2021/08/07(土)00:00
似て非なるマン家とブッデンブローク家 小説「ブッデンブローク家の人びと(中)」
みなさん、こんばんは。東京オリンピックでは5日、卓球女子団体の決勝で日本は中国と対戦し、0-3で敗れて銀メダルを獲得しました。今日もトーマス・マンの作品を紹介します。
ブッデンブローク家の人びと(中)
Buddenbrooks
トーマス・マン
岩波文庫
トーマス・マンは26歳の時に本書を発表した。若い割には年配者の迷いや悲しみなどが描けていると思ったら、実家がブッデンブローク家のモデルらしい。祖父ヨハン・ジークムント・マンはオランダ名誉領事(本書で言うところのコンスル)およびリューベック市民代表、父トーマス・ヨハン・ハインリヒ・マンは市参事会議員として市長に次ぐ地位にある要人。マンが16歳のとき父ヨハンが死去し、前年に設立100年を迎えていたヨハン・ジーグムント・マン商会が解体する。つまり作家マンは三代目トーマスに当たる。但し小説イコール事実ではない。作家トーマスは弟で、兄ハインリヒはクリスチアンのように何をやってもうまくいかない高等遊民どころか、作家かつ評論家として活躍した。また、トーマスの姉妹二人は自殺している。自殺=自罰型とは決めつけられないが
「わたしとわたしたち一家の名前に負っている義務を、きれいさっぱり忘れてしまったのよ。初めから義理など感じていなかったのよ!妻の持参金を受取ると、仕事からあっさり退いてしまうような男!野心も努力も目標もない男!血管のなかに血ではなく、麦芽とホップのどろどろしたお粥が流れているような男。その通りなんだから。しかもバベットとのようなあさましいことのできる男、あさましいのを取っちめられると、ああいう言葉を口にするような男。」
悪い事が起っても常に相手のせいばかりにするアントーニエとは違う。ならばこのどうしようもない弟妹のモデルは創作か?
さて、ここからは小説の話。
父の死後、トーマスは新社主として商会を引き継いだ。「売り家と唐様で書く三代目」のような、工夫もしないでただ滅びるのを漫然と待っていた三代目ではなく
「人間の行動のすべては象徴の意味を持つにすぎないという金言を、座右の銘にするだけの知性を具えていて、意思、能力、情熱、行動力のすべてを、この小さな自治団体、自分の名前が一人者の一人に数えられている世界のために、ささげようとする知力を具えていた。同時にまた、受け継いだ家名と商会の暖簾のために能力を役立てようとする知力も」
「コンズル・ブッデンブローク個人に向けられている信望だけではなかった。父親の、祖父の、曽祖父の人柄が、生きつづけていた。それも、コンスルのなかで尊敬されているのであった。コンスル個人の商売と市政の上の成功を除いても、百年にわたる市民からの信望が、コンスルに向けられていた。長い年月の信望を背負い、それを利用している軽快な、洗練された愛想のよさ、人のこころをそらさない如才なさ、これがなによりも重要なものであったろう。そして、コンスルを際立たせていたものは、非実用的な教養の深さであって、これはこの街の学識のある市民のなかでも、桁はずれに深いものであって、その教養が表面に表れるごとに、市民に奇異な感じを与えるとともに、尊敬を感じさせもした」
など、描かれるのはむしろ絵に描いたような優等生ぶりだ。
ブッデンブローク家の宿命のライバルとして描かれるハーゲンシュトレム家の当主
「ヘルマン・ハーゲンシュトレームは確かに注目と尊敬に値する人物であった。こういう男の新奇で、そのために魅力を感じさせるところ、他の候補者から男を際立たせ、多くの市民の目に指導者めいた立場に映じた点は、この男の人柄の基調である自由主義的な、寛大な考え方であった。この男が金を儲けて、金を散じている気軽さ、大まかさは、同じ商人仲間のこつこつとした、辛抱づよい仕事ぶり、きびしく伝えられてきた家憲にしばられている仕事ぶりとは、大ちがいであった。伝統と敬虔な気持の窮屈な束縛にしばられずに、自分の足だけの上に立ち、古い暖簾などには無関係であった」
に比べて、決して引けは取らない。にもかかわらず
「コンズル・ハーゲンシュトレームにこてんこてんにやっつけられ、とっちめられ、みんなの笑いものになるところだったよ。まえには、こんなことは起こりそうもなかったような気持がするんだよ。足の下からなにか抜き取られて、このはっきりしないものを、以前のようにこの手に握りしめていないような気持がしてね」
と事ある毎に敗北感を味わわされる。ちっとも商売に身を入れない弟クリスチアン、貴族的であることに拘り二度目の結婚にも失敗する妹アントーニエ、当主に黙って病弱なクララに持参金を贈ってしまう母、頼みの後継者ハンノは自分よりむしろ妻ゲルダに似て芸術家気質。必死に立とうとしているトーマスの足を、家族全員が引っ張っている印象で、いやこりゃあ疲弊していくだろうな、と納得させられる。
さあ、いよいよ最終巻。父と息子の確執、ブッデンブローク家の行く末は?
2009年に英国ガーディアン紙が発表した、「英ガーディアン紙が選ぶ必読小説1000冊」選出。
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