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夏休み直前だった。なのにすっかり夏みたいな暑さ。汗がじっとりとして、Tシャツが体に張り付く。強烈な日差しを遮るためにカーテンで締め切られた、昼でも薄暗いこの部屋の不快指数はかなりのもののはず。それなのに6畳の部屋の中に16歳の少年が二人。
一人はベッドの上に寝転んでマンガに読みふけっている。もう一人はずっとパソコンのモニターの前に座ったままだ。二人とももう2日もここから出ていない。 この家は昼間この二人だけしかおらず、聞こえてくるのはラジオの音とパソコンのファンの音だけだった。時よりカーテンを揺らして窓から入ってくる生暖かい風はそれでも一瞬の心地よさをもたらした。 「お前、花沢さんとやったんだって?」 さっきからパソコンのモニターに向っている少年が唐突につぶやいた。 「ああ」 ベッドの上で寝転びながらマンガを読んでいる方の少年は小さく答えた。 「よく、あんなブスとできるなぁ」 それでもパソコンのモニターから目線を外すことはない。 「あいつ、俺に惚れてるから、何でもしてくれるんだよ。俺が言ったらお前もやらせてくれるよ」 ベッドの上の少年はマンガを読みながらそう答えた。 「…お前、最低だな」 少年はパソコンのモニターから一瞬目を離し、ベッドの上で寝転んでいる少年を一瞥してそうつぶやいた。 「…ああ」 キーン! 「いったー!入った!サヨナラー!!区立かもめ高校、1年生中島の一発で甲子園出場を決めたー」 ラジオがうなった。 「すげーな、中島の奴、サヨナラだってよ」 少年はパソコンのモニターを見ながら興奮気味に言った。 「ああ」 また気のない返事が返ってくる。 ラジオから勝った高校の校歌が流れてきた。 「うはは。面白い校歌。磯野も歌える?」 ベッドで寝転んでいる方の少年の名は磯野というらしい。 「ん?歌ったことないから、たぶん無理」 「自分の学校の校歌くらい覚えておけよな」 「そういうおまえは自分の学校の校歌、歌えるのかよ?」 「俺はだめだよ、不登校だし」 磯野の通う高校は甲子園出場を決めた高校だった。たしか今日は全校応援だったはず。だけど、彼は野球なんて見る気もしなかった。野球の話をするのも本当は嫌だった。 「西原はどうして不登校になったんだ?」 なので、彼は話題を変えるような質問をした。 「俺は受験とか学歴とかそういうのが嫌になったんだよ」 パソコンのモニターから目を離すこともなく、西原という少年は答えた。 「この辺で一番の高校にトップで入っときながら?」 「あれはたまたまだよ。点数とか偏差値でしか人を見ないやり方にはウンザリしたんだ」 「…へぇ…」 磯野はそれ以上詮索をしなかった。次に自分のことを聞かれるのが嫌だったからだ。それを知ってか知らずか、西原もそれ以上何も言わなかった。 ラジオからはサヨナラホームランを打った中島のインタビューが聞こえてきていた。 「よし、できたぞ。見てみろよ」 ずっと、黙々とパソコンのモニターに向っていた西原はベッド上の磯野を呼び寄せた。 「おおー。すげー。本物と変わらないね」 モニターにはあるゲームサイトの画面と、それに似せて西原が作ったサイトの画面が並べて映し出されていた。 「後はメールを送りまくるだけさ」 「メールを送ったらどうなるの?」 「まず、IDとパスワードはゲットできるなぁ。その後はいろいろやり放題だよ。うまくやれば金も手に入るはず。まぁ、みてなよ」 「すげーな。やっぱお前、天才だわ」 もちろん犯罪なのはわかっていた。でも、それが何より楽しかった。汗や泥にまみれて野球をやるより、ずっと楽しかった。 それから数日間、二人はメールを送り続けた。ほとんど無視されたが数十通は返事が返ってきた。最初は脅したりするだけだったが、反省文を書かせたり、わいせつな画像を送らせたり、要求はしだいにエスカレートしていった。 見ず知らずの相手を意のままに操るのはとても痛快だった。これが犯罪だということを忘れさせるほどに。 つづく お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
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