず、手を上げず、毎晩一時間おきに起こされても頑張って頑張って笑顔で育てた。 それでも私は元々苦労が顔に出ないタイプだから、解ってもらえなかったけどね。 いつも私の体は疲れが残っている感じがしていて、それでも親なんだから、と頑張った。 頑張りすぎたぐらいだ。 手抜き、息抜きは、ほとんどしなかった。引っ越したばかりで友達もいなかったし、大変だったなぁ。 これだもん。 父も母も、私から遠のくワケよ(笑) 私の話を聞いたら、絶対に自分の非を認めなくてはならなくなるから。 そして今。 私も子供に対して、「加害者」になりたくないから、面倒くさいと思っても、ぐうたらな母と思われるのが嫌で、無理してでも車の送迎をする、というのもあると思う。 これじゃあ子供自身が「何故かわからないけど息が詰まる」よね。 しかも、私は「無理」している訳だから、子供に「ありがとう」を当然のように要求する。 「ありがとう」を言わないなんて、もってのほか。 私も両親と一緒で、子供に対して「加害者」になりたくなくて、そうなりたくないから疲れてても辛くても、頑張ってきた、というのもあるかもしれない。 こう見ると、気づかなかったけど私はものすごい頑張り屋さん だわ。 両親に会いたいとか、そうゆう気持ちはもう無くなったかと思ったけど、ちゃっかりこんな形で「認めて」ほしくて、両親からすると「復讐」に見えたのかもね。 肩ひじ張って、頑張ってる姿を、 「あなたたちは、私をこんな風に手をかけて育てなかったよね」と。 無言のメッセージだね。無意識だけど、確かにそう。 だから両親は私を何が何でも不自然すぎるほどに認めたくないのかなと思う。 私は復讐するつもりはなく、認めて、解ってほしかったんだけどなぁ。 それぞれ復讐を果たした父や母は、そう捉えるのかな。 両親も親に認めてほしかったんだな。 私が中学の頃貧乏で、持ち物も服もロクなものを持ってなかったことで随分とからかわれたから、子供にはそんな思いはさせたくない!と思っていたので、欲しいものは買い与えた。 何でもかんでもではないけどね。 なるべく希望を叶えるように、必死だったよ。 私は不必要な我慢は必要ないと思うし、子供でも本当に欲しいものは手にしていいと思うから。(お金が無くて我慢というのはアリだけどね) おもちゃ屋さんに並んで買ってあげたりとか、最新のものを与えたりとかしたよ。 今回子供の話を聞いて、私が両親に対して思っていることや、気が付いたことを子供に話し、謝った。 すると、子供の心に何故かずっとあったモヤモヤしたものが晴れたようだ。 完璧にはなれないけど、無意識とはいえ、私頑張ってきたんだなーと本当に思った。 ご苦労様。自分で自分に言いたい。 私はめっちゃ頑張ってきた!ってね。 こんな連鎖は私で終わらせる。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
最終更新日
2015.02.03 13:18:09
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