ハノイの掟
ハノイに到着して翌日、早々に俺の日用雑貨を買いに出かける。買い物に付き合ってくれるのは、ハノイの大学で日本語を教えているハーさんと、昨日、空港で出迎えてくれたギアさんだ。ハーさんは、年齢は40代半ばから後半の女性で、すらっと背が高く、めがねをかけている。日本語を理解する貴重な存在で、ハノイ事務所の中心人物だ。ハノイの旧市街地は、取り扱っている品物が異なる通りによって構成されている。だから、買うものが決まってさえいれば、順番に通りをめぐっていけばそろう。ギアさんが買い物の荷物を運ぶために、1台のシクローをチャーターした。俺はシクローに乗りながら、ハノイの空気を感じている。いろんな匂い・・食べ物、バイクの排気ガス、人の匂い・・・この街にはエネルギーが満ちている。ここに来て、よかったかも・・・そう思う。ハーさんとギアさんは、一生懸命ハノイの街を、案内してくれている。ここでは何を買えばいい・・とか。しかし、まだ、頭の構造が日本語モードの俺には、片言の英語でさえ、呪文にしか聞こえない。ハノイは、相手が外国人だと、値段を吊り上げるのが常識の世界だ。シクローの上で、ギアさんは、神経質そうな目つきで俺に忠告した。「You have never show your wallet. If you choice something, you call me, then I buy it. OK?」「 I see.」そして、俺は、まずほしいものを選び、決まったら、遠巻きに見ているギアさんを呼ぶ。そして、俺はシクローに戻らされ、彼が買い物の交渉に当たる。交渉は、まるで喧嘩でもするように、大声を張り上げたり、「そこをなんとか・・・」というように、深々と頭を下げたり、真剣そのものだ。ギアさんとハーさんは、ハノイの掟を知らない俺を非常に丁重に扱ってくれている・・・嬉しい反面、自分は外の世界の人間なんだなと、少し寂しい感じがした。いずれギアさんがいなくても、ベトナム流を身に付けて、ベトナム人と同じように買い物できるようにしてやろうと、決めた。一通り、日用雑貨を買い揃えると、すでに日が傾きかけている。ギアさんは、シクロードライバーに向かって、ベックワ地区に向かうよう告げた。しかし、しばらくすると、ギアさんがシクロードライバーを怒鳴りつけ始める。遠回りしようとしたらしい。日本人の俺が同乗しているというだけで、少しでも多くのお金をもらおうと考えたようだ。シクロードライバーはおびえるような目つきで、こちらを見、しぶしぶ方向を変えた。その後、ギアさんは、つたない英語で、慣れるまではシクローに乗るな。乗ったとしても、1ドル以上の金を渡してはいけない・・・と忠告してくれた。ハノイでの生活第一日目にして、深く印象に残る一日となった。二人が先生となって、ハノイの掟のかけらを教えてくれた。