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逃げる太陽 ~俺は名無しの何でも屋!~

逃げる太陽 ~俺は名無しの何でも屋!~

一年で一番長い日 43、44

屋上に設置した物干し竿に洗濯物を干す。
このビルは二階建てだが、こんな狭い場所にこんな小さなビルを建てて何をしようと思ったのか、住んでいながら俺は謎に思う。

今ここを壊して更地にして売っても、損をするだけだと家主の俺の友人は言う。なら何故ここを購入したのかと聞いたら、趣味だ、と笑っていた。どんな趣味なんだとツッコミたくなるが、どうやら隣のビルも友人の持ち物らしい。その関係だと俺は思っている。

コンクリートのサイコロのような建物は、とにかく暑い。洗濯物がすぐに乾くからそれだけは有り難いが、ゴーヤで<緑のカーテン>でも作るべきだろうか。あ、植えるべき地面はアスファルトだ。無理か。

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コンクリートジャングル。言い古された表現が身に沁みて干からびる前に、屋内に戻る。洗濯物を干す間は切ってあったエアコンのスイッチを入れて、俺は事務所に置いてある古いパソコンのスイッチを入れた。

実は俺は自力でセットアップ?とかいうことも出来ないし、各種設定も分からない。サラリーマン時代も会社でパソコンを使ってはいたが、ソフトを使えるというのと、パソコンのことが分かるというのは違う。

よって、忘年会の景品で当たったこのパソコンを箱から出して使えるようにしてくれたのは元・妻である。離婚前の話だ。

離婚して、ここに引っ越してきた時インターネットに接続できるようにしてくれたのは、元・義弟の智晴だ。情けないが、機械オンチの人間の気持ちは、そうでない人間には分かるまい。先週、使用中にいきなり変になった時は震え上がった。

どう変になったかと聞かれても、俺はそれ以外の表現を知らない。パソコンは俺にとっては謎の箱なのだ。智晴が時間の融通が利く仕事で良かった。例のごとくおっとりとやってきて、俺からすれば瞬く間に復旧させてくれた。なんでも、暑過ぎるとそんなふうになることがあるんだそうだ。熱暴走とかいうらしい。

それ以来、俺はこの謎の箱に触るのがちょっと怖くなったのだが、今は仕方がない。インターネットに繋いで<窓>を開き、アドレスのところに記憶しているURLを直接打ち込んだ。俺はキーボードを打つのだけはやたらに早い。

そんなに早いのにパソコンが分からないのはサギだ、と智晴には呆れられたが、俺は詐欺を働いた覚えはないぞ。・・・まあ、分からないせいでヤツには迷惑を掛けているのだが。

表示されたサイトのパスワード要求に、俺は応える。さらにまたパスワードを要求される。確か、今週のパスワードは<sirokuma30551>。なぜ「白熊さんは551」なのかは分からない。発行者の趣味だろう。

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俺はこのパスワード発行者の顔も年齢も性別も職業も知らない。ネットの海でたまたま知り合った人物で、よくは分からないが情報関連の仕事をしているらしい。いや、ただの趣味かもしれないが。とにかく、彼の手元にはいろんな情報が集まるという。

彼は自分を<ウォッチャー>だと言っていた。たまに携帯にメールが来て、俺が今どんな柄の猫を探しているか聞いてきたりする。それで彼は<何か>を知るらしい。迷い犬の年齢や迷い猫の種類が何の役に立つのかわからないが、彼にとって俺はかなり役立つ情報提供者らしいのだ。

その関係で、もし何か知りたい情報があれば訊ねてきても良い、と言ってもらっている。これまでそんな必要は無かった、というか全く思いつかなかった俺だが、今、猛烈に聞きたいことがある。

だからこちら側から彼に連絡を取る方法として教えられた、ややこしいやり方で接触を試みようとしているわけだ。彼からのメールは毎回アドレスが違うし、返信しても戻ってきてしまうから。


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三たびパスワードを要求され、俺は一番最近のメールで聞かれた猫の柄をを打ち込んだ。mike。ちなみに、「マイク」ではない。「三毛」である。

占い三毛猫(タッチセンサー付き)

チャット画面が開いた。彼はすぐに応じてくれるだろうか。

風見鶏 いらっしゃい 珍しいね

良かった、いてくれた。画面の上には「風 さんが入室しました」と出ている。「風」というのが彼の決めたこの場所での俺の呼び名だ。俺が風で彼は風見鶏らしい。やっぱりよく分からんセンスだ。

風 久しぶり。ちょっと聞きたいことが出来た。いいかな?
風見鶏 いいよ。何が知りたい?
彼はよけいなことは何も聞かない。それが有り難かったが、彼のことだから、もしかしたら例の死体のことも、俺がそれにかかわっていることも、全て知っているかもしれない。

風 ひまわり金融の代表取締役、高山昇と、その家族について。
風見鶏 ひまわり金融の高山か。彼ならごく普通の悪党だ。

風 ごく普通の消費者金融の社長ということか?

風見鶏 そうだ。まだ人を殺してはいないという程度の悪党だ。

風 ・・・けっこうな悪党なんだな。人を殺していないというのは本当か?
風見鶏 本当だ。本人はな。それ以上は聞かない方がいい。

風 つい数日前に、本人以外の関係者が若い女を殺したということはないか?

風見鶏 ない。
彼が言うならそうなんだろう。あの死体の身元はともかく、高山・父こと高山昇は彼女の殺害にかかわっていないということだ。

風 高山の妻はすでに亡く、家族は双子の息子だけだということだが。

風見鶏 そうだ。そして双子の兄は五年前に父親の前から姿を消している。弟の方はどうかな。

風 何か知っているのか?
風見鶏 さあ、どうだろう。君の知りたいことだけを教えてあげる。

つまり、俺が質問する以外で彼の知っていることは教えてくれないということだ。

風 実は、高山から弟の葵を探すように頼まれた。

風見鶏 それはそれは。

風 葵の居所を知っているか?

風見鶏 少し待て。調べてみよう。

風 できれば、五年前に失踪したという兄の葵の居所も教えてほしい。

風見鶏 欲張りだな。まあいい。君の初めてのお願いだから。

風 頼む。困っているんだ。

風見鶏 次回の二つ目のパスワードは、<3dabird15>だ。三つ目はそのまま。

新世紀合金サンダーバード1号

風 了解。いつ頃連絡すればいい?

風見鶏 日付が変わった頃に。じゃあね。

画面の上に「風見鶏 さんが退室しました」と出た。俺は窓を閉じ、彼に言われていることに忠実に履歴を消した。

次のパスワードは<3dabird15>。「サンダーバード1号」なのか? 彼のセンスはやっぱり分からない。

きっとその気になれば、彼には俺が今はまり込んでいる迷路は全て見通すことができるのだと思う。だけど、彼はそんなに親切な人間ではないということを俺は知っている。

彼は、訊ねたことにしか答えてくれない。それ以上を与えてはくれない。俺の質問がもっと要領を得たものなら、今より<質の良い>返事をしてくれるだろう。つまり、俺には彼という情報網を使いこなせるスキルがないのだ。

彼にとって俺はそういう意味で害がない。だから彼にしては<親切>にしてくれるんだと思う。

喜んでいいのか、悲しんでいいのか・・・

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はあ、情けない・・・prisonerNo.6はキーボードの前で呟いた。チャットの場面、色まで変える必要はあっただろうか。慣れないことをして時間を取られてしまっただけではないか。疲れた。難波551の蓬莱のアイスキャンデーと豚まんでも食べるか・・・♪パパさん、お土産 なんだい? 北極のアイスキャンデー♪

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