シェフの独り言

週に１，２回は必ず顔を出して下さるお客様が多いわけですが
その中でも遅い時間に決まって来られる方も何組かいらっしゃいます。
きっとお昼休憩の交代が遅番か何かなのでしょう。
その時間になるとクイックランチのメインがなくなってしまっていたり
デザートワゴンも寂しくなっていたり、と申し訳なく思うことも多いのですが
それでも来てくださり、経営側からするとフレンチでも回転できてしまう
貴重な第二陣のお客様達なのです。

さて調理場の中は13時半を過ぎた頃から夜に向けての仕込み、パンを焼く人
ランチ戦争でぐちゃぐちゃになっているホット場の鍋類を片付け始める人
とそれぞれに動き始めます。

特にランチで付け合せに使う下ごしらえをしてあるレギューム類や
ソース類のベース等は残った分は容器に分け入れたり、使わない分を
しまったりという作業をし始めます。出したままにしておけばそれだけ
味も劣化しますし、悪くなるタイミングも早くなるので、大げさな様でも
1分1秒を争うのです。
そのタイミングがいつも難しく、「今日は波が来たので片付け始めちゃおう」
「いや今週まだあの人いらしてないからやめとこう」とごそごそ相談している
声が聞こえてきます。

そんなある日。まあ普通に込み合い、早い時間にお客様も引き始めていました。
何組かいらっしゃるいつも遅い時間に入られる方達も一通り来られており
時計も13時45分を指しています。
「よしじゃあストンプの鍋も戻そう」と一通り整理した瞬間、「かんかんかん」
と階段の音が。
なんと！昨日も来て下さった方がまた来て下さったのです！
ニュースではサラリーマンの方たちのお昼は100円のハンバーガーと会社の
コーヒー。等とやっているのに1500円のランチを週に2回も来てくださるなんて
本当にありがたいなあ・・と感謝の気持ちでいっぱいですが、お察しの通り
調理場の中はばたつき始めました。
特にいつもレギュームを準備し、整理し、食材をこよなく愛して
いかにお客様にスピーディーにお料理を提供できるかを考えながら
手順を組み立てているS君は「あー！！何で俺はやっちゃたんだよ～」と
本気で悔しがっています。
つまり普段は全てスタンバイした状態でランチを迎えているのでクイックも
可能なのですが、まず出して、レギュームをブランシールして・・・と
やっているとその倍近くの時間がかかってしまうのです。

その悔しがり方が半端では無く、少し時間がかかってしまった事。
準備していた食材を有効に使えなかった事をその後もずっと悔しがっていました。

同じ歳くらいの子は今頃渋谷や池袋でごろごろしているだろうに、こんな事
ひとつにも真剣にこだわって、本気で悔しがっている。
その姿があまりにもおかしく、それと共に純粋にここまで入れ込めるのは
もう天性の調理人としての才能ではないか、と思ってしまうほどでした。

なんだか一人でその姿に感動していたのでいまいち伝わりにくいかもしれませんね。

でも彼は仕事中に普通の話をしても全く聞いておらず、いつも料理の事を
考えていて一人でぶつぶつ「あれがないから、これやって」「ん！これは
うまい！」等と言っているので、漫画に出てくる人みたいだなぁ・・・と
いつも思って、ちょっとからかったりもしていましたが、いつも心の中で
この子は絶対いつか有名になるわ～と期待しているのです。
本人には全くその気はないみたいなのですが（涙）

そんな彼を今日も困らせて下さる方が来られるのを密かに期待してしまっている
自分がいます。いけない。いけない。