春の朝、どら丸死す
どら丸が死んじゃったのです。一昨日はベランダの薔薇のかっこいの木の上でじっとしていて、餌をあげたら歩いては来たけれど、顔を寄せただけで、食べずにどこかに行ってしまったのでした。昨日は朝起きたら、水呑み場の横の、私が作った簡単な丸太の階段にやはりじっとしていたのでした。「おまえもう死んじゃうのか?」声をかけてもじっとしていたのに、気がつくといなくなっていたのでした。首の丸く大きくえぐれた傷は、治るどころか、日に日にひどくなって、あれはエイズの印のようなものなんでしょうが、三日前か四日前か、のら丸にでもやられたのか、背中の毛が大きく抜け落ちて、赤く肉がはみ出していたのでした。どら丸は決して人から逃げないのですが、触ろうとすると鋭い爪で引っかくので、ついぞ触ったことはないのでした。だいぶ前に来ていた遠慮深い老猫は、黙って大人しく抱かれてくれたもんですが、ドラ丸はただれた目でじっと見つめてくるだけで、それでも餌は三食、猫一倍食べていたのでした。朝起きたら、車の前輪に体を寄せるようにして、こちらを向いて死んでいました。寒い日もそこで昼寝をしていたことがあるので、うっかりしたら寝ていると思ったかもしれません。ただれた目なのに、陽の光に、水晶体が青く輝いていました。私ははじめてドラ丸を抱くことが出来ました。ぷっちん涙が出て来ました。私は猫らしい野良猫が一等好きです。なかでも大人しいのが好きなので、ドラ丸は本当に好きでした。うちの猫たちもどら丸は恐がりませんでした。箱に入れて、私の誕生日に貰った花々で顔を華やかに飾ってあげたら、まるで微笑んでいるかのようでした。どら丸は死に場所にたどり着けないと思い、我が家のようなここで死んだんでしょうか?我が家のチビ太閤は、あんなに弱っていて点滴も打っていたのに、目を離せば死に場所に向って歩いて、抱き上げると最後の力を振り絞って抵抗しました。いつもはまるで人間の子供のように抱きついていたのに、猫の習性だったのでしょう。私は「ここで死になさい。ここがお前のうちだから」そう言いました。すると、すっと力が抜けて、私の腕に身を任せたのでした。拾って育てた猫でさえ、たどたどしい足取りでも、何とか死に場所に急ぐのに、、、どら丸はここに来ていた一年余、ここで幸せだったでしょうか?