テーマ:東海テレビのお昼ドラマ(184)
カテゴリ:昼ドラ
類子は荷物を手に取って言う。
「でもお生憎さま。私はもう手を引くわ。これ以上、貴方の幸せの手助けなんてまっぴらよ!」 部屋を出て行こうとする類子に俺は吐き捨てるように言った。 「あきれたな!それじゃあまるで、妬きもちだ」 類子は立ち止まって言う。 「・・・そうよ。私は澪さんに嫉妬してるの。彼女は、私にないものを全て持ってる。 お金も、家族も、才能も、婚約者も。おまけにあなたの心まで。 ・・・なのに私はどう?足を見て10数えろですって? 冗談じゃない!!私達が大金を手に入れるには、好きでもない男に抱かれて、 ベッドで100も1000も2000も、それ以上も数えなければならないのよ! それがどういう事だか貴方に分かる?!」 悲痛な声でそう叫ぶと、類子は肘で俺を突き飛ばした。 俺は壁にぶつかり、調度品が音を立てて割れる。 俺は怒りに満ちて言う。 「・・・あんたにはがっかりだ。見損なったよ。あんた俺に何て言った? 大金を手に入れるためならどんな代償だって払う覚悟がある。 金があるなら、愛の無い結婚でも平気だと。 それが今更、そんな嫉妬じみた口を利くなんて。・・・あきれたよ。 あんたも結局、愛だの恋だのと砂糖菓子を欲しがる、その辺の甘ったれ女と同じだ。 これなら、あの加奈子とでも手を組んだ方がましだったよ! 出て行くなら行けよ。あんたと俺は、五分と五分、全くイーブンな関係なんだ。 無理して縛る気なんて毛頭ない。好きにすればいい!」 涙で夥しく濡れた顔で類子は言う。「ええ。勿論そうするわ!」 思い切り言葉を吐き捨てると、類子は真っ直ぐに扉へと向かった。 階段を昇る足音が徐々に小さくなっていく。 音がすっかり聞こえなくなると俺は感情に任せてカーテンを引きちぎり、 一人残された部屋の床へと投げつけた。 俺は部屋に戻ると、酒をグラスへと注いだ。 それを一気に飲み干して俺は考える。 ・・・ゲームは振り出しに戻った。また花嫁候補から探さなければいけない。 類子のように看護師の資格を持ち、類子のように贅沢に憧れる女。 類子のように強く、類子のように頭の回転がよく 何より、類子のようにその魅力で男を捉えて離さない女・・・ グラスをデスクの上に置くと、空のグラスの中で氷が軽い音を立てた。 そのままベッドに伏して俺は天井を見上げた。 天窓から星空が見える。 中でもその存在を知らしめるように輝く赤い星を見ながら俺はつぶやいた。 「類子・・・俺には、お前しか・・・」 類子が山荘を去って一週間が経った。 何事もなかったかのように、そして類子は存在しなかったかのように 山荘の住人達は前と変わりなく毎日を過ごしていた。 俺は一人心の中で苛立ちを覚え、山荘の人間全員が無神経だと 半ば八つ当たり的な感情を秘かに抱いていた。 ゲームの再開の目処は勿論立っていないし、考える気分的余裕も俺には無かった。 朝食後のテラス。 不破は加奈子を膝に乗せ、口移しでフルーツを食べさせてもらっている。 その様子を少し離れて俺とレイさんがティーカップを手に見守っていた。 巨峰を口にした不破が醜悪な笑みを浮かべて言う。 「いつもより甘いな。恋でもしたんじゃないか?」 「やーだ、おじいちゃんたら!」 そう言って抱きつき、その背の向こうで顔をこわばらせる加奈子。 その様子を見てレイさんが俺に言う。 「これで加奈子が上手く妊娠すれば、この家の財産は手に入ったも同然だわ。 どう、槐。満足?」 俺は乱暴にカップを置き、何も答えずにその場を去った。 俺は知っている。毎日のように加奈子がボートハウスに向かうことを。 このまま加奈子が草太の子を妊娠すれば、レイさんは計画達成を喜ぶだろう。 だがその時は、俺がDNA鑑定の結果を正しく不破に伝えればいいだけの事。 加奈子は山荘から放り出されることになり、邪魔者が消える。 草太も一緒に追い出される事になると千津さんが泣くだろうが、まあ、仕方ない。 レイさんと一緒になって類子を陥れた罰だ。 俺が玄関の前を通ると、澪がやって来て俺に尋ねた。 「類子さんがここを辞めたって本当?」 槐「ええ。もう一週間になります」 澪「そう・・・。残念だわ。類子さんとはいいお友達になれると思ったのに」 槐「それはそうと、近々婚約披露のパーティーが開かれるそうですね」 澪は笑顔で答える。 「ええ。あまり大袈裟なことはしたくないって言ったんだけど」 槐「私でお手伝いできることがあれば何でもします。では」 俺は澪を残してその場から去った。 午後。 受け取ったばかりの郵便物を手にして不破の部屋を訪れると、 不破が心無く窓の外を見上げていた。 チェスの駒、クイーンを手にして不破が俺に尋ねる。 「最近、あの看護師の姿が見えないようだがどうした」 俺は少し驚いて言う。「彼女でしたら、だんな様がクビにしたはずですが」 不破「・・・そうか。で、代わりの看護師は」 槐「それはまだ・・・」 「バカ者!」 突然不破が、俺の頬を平手打ちにした。 不破がイラついたように言う。 「いちいち言わないと分からないのか。バカたれが!」 俺は怒りを抑えて返事をする。 「申し訳ございません、早速、小谷教授に頼んで手配します」 痛む頬に顔を歪めて部屋を出ようとすると、そこにやってきた川嶋さんと目が合った。 川嶋さんは怪訝な顔で俺を見る。 そうやって不破に理不尽に怒鳴られる度、そして殴られる度に 哀れむような表情で見られる事に、俺はずっと耐えてきた。 しかし、類子はどうだ? 不破の暴力に耐えられるような、荒んだ日々を過ごしてきたわけではあるまい。 耐えろというのは無理かもしれない。・・・あいつは、女だ。 そして結婚したら暴力ではなく、あの醜悪な男に体を貪られる日々が待っている。 ・・・女の性は受身だ。その事に俺は無神経だったかもしれない。 類子がメールで出会った相手に体を開くのは、あくまでも彼女自身の意志だったんだ。 出会った相手に不満があれば、その男とは関係せずにその場を去ったに違いない。 俺は自分の部屋に戻ると、鏡の前で頬に触れた。 痛みと共に、怒りがこみ上げてきて俺は思わず吐き捨てるように叫んだ。 「・・・クソジジイが!」 俺は携帯電話を取り出して小谷教授に電話を掛けようとした。 ゲームはともかく、とりあえず今は看護師を呼んでおかねばなるまい。 その時、扉が開いてワインを手にした川嶋さんが部屋の中に入って来た。 俺は携帯電話を操作する手を止める。 川嶋「看護師を手配する気かな。何もそう急ぐ必要はない」 ワイングラスを二つデスクに置き、ワインを注ぎながら川嶋さんが言う。 「確か君、ここで敬吾さんに聞かれたよね。俺につくか、親父につくか、どっちだと。 あの時君は、川嶋さん・・・つまり俺と同じようにすると答えた。覚えてるだろう?」 槐「はい」 川嶋「あの時私は、君の事を見直したんだ。社長といえば敬吾さんを敵に回すし、 敬吾さんと言えば私の口から社長の耳に入るかも知れん。 だから君は咄嗟に計算して、私に下駄を預けたわけだ。 あれで私は、君はただの猿ではないと確信したんだよ」 槐「買いかぶりがすぎるようです」 川嶋「そうか・・・まあいい、いずれ分かるときが来る。 とにかく、看護師を呼ぶのはもう少し後にするんだな」 槐「しかし、それではだんな様の・・・」 川嶋「時代は変わるんだよ。 新しい水を入れなければ、どんなにきれいな水もやがて腐って臭うようになる」 槐「新しい水とは・・・敬吾さんの事ですか」 川嶋「少々、例えがきれいすぎたようだ。 要するに、手に負えない荒馬より、バカなロバの方が御しやすいということだ」 ・・・侮れない人だ。この人はいずれ俺に脅威をもたらすかもしれない。 この人に足元を救われないよう、俺もこの人の足元を常に見ておかねばならない。 数日後。 今夜は東京で、敬吾と澪の婚約パーティーが催される。 車が準備できたことを知らせに俺がテラスに出ると、 敬吾と、美しいドレスを着た澪とが立っていた。 槐「お車が参りました」 敬吾「分かった。じゃ、後はよろしくな、槐」 槐「行ってらっしゃいませ」 俺には目も向けずに澪は俺の横を通り過ぎて行った。 少し前までの俺だったら、その姿に息を飲んだかもしれない。 しかし今は、澪の後姿を見ても尚、別の事で頭が一杯だった。 敬吾達を送って戻ってくると、俺はポリ袋を手に類子の部屋へと向かった。 類子の服を、そして化粧品を次々に袋に放り込んでゆく。 そしてクローゼットの中の一つのドレスを手に取ると、俺はある日の事を思い出した。 ・・・それは、淡いオレンジ色のシフォンのドレス。 あの日、俺が育て上げた類子を初めて不破に会わせるため、 俺はこのドレスを類子に手渡した。 ドレスを身に着けた類子の、ハッとするような艶やかな姿・・・ 俺はその思いを振り切るように、ドレスを袋に捨てた。 不破達が出掛けて、暇な時間を俺はただベッドに仰向けになって過ごした。 これからのゲームの事を考えようとしても、頭に浮かぶのは類子の姿ばかり。 振り払っても振り払っても、脳裏に浮かぶ類子の影。 屈辱に涙で頬を濡らして部屋を飛び出していった、類子の最後の顔・・・ 俺はベッドから起き上がった。 ・・・会いに行こう。 そして、あんな思いを強いたことを謝ろう。 思い立つとすぐに、俺は東京へと向かった。 花嫁候補として選んだ時の調査によると、 類子はここに来る前に、古くて狭い、日差しの悪い部屋に住んでいた。 他にあんな部屋に住む人間はいない。だから類子は必ずそこに戻る。 俺にとっての地下室のように、あのアパートが類子の原点なんだ。 ・・・俺は類子の言葉を思い出す。 『人生は退屈な日常の繰り返しなんかじゃない。毎日が楽しい企みのはず・・・』 退屈な日常を繰り返したあの部屋で、類子は今どんな気持ちで日々を過ごしているのだろう。 会って謝りたい。その顔を見て、ただ一言謝りたい。 それだけのために俺は逸る気持ちを胸に、東京への足を速めた。 東京に着くと既に夜になっていた。 俺が類子のアパートに着いたその時、 アパートの通りのずっと向こうを歩いていく類子の姿が見えた。 俺は類子を追いかける。 広い通りに出ると類子はまたすぐ狭い道を曲がり、 寂れた喫茶店の地下へとその姿を消した。 黴臭いその階段を、俺は類子を追って降りて行く。 店の入り口の重い扉を開くと、男に肩を抱かれた類子がこちらに歩いてきた。 その光景に、胸が軋む。 俺は二人の前に立ちはだかって、類子の顔を真っ直ぐに見た。 俺の顔を見て類子は驚いて声をあげる。 「あなた・・・!」 (ひとこと) 次回が山です! お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
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