ねむたい。
このじかんになると、まいにち、ねむたくなる。
このところ、とこにつくのは、ちょうど、よるの12じくらい。
それまで、ぱそこんに、むかっていることがほとんど。
もちろんしごとをしてるわけじゃない。
しごとでは、ぱそこんがひつようない。
それでも、いちにちのうちで、およそ3わりは、ぱそこんにむかっているじかんだ。
あさ、6じにおきる。
しごとは、ゆうがた5じすぎまで。
かえってきて、まず、パソコンをたちあげる。
ねるまで、つかいっぱなしだ。
そのほとんどをMySpaceをさまようことについやしている。
これでは、ねっといぞんしょうといわれても、いいかえせない。
パソコンいがいで、おんがくをきくのは、あさおきてから、しごとまでの2じかんぐらいと、
おひるやすみの、やく1じかん。
そして、とこについてから、ねむりに、おちるまでのあいだ。
きっと、あわせて4じかんぐらいだ。
そうかんがえると、ぼくは、まいにち、はんにちちかくを、おんがくをきくことに、つかっている。
ひとには、すきなものがある。
ぼくは、おんがくが、すきらしい。
でも、おひるねも、だいすき。
いや、ねることが、だいすき。
ねむたい。
ねむい。
でも、これが、とこにつくと、なぜか、
音楽を聴きたくなる。
やっぱり、あと1じかんは、ねむれそうにない。